コラム  国際交流  2024.03.29

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第180号 (2024年4月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション 国際政治・外交

人工知能(AI)の開発動向や活用の目的と方法に関し、内外の友人達と意見交換を繰り返している毎日だ。

3月はToronto大学のジェフリー・ヒントン名誉教授が2月19日にOxford大学で行った講演に関して、友人達と知的で熱い議論を楽しんだ。次いで興味深いものとして米国Think Tank (AEI)から公表されたStanford (Prof. Brynjolfsson)やMIT (Prof. Acemoglu)の研究者等による研究論文やAIに関する規制が経済に与える影響についてのIMFによるサーベイ論文を挙げ、意見交換を行った(次の2を参照)。

教授は、「“デシタル(digital)”と我々のような“生物(biological)”、どちらが知的に優秀なのか」をテーマに約35分間、27枚のスライドを使って語った。教授は20年後にはdigital intelligenceがbiological oneよりも“より良く(better)”作動すると語る。だが、digital intelligenceが“better”だとしても人類に幸福を“常時”もたらす訳ではない。またAIによるsuperintelligenceは人類を滅ぼすという長期的危険性をはらんでいると教授は語った。こうした危険性を内包するAIを開発しようとする“悪事”を続ける“Googleの手先(stooge)”にならぬようGoogleから離れたのだと教授は語った(ケッサクな事に「Googleの株だけは、今も持ち続けている」と付言した)。また短期的には①虚偽情報の氾濫、②失業、③監視社会、④cyber crimes、⑤data biasを起因とする差別を教授は危険視している。我々は講演をYouTubeで視聴した後に意見交換を楽しんだ。

我々は教授が語る“better”を巡り「如何なる基準・次元で“better”なAIと言えるのか」に関して議論した。AIでなくても、“頭脳明晰だが悪質な人間”はこの世に大勢いる。また“知的劣位”の人類と“知的優位”のAIとの共存は、果たして人類に幸福をもたらすのだろうか。例えば我々は生来Müller-Lyer型“錯視(optical illusion)”に陥る生物だ。視覚・聴覚的に劣る人間とは対照的に電子的・光学的に正確に判断するAIは、どんな時期・場所でどんな“better”な判断を下すのか。こうして筆者は「何のためにAIを開発するのか」を問うべきと語り、ノーベル物理学賞受賞者のファインマン先生の言葉を紹介した。科学(この場合AI)には、「善に使うのか、悪に使うのか、使用説明書は付いていない(no instructions on how to use it, whether to use it for good or for evil)」、と。即ちAIの使用目的と開発方法を決めるのは我々人類である事を忘れてはいけないのだ。

或るドイツの友人の言葉に対して思わず苦笑した—「ジュン、世界中が"Das Land bereichern und die Armee stärken (富国強兵)"に向かっているね」。即ち国際政治情勢の激変で軍民両用技術(DUT)の様相が急変しているのだ。

ウクライナ紛争の激化と中国経済の変調の影響で、停滞している独経済はその解決策を科学技術に頼ろうとしている。独政府は2月28日、イェーナ大学のウヴェ・カントナー教授率いる研究・技術革新専門委員会(EFI)による報告書を公表した(次の2参照)。3月1日、Frankfurter Allgemeine Zeitung紙は、「軍事技術研究万歳(Ein Hoch auf die Militärforschung)」と題して同報告書に触れた。確かに同報告書は「長年にわたり実施されてきた軍民の間の厳格な分離を根本的に見直し、寧ろ適切な形で廃止すべき(Die strikte Trennung, wie sie jahrzehntelang in Deutschland praktiziert wurde, gilt es grundsätzlich zu überdenken und – wo sinnvoll – aufzulösen)」と述べている。と同時に軍事研究が民間の生産性及び雇用にも有効である事も指摘している。更には国際研究networksの重要性を強調し「科学者・R&D関係者の国際的な移動は新たな知見を与え、彼等の研究networkを広げる(Internationale Mobilität ermöglicht es Wissenschaftlerinnen und Wissenschaftlern sowie FuE-Beschäftigten, neues Wissen zu erwerben und ihr wissenschaftliches Netzwerk zu erweitern)」点を指摘して、同時に「ドイツ国内の研究者のみで著された研究資料は質的に劣る(Die Publikationen von nicht-mobilen Autorinnen und Autoren in Deutschland weisen im Durchschnitt die niedrigste Qualität auf)」と厳しい意見も記している。

小誌前号で記した通り低迷する独経済は①DUTの研究推進によるinnovation、②米中大国間競争下での対中経済関係維持が求められている。何故ならば国内の社会情勢が一段と厳しくなっているからだ。Der Spiegel誌の3月14日付記事「そうだ、実は我々はフランスにいるんだっけ(Ja, sind wir denn eigentlich in Frankreich?)」を読み、ドイツの友人に「本当にフランスみたいにストが蔓延しているんだね」と語った次第だ。同誌は、“»社会的協力関係«の終焉か(Das Ende von »la sozialpartnerschaft«?)”として、「毎日誰かがストをしている。鉄道の運転手、キャビン・クルー、公共交通機関の人々、そして農民(Jeden Tag streikt gerade jemand: Lokführer, Kabinenpersonal, ÖPNV-Mitarbeiter, Bauern)」と記している。

日本に居る限り、独国内の状況は現地の友人達との情報交換と文献資料を通じてしか理解出来ない。こうした中、3月23日、独公共放送ZDFの報道を知り状況の厳しさを感じている。報道の表題は「連銀総裁警告: ナーゲル氏は極右の行動が"繁栄を崩壊させる"と語る (Bundesbankpräsident warnt: Nagel: Rechtsextremismus "bedroht Wohlstand")」だ。ヨアヒム・ナーゲル総裁が極右政党(AfD)に反対したデモに参加した事を知り、友人達に「中央銀行総裁までがデモに参加するほど不安定な状況になっているのだね。今年の訪独は控えようかな」と伝えた次第だ。

こうした状況では独経済は、米中大国間競争下で対米協調が求められる中であったとしても対中経済関係を単純に制限する訳にはいかない。ショルツ首相が4月に訪中する予定である事も頷ける状況だ。独連銀の1月の月報はドイツの主要輸出製品、重要な輸入原料品、そして対外直接投資における魅力的な中国経済を示している(pp. 4~5の図参照)。

ドイツの友人達に限らず、中国情勢は世界中の筆者の友人達の間で中心的な関心事項となっている。

3月11日、中国全人代で「国务院组织法」改正案が可決された。香港中文大學(CUHK)のRyan Mitchell(穆秋瑞)教授は“The head of the Party is the most influential figure”と共産党党首が国家全体の頂点に立つ事を語った。筆者はLondon大学の曾銳生教授が今年の1月に著した著書(The Political Thought of Xi Jinping)の中で、毛沢東思想に基づき習近平主席が語った言葉を引用していたために、「想定通り」として驚きを全く感じなかった—「共産党、国家、軍、市民、そして学界、東西南北、そして中央。党が一切を指導する(党政军民学,东西南北中,党是领导一切的)」。

筆者の中心的関心事は①中国経済の将来、②中国の技術政策、③西太平洋における平和と繁栄だ。これについて内外の友人達と最近の文献・資料を基にして意見交換を行っている。代表的なものを挙げてみれば、①に関してLondon School of Economics (LSE)のJīn Kèyǔ(金刻羽)教授による昨年7月の本(The New China Playbook: Beyond Socialism and Capitalism)やStanfordのZhōu Xuěguāng(周雪光)教授による一昨年11月の本(The Logic of Governance in China)、②に関して一昨年8月に本(Innovate to Dominate: The Rise of the Chinese Techno-Security State)を著したUC San Diego(UCSD)のCheung Tai Ming(張太銘)教授による昨年9月の発表資料(“National Strategic Integration”)やHarvardのLei Ya-wen(雷雅雯)教授による昨年11月の本(The Gilded Cage: Technology, Government, and State Capitalism in China)、③に関してGeorgetownのEvan Medeiros氏による昨年8月の編著書(Cold Rivals)の中にある人民大学のLǐ Chén(李晨)副教授による論文(“National Security and Strategic Competition between China and the United States”)だ。そして筆者は上記の(昨年訪日した)李副教授の論文の中の言葉—“The objective of building a world-class military has become a necessity rather than a luxury”—を眺めつつ、友人達とde-escalationの方策を議論し、また模索している毎日だ。

いずれにせよ中国が“新型举国体制”の下、“教兴国战略”を採り“高质量”的発展を実現し、世界の平和と繁栄に貢献してくれる事を願っている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第180号 (2024年4月)