メディア掲載 エネルギー・環境 2024.04.26
政策に合わせて気候データを歪めることは、科学に対する国民の信頼を損なう行為である
NPO法人 国際環境経済研究所IEEI(2024年4月12日)に掲載
本稿はPatrick T. Brown 2024年3月5日「When Science Journals Become Activists Spinning climate data to fit a policy agenda undermines public faith in science」を許可を得て邦訳したものである。 |
ブレークスルー研究所編集部注 : |
多くの主要な出版物に対する社会的信頼は一貫して低下し続けている。その理由のひとつは、メディアが特定のグループのイデオロギー的嗜好に合わせ、その過程でより多くの読者に対する信頼性を損ねていることにあるようだ。例えば、私はニューヨーク・タイムズ紙が気候変動の影響を誇張していると批判したことがあるが、もし彼らが読者の望むとおりに気候変動を報道しているのであれば、この種の批判は無意味かもしれない。
しかし、このようなメディア環境だからこそ、信頼できる科学情報源が必要なのである。視聴者に迎合する誘惑を避け、代わりに事実を冷静に報道することを優先するような情報源こそが必要なのだ。
ネイチャー誌は、地球上で最も信頼できる情報源のひとつとして定評がある。彼らの出版物には、査読付き論文のセクションだけでなく、科学ニュースなどに特化した比較的易しいセクションもある。私は、ネイチャー誌のようなところで発表されるインパクトのある査読付き科学研究を取り巻く状況を批判してきたが、ここではそれについて詳しく述べるつもりはない。今回私が注目したいのは、そのネイチャーの科学ニュースセクションである。悲しいことに、このセクションは現在、『ニューヨーク・タイムズ』紙のような一般向けメディアと同じような気候変動情報の誇張を行っているように見えるのだ。
以下に挙げる最近の2つの記事がそれを示している。
最初のタイトルはこうだ:
極端な森林火災の急増が世界的な二酸化炭素排出量を増加させる。 気候変動と人間による活動によって、過去20年間、森林火災の頻度と激しさは増しているのである。
2つ目のタイトルはこうだ:
気候変動は健康危機でもある。以下の図はその理由を説明している…気温の上昇は感染症の蔓延を加速させ、命を奪い、食糧不安を引き起こすのである。
この2つのニュース記事の中には、4つの主張がある。山火事について、感染症について、死亡者数について、そして食料安全保障についてである。それぞれの主張を一つずつ精査してみよう。
最初の記事のタイトルとサブタイトルは、世界的規模で山火事が増加しており、それによってCO2排出量が増加しているという印象を伝えている。この考えは、記事の本文中でも次のように繰り返し書かれている(太字部分参照):
・世界の森林火災は、2001年から2022年の間に339億トンの二酸化炭素を排出した。
排出量急増の要因は、深刻な森林火災の頻度の増加である。・Xu(徐)ら研究者たちは、排出量の増加のほとんどは、南緯5度から20度の間の熱帯雨林の周辺と、北緯45度以北の北部の森林における火災の増加によるものであることを発見したと述べている。
・森林火災の増加は、気候変動による熱波や干ばつの頻発によって一部引き起こされている。
さらに記事においては、自己強化的なフィードバックループの懸念も次のように指摘されている:
森林火災によって排出された二酸化炭素は地球温暖化に影響を及ぼし、この2つの間にフィードバックループが生じる。
もちろん、気候システムには多くの正と負のフィードバックループ(すなわち、最初の温暖化を増幅または相殺する温暖化に対する反応)がある。これらのフィードバックループの相対的な大きさは、気候変動に関する政府間パネルのような報告書に体系的に記録されている。IPCCによると、火災に関連するCO2フィードバックは、他のフィードバックに比べると非常に小さい。視点を変えれば、CO2フィードバックは水蒸気フィードバック(つまり大気が温暖化すると、温室効果ガスである水蒸気をより多く “保持 “することができるため、さらに温暖化が促進される現象)の3%程度に過ぎない。このように、温暖化が自己増殖的に繰り返され、さらに火災が発生し、CO2排出量が増加するというのは、私たちが懸念する最重要課題ではないのである。
さらに重要なことは、この記事で伝えられていることとは異なり、山火事による世界のCO2排出量は実際には増加していないということである!ネイチャー誌の記事は、中国科学院による最近の報告書(査読なし)を取り上げているが、その中には、山火事によるCO2排出量の経年変化に関する図(以下)が1つだけ掲載されている(排出量は地域別に分けられている):
この図の数字は、調査期間(2001年~2022年)における世界全体の排出量の増加を示していない。
これとは独立なデータをみると、山火事によるCO2排出量の最も有名な推計結果は、Copernicus Atmosphere Monitoring Service (CAMS)のGlobal Fire Assimilation System (GFAS)によるものである。これは過去(2003年まで)に遡って、世界の山火事による炭素排出量が減少していることを示している:
この炭素排出量の減少は、長期的に観測されている、山火事によって焼かれる世界の土地面積の年間減少とも一致している:
これらの数字はすべて、ネイチャー誌の記事で伝えられていることと矛盾しているようなので、私は著者にメールで説明を求めた。彼女は次のように答えた:
(中国科学院の報告書の)共著者であるXu Wenru(徐温如)氏へのインタビューによると、森林火災が発生しやすい地域(南緯5度から20度の間の熱帯雨林の周辺と、北緯45度以北の北部の森林)で、過去22年間に異常森林火災が頻発し、CO2排出量が急増した。
しかし、これでは、山火事によるCO2排出量は増加している…と言っているに等しい。そして、山火事による世界のCO2排出量は減少しているという重要な事実を完全に無視している。
2つ目の記事は、少なくとも暗黙的に、気温が上昇し最適な状態でなくなったことが健康への悪影響となり、そのことに直接起因する総死亡者数の増加が起こっている、と主張している。
毎年、気候変動による熱波で人々が命を落としている。
この主張は、2023年のランセット誌による報告まで遡ることができる。熱中症による死亡者数を計算するために、彼らはまず、地域的に定義された熱波の閾値を超える日数の頻度を計算し、その頻度を死亡者数に関連付けるという、私が考えるに怪しげな方法を用いている。この方法に対する私の懐疑的な見方はひとまず脇に置いておいて、ここではさらに2つの重大な欠落に焦点を当てることにする。
ひとつは、寒さによる死亡に対する温暖化の影響が完全に無視されていることだ。世界全体では、気温が低い方が暑いよりも死亡者数が約9倍多いことが判明している。以下は、世界のさまざまな地域における2000年から2019年までの寒さによる死亡者数と暑さによる死亡者数の年平均の推計値である:
寒さが人間の健康に与える大きな負担を考えれば、2000年以降、温暖化によって、暑さに関連した死亡者数の増加よりも、寒さに関連した死亡者数が大きく減少していること、つまり死亡者数が全体的に減少していることは驚くべきことではないだろう。
第二の大きな誤りは、暑さによる死亡を個別に考慮した場合でも、その死亡は年々減少していることである。IPCCはこう述べている:
ほとんどの国では、医療制度の全般的な改善、家庭用エアコンの普及、行動の変化などにより、暑さによる死亡率は時間の経過とともに減少している。暑さに対する人々の感度を決定するこれらの要因は、気温変化の影響よりも勝っている。
しかし、ネイチャー誌の記事とランセット誌の報告書においては、低温による死亡や社会的な暑さに対する感度の減少についてまったく触れられていない。
気候変動による熱波で毎年人々が亡くなっているということそれ自体は事実かもしれない。しかし、この記述は明らかに全容を伝えていない。
ネイチャー誌の2番目の記事も、「地球温暖化は感染症がより新しい地域に拡大していることを意味する」と主張している。下の地図は、10年間の平均を見て、マラリアが少なくとも1年に1ヶ月は蔓延する可能性のある降水量、湿度、気温レベルに基づいて、マラリア蔓延に適した地域の範囲を示すことによって、この主張を裏付けようとしている。
このメッセージと図からは、確かにマラリアの発生率が増加していることを示しているように見える。しかし、これも正確には事実ではない。実際、ネイチャー誌の記事にある地図で強調されている地域の多くは、以前はマラリアが蔓延していたが、殺虫剤の使用、沼地の排水、住宅環境の改善などにより、現在ではマラリアは発生していないのである(下図参照)。:
上記の研究データは21世紀初頭で終わっているが、世界保健機関(WHO)が発表した最新の世界マラリア報告書によれば、ネイチャー誌の地図で特定された地域ではマラリア患者はそれほど多くなく、世界全体のマラリア罹患率(およびマラリアによる死亡率)は長期的に低下の傾向をたどっている:
また、世界マラリア報告書では、気候変動にもかかわらず、マラリアの罹患率は低下し続けるであろうという将来予測についても触れている(以下参照):
中道的な気候シナリオ(SSP2)のもとでは、現在の医療的な介入範囲レベルで、環境および社会経済的条件の変化と組み合わせると、人口増加の影響でマラリア罹患数が若干増加するとしても、全体としてはマラリア罹患数は減少する可能性が高いことが分析から示唆された(図10.5)。現在の介入策が高水準の適用範囲まで拡大され、予測される環境と社会経済的条件の変化が維持されれば、マラリア罹患率が大幅に減少する可能性があることが分析から示唆される。新規の介入策(例えば、効果の高いワクチンやモノクローナル抗体)が加われば、気候が変化しても、介入策の効果はさらに高まる可能性が高い。
つまり、マラリアのような感染症が新たな地域に拡大しているという主張には何の根拠もないのである。
最後に、ネイチャー誌の記事、「温暖化が進むにつれ、安全で栄養価の高い食品を手に入れられなくなる人が増えている」について。
長期的に見れば、温暖化と同時に人々が食料を手に入れられなくなったという事実はまったくない。これは一つには、地球温暖化が進んだ現代において、主要作物の収量が劇的に増加しているためであり、その結果、一人当たりが利用できる食料カロリーが増加しているためである(下図参照):
世界飢餓指数(Global Hunger Index)は、飢餓を包括的に測定・追跡するために考案されたもので、それによると、世界のすべての地域で飢餓は長期間にわたり減少している:
栄養不足の状態が長期的には減少していたのが、最近は停滞しているのは事実であり、しかもここ数年は増えている。しかし、数年単位のこの変動は、気候変動のシグナルを表すものではなさそうである。むしろ、こうした変動は、COVID-19の直接的な影響、ロシア・ウクライナ戦争による食糧価格の高騰、紛争によるサハラ以南のアフリカでの食糧生産への被害などによって、はるかに明確に説明することができる。
では、このネイチャー誌の主張はどのようにして導き出されたのだろうか?記事の著者は、2022年の研究のモデルを引用し、「2021年には、地球温暖化がないシナリオと比較して、気候変動の結果、中程度から重度の食糧不安を経験する人が1億2700万人増加する」と推定している。そのモデルでは、短期的な気象の変動の影響が、長期的な気候変動と同じ影響を持つものとして扱われる回帰分析が用いられているのである。(例としては気候変動への適応を一切認識していないなど)。この仮定はもちろん疑わしいが、この分析にはさらに大きな疑問がある: それは、気候変動の計算上の影響が、技術や経済発展の変化に比べて小さいということである。
このことは、結果を詳しく見てみるとよくわかる。下の表の左の列は、実際に観測された中程度から重度の食糧不安の発生率であり、右の列は、気候変動がなければ発生したと推定される数値である:
地域間の差が大きいこと(例えばアフリカとヨーロッパでは36.7%の差)、また、気候変動の影響が比較的小さい(全地域で3%以下)ことに注目してほしい。 このことは、経済的、社会的な違いが、気候の変化よりもはるかに大きな食糧不安の決定要因であることを物語っている。そして言うまでもなく、長期的な経済的・技術的発展が、気候変動にもかかわらず、全体的な飢餓の発生率を長期的に減少させる理由なのである。気候変動をもたらすのとまさに同じ社会システムが実は長期的に飢餓を減少させているというのは重要な点だ。
この点については、最近の同様の分析でこう述べられている:
我々の分析(反事実的シナリオ)は、化石燃料のない世界が世界の農業生産に与える影響として解釈されるべきではない。農業は、化石燃料がなければ利用できなかったであろう農業研究や炭素集約型の技術から多大な恩恵を受けてきた。私たちの研究における反事実的分析では、化石燃料やその他の人為的影響が気候システムに与える影響についてのみ取り除いているだけである。
では、「より多くの人々が安全で健康的な食品の入手機会を失っている」のだろうか?気候変動という時間スケールで見れば、そうではない。これは、曖昧模糊とした解釈でしか成り立たない。つまり、「より多く」は、炭素集約的なインフラは維持するが、気候変動は起こさない、という反実仮想世界と比較して「より多く」を意味するのだ。「より多く」が過去数十年よりも多いという意味だとするならば、それは真実ではない。
これらの記事について私ができる最も寛大な解釈は、4つの主張すべてが重要な文脈を省いているということ、すなわち、これらの記事が論じている現象はすべて実は良い方向に向かっているということである。ポジティブな話の中にネガティブな気候の影響を見出そうとする頑固な主張は、うまくいっている理由を研究し公表することから注意をそらし、また現在の社会システムを実際よりも魅力的でないものとして誤解を誘導していると言える。気候変動は大きな懸念事項であり、特に、地球規模での人為的CO2排出量が正味ゼロになるまで気候変動は止まらないであろう。しかし、世界のエネルギー経済と農業経済の本格的かつ急速な再編成が必要だという主張を、偽りに基づいて宣伝すべきではあるまい。
控えめな言い方をすれば、これらの記事は読者の好みに合わせていると言えるだろう。ネイチャー誌とランセット誌の報告書は、信頼できる学術機関としての権威を利用して、CO2排出削減のための行動を促進しようとしているようにも見える。しかし皮肉なことに、ある機関が活動的になると、データを誇張操作するようになり、その結果、その機関が活用しようとしている権威そのものが損なわれてしまうのである。社会は、可能な限り嘘をつかず、現実世界の正確な理解の基盤を与えてくれるような、信頼できる中立的な学術機関を必要としているのである。
私たちは、あからさまな環境活動主義と読者への迎合に多くの一般メディアが陥っていることを知っている。そしていまこれに加えて、ネイチャーのような学術専門誌までが、その後を追っているように見えることを残念に思う。