春節(旧正月)の休暇中ということで、中国人旅行客が東京の街中にあふれている。
昨年(2023)1年間に海外から日本を訪問したインバウンド旅行客数は全体で2507万人(前年比6.5倍)に達し、コロナ禍前の2019年の3188万人に近づいた。
通年ではまだ2019年の水準に達していないが、昨年10月以降は単月ベースで比較すると、2019年とほぼ同レベルから若干上回るところまで回復した。
この間、中国からの旅行客数は昨年通年で242.5万人と依然2019年の959.4万人の4分の1にとどまっている。
しかし、こちらも10月以降の旅行客数を見ると、10月25.6万人(2019年比-64.9%)、11月25.8万人(同-65.6%)、12月31.2万人(同-56.0%)とマイナス幅が徐々に減少傾向を辿っており、足許は2019年の約半分にまで回復している。
この中国人旅行客はほとんどが個人旅行客である。
他国に比べて中国からの旅行客数の回復が鈍いのは、中国政府が日本観光ツアーの全面解禁を制限していることによるものと言われている。
これは中国政府が厳しく批判した福島の処理水問題が主な原因であると見られている。しかし、中国国内メディアではすでに処理水の問題がほとんど報じられなくなっており、一般国民の関心は薄れている。
この状況を容認している中国政府の姿勢を考慮すれば、そう遠くない将来に日本観光ツアーの解禁も認められる可能性があるのではないかと期待したい。
東京で目につく中国人観光客の多くは若いカップルと家族連れである。
したがって、年齢層としては40歳前後またはそれ以下の若い世代が中心だ。この世代の人々は、中国でも日本でも相手国に対して反感をもつ人の比率が相対的に低く、親近感を持つ人の比率が相対的に高い。
その背景には、旅行やビジネスで相手国を訪問する人が多いこと、ネット上で相互にコミュニケーションをとる人の比率が高いことが影響していると考えられる。
すなわち、相手国に対する理解度の高さが原因である。
相手国の人々との直接的な交流経験がなく、相手国の人のことを何も知らずに自国のメディア情報だけを通じて相手国に対する感情を抱く場合には、ネガティブな報道の影響を受けやすい。
例えば、中国現地に駐在する日本企業の社員の間では、福島の処理水の問題も、当局による拘束リスクの問題も最近はほとんど話題にならない。
主な話題は中国経済の減速、ドナルド・トランプ大統領誕生のリスク、台湾の総統選挙、自民党の裏金問題などである。
それは中国現地に行けばすぐに分かるが、こうした事実が日本のメディアで報じられることはほとんどない。
このため、多くの日本人は今も処理水と当局による拘束リスクの2つの問題が日中関係の改善を妨げている主要課題であると信じている。
ただし、若い世代は直接的コミュニケーションを通じて相手国の実際の姿を理解している人の比率が高いため、ネガティブなバイアスのかかった報道に惑わされにくく、中立的な視点から判断するケースが比較的多い。
高い年齢層の世代でも中国を訪問した人々は、実際の中国の現状を自分の目で見た後、対中観が大きく変わるのが常である。
つい最近、中国を訪問した日本の主要経済団体のミッションの中にもそうした感想を抱いた人がいたと聞く。
しかし、一般的にはそうした高い年齢層の人々が中国を訪問したり、ネット上で中国人とコミュニケーションをしたりする機会が少ない。
そのため、ネガティブなバイアスのかかったメディア情報をそのまま信じている人の比率が高い。
平均的な国民感情が相互に反感を抱き合う比率が非常に高い日中間ですら直接交流で相手国に対する見方が改善することを考慮すれば、通常の関係にある相手国の国民はもっといい影響を受けやすいと考えられる。
直接交流で相互理解が深まり、相手国の見方が改善するとは言え、日本人が外国人に対して閉鎖的、非友好的、非礼・無礼であれば、外国人が日本を好きになるはずがない。
訪日旅行を繰り返す中国人を含め、多くの外国人の日本に対する好感度が高い背景には、心のこもったおもてなし、礼儀正しさ、清潔さ、おもいやり、きめ細やかで丁寧なサービスなど日本人の日常的な所作に原因があると考えられる。
そうした日本人の道徳的特性は家庭や学校における日頃の躾や人格形成教育の基礎の上に培われている。
しかし、最近その人格形成教育の土台が揺らいでいるように見える事例が目立つ。
政治家の裏金問題や誠実さを欠く国会答弁、大企業の不正や虚偽報告、小中学校でのいじめや不登校、学生・社会人を含めた引きこもり、家庭内や保護施設での児童や老人に対する常軌を逸した虐待など、人としての道を外れた事件が毎日のように繰り返されている。
これらに対して、政府や企業は政治資金等に関する法制強化、企業のコンプライアンスやガバナンスの強化、いじめ防止対策推進法など、様々なルールを制定し、法制面からの管理を強化してきている。
しかし、その効果は乏しい。
以前、筆者の寄稿でも紹介したが、2013年6月に「いじめ防止対策推進法」という法律が成立したにもかかわらず、小中高等学校および特別支援学校におけるいじめの認知件数は、2013年18.6万件、2017年41.4万件、2022年68.2万件とすさまじい勢いで増加し続けている。
最近の政治の裏金問題、企業の虚偽報告問題なども長期にわたり問題点が指摘され、管理規制が強化されているにもかかわらず、次から次へと同じような問題が起こり続けている。
これらの問題は日本社会のモラルの低下が引き起こしていると考えざるを得ない。
そうした問題を根本的に改善する努力を怠ったままで、いくらルールを厳しくしても問題の本質は解決されずにルールは無視されるだけである。
そこには大人も子供も区別はない。
ではどうすればモラルの低下を防ぐことができるだろうか。
短期間にこの状況を大幅に改善する特効薬はない。家庭や学校でモラルの習得と実践を通じた人格形成教育を地道に積み重ね、時間をかけて日本のモラル水準の回復を図っていくしかない。
そのスタートラインは、まず何が問題であるのかという課題認識である。
ルールベースで改善できるのは最低限の基準を守らせることである。
それ以上に社会秩序を改善し、周囲の人々を幸せにするには利他主義のモラルに基づく実践行動が不可欠である。
単にモラルと言っても、具体的な行動のイメージに結びつかなければ実践することができない。
少しかみ砕いて言えば、仁義礼智信の五常である。
仁とは周囲の不幸な人を憐れみ、その人の為に何かしてあげたいと思う惻隠の心。
義とは正義に反することを恥じる羞恥の心。
礼とは他者を尊重し、譲り合う辞譲の心。
智とは自分の心を内省し、モラルに反する心や行為を認識し修正する判断力。
それらの4つの要素を身に付けることにより多くの人から信頼されれば信が得られる。
このようにブレークダウンすると、日常の身近な様々な事象において何を実践すればモラルを身に付けることができるのかが理解できる。
それを幼児の頃からスタートし、小中高校の教育課程と家庭教育で意識的に習得と実践を継続する。
その地道な積み重ねが日本のモラルの回復への道である。
難しいのは、こうしたモラル教育の実践を定着させることである。
それを厳しいルールで規定しても各自が本心から実践しようとしなければ、いくら立派なカリキュラムを作っても「やったふり」に過ぎなくなるからである。
そうならないように誠心誠意の実践を促すのはリーダーの役割である。
ここで言うリーダーとは課題を認識し、その改善に向けて私心なく、リスクをとって実践行動を起こす人物のことを指す。
社会的な地位が高くなくても、高い志を持ち、それを実践するべきであると認識し、勇気をもって実践にチャレンジする人物がリーダーである。
リーダーになるかならないかは自分で決められる。自らリーダーになる道を選べば、リーダーとして恥じない行動を実践するのみである。
そうしたリーダーが各地、各組織で立ち上がれば、インターネットやSNSを通じて相互に連携し、互いに励まし合い協力し合うことができるのは現代社会の大きなメリットである。
このネットワークは国を超えることも容易であるため、日本から世界に向けてそうした人格形成教育促進のための発信を続ければ世界中のリーダーにもつながる。
こうした努力を一人でも多くの日本人が継続すれば、日本のモラルは回復し、海外での日本のファンがさらに増え、人格形成教育とモラル実践の輪が世界に広がる。
現在の混沌とした世界の中で日本人が担うべき役割を日本人自身が認識することが重要である。