AI(人工知能)という言葉を一日たりとも見聞きせずに過ごすことができなくなった。様々な分野でAIの活用が本格的に始まったのだ。読者諸兄姉の中にも利用している人がいると思う。
筆者も適時利用しており、生成AIに関し「役立ちもするが、完全には信用できない」というのが筆者の本音だ。ある友人は「AIを水晶玉だと勘違いして、未来の全てを占おうとする人までいる」と苦笑する。
技術的な揺籃(ようらん)期のAIに関し、利用目的、また適用の可能性とその限界を正確に把握しつつ、慎重に活用することが大切だ。そして最も重要な問題意識は「実生活で現時点のAIがどの程度役立つのか」という点だ。
これに関し3月19日、『ネイチャー・コミュニケーションズ』誌に掲載された論文を紹介したい。これは英国のグーグル・ディープマインドが開発したサッカーの戦術補佐を目的とした「タクティックAI」を紹介した論文である。この中で著者はAI自体の解説と利用者による実用性の評価を詳述している。
サッカーの戦術補佐を目的とする生成AIといっても、得失点に関わる重要なセットプレーの一つ、コーナーキックに特化したAIである。機能はプレー開始直後のボールに最初にタッチする選手の判別、次いで各選手の位置や移動速度に関する助言、さらにはデータ解析に基づく戦術分析だ。
論文の特徴はデータ変換にリヴァプールFCからの協力を得た点、さらにはチームのアシスタントコーチ、そしてデータサイエンティストや映像アナリストの協力を得ている点だ。この専門家達が計量的な形で厳密に生成AIを評価した。
評価は現場感覚との違和感、予測能力、データ分析能力、戦術補佐内容の有効性――の4点。専門家たちの最終的結論は「実際の試合に役立つもの」であった。論文の見事さに興奮して、読了後に内外の友人たちに連絡した。「昨年秋に亡くなったボビー・チャールトンや今年年初に亡くなったフランツ・ベッケンバウアーの評価を聞きたかったよ」と。
スポーツ分野でのAI活用に加え、内外の専門家が様々な適用分野での意見・評価を文献資料の中で公表している。たとえばジェイムズ・ダイモン氏は米国銀行業でのAIが持つ“信じられないほど”の潜在能力について語った。他方、コンピューター科学の専門家であるプリンストン大学のアーヴィンド・ナラヤナン教授は、グーグルの生成AI「ジェミニ」について「悲惨なほどの不良品」と厳しい評価を下した。
生成AIの開発段階や適用分野により評価は大きく異なる。これは揺籃期の技術特有の現象だ。従って重要なのは「楽観も悲観もし過ぎない」という態度でAIの開発・活用を冷静に見つめることなのだ。
英国『エコノミスト』誌は2月に「AIは科学技術の進歩だけでなく不正も加速させる」という記事を掲載した。今、我々にはAIの技術的有効性を妄信する事なく、好奇心と慎重さを同時に求められているのだ。