監訳/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳/木村史子 本稿は、ロス・クラーク著、https://static1.squarespace.com/static/656f411497ae14084ad8d03a/t/65c4fe5cbf5b8f1c83cfbcbb/1707408992223/Clark-Retreat-From-Net-Zero.pdf |
気候変動に関する国連会議は、各国首脳が互いに顔を見合わせながら、世界がいかに絶望的な状況に置かれているか、いかに脱炭素化を加速させなければならないかを語ることで良く知られている。そして、実際には自国に戻り、排出量削減の約束よりも経済発展を優先させる。しかし、2023年12月にドバイで開催されたCOP28の議長であるスルタン・アル・ジャベールは、珍しく率直な発言をした。アブダビ国営石油公社(ADNOC)の会長も務める同氏は、最近、2027年までに石油生産量を50%近く増やし、一日あたり500万バレルにするために、1500億ドルを投資すると発表し、アイルランドのメアリー・ロビンソン前大統領にこう訴えた: 持続可能な発展を可能にする化石燃料からの脱却(phase out)のロードマップを示して欲しい......世界を再び洞窟に戻したいのでなければ・・・」。
アル・ジャベールはこの発言で非難を浴びたが、しかし実際にはそれは物言わぬ多数派の言葉を代弁したものでもあった。ウェブサイト『Zero Tracker』の分析によれば、ネット・ゼロ目標を掲げている国でさえ、化石燃料資源の探査と開発を段階的に中止する圧力には激しく抵抗している。ネット・ゼロ目標を掲げている産油国は93カ国あるが、そのうち石油からの脱却を計画しているのはわずか6カ国である。またガス産出国については、ネット・ゼロ目標を掲げている94カ国のうち、ガスからの脱却を計画しているのは5カ国のみである。そして石炭産出国については、ネット・ゼロ目標を掲げている国のうち、生産を停止する計画を持っているのは65カ国に過ぎない。
COPはいつものように、化石燃料からの「移行(transition away)」を約束する共同声明で幕を閉じた。これは、多くの活動家が要求しているような、特定の期日までに化石燃料を段階的に廃止するという合意には程遠いものだ。この2週間の間に、自家用ジェット機やそのたぐいのものなどから数十万トンの二酸化炭素が排出された後、COP28に署名した98,000人の代表団は、中身のない約束をしたにすぎないのだと言えよう。
実際、化石燃料からの脱却を計画している国のリストが増える兆しはほとんどない。ニュージーランドの新政権は、前政権の公約を白紙に戻したばかりだ。ドイツでは最近、ロバート・ハベック連邦経済相が、ウクライナ侵攻によって引き起こされたエネルギー危機のため、2030年までに計画していた石炭からの脱却を延期する可能性があると発表した。
米国の気候変動特使ジョン・ケリーは、アル・ジャベールへの批判はやや控えめで、次のように述べた:「どう表現するかは彼が決めなければならないが、要するに、このCOPは対策を講じていない全ての化石燃料からの脱却することに取り組まねばならないということだ」。ケリーが尻込みするのも無理はない。会議中、2023年9月にアメリカが1日あたり1320万バレルの石油を生産するというニュースが飛び込んできた。この数字は、歴史上どの国よりも多い。実際、アメリカは湾岸諸国と化石燃料の採掘競争を繰り広げているのだ。米国では、2022年のガス輸出量は一日あたり114億立方フィートに増加し、さらに一日あたり97億立方フィートを追加する新たな生産能力を検討している。欧州の人々も米国を責めることはないだろう。ケリーは、ロシアから失われた供給量を補うために、多くの追加生産が液化天然ガス(LNG)の形で欧州に渡ると説明しているからだ。
温室効果ガス排出量ネット・ゼロを達成するための厳しい目標設定に関して、全世界が英国に加わる兆しはほとんどない。この課題には、農業や、鉄鋼、セメント、肥料などの産業の全面的な改革が必要であり、その達成のためには化石燃料の終焉をはるかに超える取り組みが必要となるからだ。イギリス議会下院が採決もせずに、2050年までに英国がネット・ゼロを達成することを取り決めたのは、他の国々がそれに続くよう鼓舞することを期待してのことだった。だがその成果はどうだろうか?Energy and Climate Intelligence Unitが発表した『Net Zero Scorecard』によると、現在までに26カ国が、炭素排出量をゼロにするという目標を法的に約束していることが明らかになった。その主なところは主に2050年までという目標を掲げており、ドイツとスウェーデンは2045年、アイスランドとオーストリアは2040年、フィンランドは2035年である。さらに52カ国が政策文書にネット・ゼロ目標を盛り込むまでに至っているが、残りはそこまで至っていない。
ルクセンブルクやフィジーなど、その多くがかなり小規模な国であるにせよ、ネット・ゼロ目標を法律で定めている国の数は2021年の17カ国から増加している。しかし、現実はプロジェクト全体が停滞している。ネットゼロ目標を撤回した国はまだないが、各国政府が目標達成の非現実性とコストの高さに気づき、中間目標の多くが緩和され始めている。強硬な約束のように見えたものは、むしろ弱い意図へと変わりつつある。国連のような選挙で決められることのない超国家機関は、これまで以上に強力に推進している。しかし、大きな目標がフロントガラスに大きく映し出されるにつれて、世界的な気候変動政策を推進しつつも、各国政府はハンドルを切り始め、向きを変えようとしている。