志賀原子力発電所2号機の使用済燃料プール。出所:北陸電力ホームページ
能登半島地震による被害は甚大で、まだ懸命な復旧作業は続いている。その中にあって、震源に近い志賀原子力発電所(石川県志賀町)の安全性についてメディアやSNSによるデマや偽情報が相次いだ。その内容は些細な被害を捉えて、それが重大事故に結びつくと煽り立てるものだ。そうした人々の動機は、とにかく原子力発電所を稼働させたくない、そのために原子力発電所についての悪印象を植え付けたい、ということのようだ。
だがその指摘には根拠が乏しく、志賀原子力発電所の安全性に問題がなかったことは、電気事業連合会の特設サイトにも説明がある。また原子力規制庁も資料を公開している。従って詳しくはそちらをご覧ください、ということなのだが、筆者が見るに、多くのメディア・SNSの記事は、そもそも原子力発電所の安全性についての基本的な知識が欠落していることがほとんどである。そこで以下では、基本のキから図を用いてわかりやすく説明しようと思う。
まずは原子力発電所の仕組みである(図1)。ウラン鉱石を採掘して、精製し、燃料棒を作る。燃料棒を複数まとめて燃料集合体として原子炉に装荷し、これでお湯を沸かして発電に使う。
【図1】原子力発電所の仕組み。出所:一般財団法人日本原子力文化財団の資料から
発電を止めたければ「制御棒」を燃料集合体の間に入れる。
使用済みの燃料は、取り出して、プールに入れて貯蔵する(図2)。
【図2】志賀原子力発電所2号機の使用済燃料プール。水泳の50メートルプール並みの水量がある。出所:北陸電力ホームページ
今回震災時の志賀原子力発電所は、そもそも稼働停止していたので、燃料は原子炉に装荷されておらず、使用済みのものがプールの中に貯蔵されていただけであった。
では震災が起きたらどうするか。
まずは、原子力発電所を安全に停止させることが第一になる。
そのために、制御棒を燃料集合体の間に挿入して核分裂の連鎖反応を止める。東日本大震災を含めて過去に大きな地震は何回もあったが、これに失敗した例はない。
そして、原子炉内と使用済燃料プールの中の水については、冷却のためにそれを電動ポンプで循環させる。そのための電気の確保が必要になる。
福島第一原子力発電所の場合は、震災に遭って外部の送電線からの電気供給が途絶え、かつ非常用電源も全て津波にさらわれる「全電源喪失」が起きた。
だがこの教訓を踏まえ、志賀原子力発電所にはこれでもかというぐらい多くの電源が準備されている。図3が志賀原子力発電所の全景で、外部からの送電線が3系統・5回線ある。
【図3】志賀原子力発電所の全景。外部電源が3系統・5回線ある。出所:北陸電力
万が一、これが全て失われても、非常用ディーゼル発電機が6台ある(図4)。さらに、これが全て失われたとしても、非常用のディーゼル発電機を積んだ移動式電源の車両が10台も、津波の届かない高台に待機している(図5)。
【図4】非常用ディーゼル発電機の1つ。出所:北陸電力ホームページ
【図5】非常用の移動式電源。出所:北陸電力ホームページ
このうち、今回の地震でいくつかの電源が被害を受け機能を失ったのは事実である。だが大半の電源には支障がなかった。電源が1つでもあれば最低限の冷却はできて大事故には至らないから、つまり備えは万全だったということだ。
この一部が故障したことをもって、重大事故になる、とするデマが飛び交ったが、これは完全な誤りだ。
大きな地震であれば、あちこち壊れることはしかたがない。それでも全体としての安全性が保たれるために、多くの電源を準備していたのだ。この方針が奏功したわけであり、これは成功事例だった。
その他にも、あれこれデマが飛び交ったが、いずれも、原子力発電所の安全性についてのごく基礎的な知識があれば、重大事故にはつながらないものだと、すぐに分かることばかりだ。
地震の揺れで、使用済燃料プールからの水があふれた、との報道があった。だが図2のプールは50メートルプールなみの水量があるのに対して、あふれた水は家庭用のお風呂2杯分程度に過ぎない。ごく僅かである。
このあふれた水も放射能は帯びてはいるが、合計しても2万ベクレル程度で、これはスーパーで売っているごく普通のバナナ2000本と同じ放射能しかない。しかもすぐに清掃されている。
放射能を測定する国や自治体の設置したモニタリングポストが18基故障したとされるが、全部で116基あったうちの一部である。しかもその後は持ち運び可能な可搬型モニタリングポストも設置されてデータ取得を再開した(図6)。一部デマにあったようにモニタリングができなくなったという状況からは程遠い。
【図6】モニタリングポストの設置状況。大半のポストは故障を免れており、計測不能の地点へは可搬型ポストが持ち込まれて速やかに計測を再開した。出所:原子力規制委員会
変圧器から油が漏れたことも騒がれたが、漏れた油は回収されている。何より、変圧器は原子力発電所だけではなく、どのような発電所にもある設備である。図7を見ると分かるが、変圧器は原子炉の入っている建屋の外にある。ここで変電し、送電するための設備だからだ。したがって当然、放射能を帯びてもいない。
【図7】志賀原子力発電所の変圧器(2号機主変圧器)。原子炉建屋の外に設置されている。出所:北陸電力ホームページ
油が漏れることは、もちろん環境影響上で望ましくはないが、津波の時にはあらゆるものが流される。図8のように、建物も、工場も、自動車も、ことごとく流され、ガレキだけではなく、ガソリンや化学物質も大量に流出する。原子力発電所の変圧器だけことさら取り上げることには、筆者は違和感を感じる。
【図8】能登半島地震の津波では多くの建物などが流された
津波によって重大事故がおきるというデマもあったが、志賀原子力発電所の防潮堤の高さは標高15メートルもあり、今回の3~4メートル程度の津波では原子炉建屋などの主要施設の高さにも届かない(図9)。
【図9】志賀原子力発電所の防潮堤は標高15メートルの高さがある。出所:原子力規制庁
原子力安全についての基本的な知識があればすぐに誤りと分かるのに、それでも偽情報を流す人々の何と多いことか。その気になれば誤りだと簡単に確認できるにもかかわらず、それをしない。むしろ、偽情報だと分かり切っていても、とにかく原子力発電所を貶めること、ディスることに熱心なようだ。
だがこれは、被災し、余震に脅かされるなか懸命に復旧活動をしている北陸の方々にとって、迷惑千万なことである。北陸電力の社員の方々も、震災発生以来、文字通り不眠不休で停電からの復旧に当たっている。偽情報の発信者たちは、人間としての最低限の思いやりや想像力すら欠落している。
なお今回、津波による水位変化がなかった、変圧器で火災が生じた、といった報告が北陸電力からなされ、すぐに訂正されたものの、のちに、政府が正確な報告を求めるよう指導するという一幕があった。この経緯について詳しくは今後の調査待ちだけれども、ここでは1つだけ述べておきたい。
当時の状況を想像してみよう。もちろん理想はいつでも正確な報告だが、大震災に見舞われるという有事において、迅速に情報を上げるとなると、ミスが生じることはある程度はやむを得ない。今回、その時点で入手できる最善の情報を上げ、決して会社にとって得にならない情報であるにもかかわらず、それを包み隠さず伝え、報告したことは、賞賛に値するのではないか。