コラム 国際交流 2024.02.02
アメリカの分断の本質とアメリカ型民主主義の制度における課題
ニューハンプシャーのトランプ勝利に導いた17.6万票はアメリカ人口の0.05%、
そもそもなぜこの小さな州の影響力が高いのか?
1月末に行われたニューハンプシャー州での共和党代表を決める選挙、プライマリーが行われ、アイオワ州に続いてトランプが54.3%の得票を得てヘイリー氏(43.2%)に快勝した。これで日本の報道も「もしトランプ」、略して「もしトラ」から「ほぼトランプ」の「ほぼトラ」へのムードがシフトした。この敗戦でヘイリーが大統領選から身を引く場合バイデン大統領対トランプという選挙になりそうなので、極めて重要な局面として扱われている。そして世界は「トランプが勝ったらどうするか」ということに対して準備を重ねている。
しかしこのニューハンプシャー州のプライマリー選挙は普通に考えたら非常に不思議な力学を表している。
そもそも読者の多くはニューハンプシャー州についてほとんど知らない人が多いのではないだろうか。地図で見ると北東の小さな州である。
図1:アメリカとニューハンプシャー州の地図
ニューハンプシャーはアメリカ合衆国として独立宣言をする前から独立志向を歩んできた植民地で、他の州に先駆けて独立に向けた動きを取ってきた。元々最初の植民地だった東海岸の州には小さい州が多く、ニューハンプシャーは今でも人口が少ない。
2024年のアメリカの人口と直近の集計がとられた2022年のニューハンプシャー州の人口を比べると、ニューハンプシャー州はアメリカ合衆国の人口の0.42%しかないことが分かる。
表1:アメリカ合衆国とニューハンプシャー州の人口比較
アメリカ合衆国の人口 |
ニューハンプシャー州の人口 |
ニューハンプシャーが占める |
3.359億人 |
139万人 |
0.42% |
ちなみにアイオワ州は319万人で、アメリカ全国の0.96%である。アメリカには50の州があるので、アメリカの人口を均等に50に割ったとしても小さい。ニューハンプシャー州は特に小さい。
ではなぜこの小さなニューハンプシャー州がこれだけ大統領選で注目を浴びるのか?もしニューハンプシャーやアイオワがアメリカ全土の人口分布を凝縮したようなところだったらアメリカ全体の意向が非常によく分かるので、国全体の選挙の正確なプレビューと言える。しかし、どちらの州もアメリカの人口の平均分布とは結構異なるので、有権者のサンプルとしては非常に偏っている。例えばニューハンプシャーの人種のアンバランスが極端で、アメリカ全体では白人が68%、ラテン系が18%、黒人が12.6%であるのに対して、ニューハンプシャー州では白人が92.6%、ラテン系が4%、黒人が1.6%程度である。しかも若干高齢で、教育のレベルも高く、さらに大きな都市が無い。
そうは言っても、ニューハンプシャー州の有権者の登録政党のバランスはアメリカ全土と似ている。投票権登録をした100万人のうち、約3割が民主党、3割が共和党で、4割が無党派である。(アメリカの分布については次のコラムで紹介するが、これに似ている。)しかし、Pew Researchの世論調査を見ると投票者登録とは多少異なり、35%が共和党か共和党寄りで44%が民主党か民主党寄り、そして20%がどちらでもない、という結果もある。そうなると、今回の投票では有権者の3割から4割は投票できないことになっているので、彼らの意図が共和党のプライマリーでのトランプ圧勝に反映されていない。
脱線する前にもう一度問うが、ではなぜニューハンプシャー州のプライマリーにこれだけ注目が集まるのか?
実は、これは日本から見たら驚きの事実だが、ニューハンプシャー州は州の法律によって他の州よりも先にプライマリーを行わなくてはいけないと書いてあるのだ。実は1920年からニューハンプシャーでのプライマリーがアメリカで最初に行われてきが、1975年の州の法律には他州のこのような選挙よりも少なくても7日早く行わなくてはならない、と明記したのである。
歴史的な背景を凝縮して要点だけに絞ると、これはニューハンプシャーという見落とされがちで合衆国におけるプレゼンスが非常に小さい州が大きなプレゼンスを発揮するための州内政治戦略なのである。最初に行われるプライマリーで大統領候補が大敗すると、その時点で大統領選から辞退する力学が1968年のジョンソン大統領の再選をあきらめた力学で明らかになり、州はそのままこれを法律にしたのである。
大統領選候補として選ばれるにはまずはニューハンプシャーを抑える必要があり、この州を押さえるにはニューハンプシャー州にとって良いとされる政策を全面に掲げなくてはいけない。これによって州益を得られるわけである。
もちろん、こんなことはアメリカの憲法には書かれていないし、アメリカ合衆国を設計した当初は完全に想定外な展開である。
現代のアメリカの選挙は、憲法の設計者たちが書き込んだ様々な設計上の制度と、設立から250年近くの間に生まれた想定外の制度やその運用方法で構成されている。例えば、「チェック・アンド・バランス(大統領、議会、裁判所がそれぞれバランスを取って独裁を防ぐ仕組み)」などの制度は憲法を書いた人たちが入念に設計した仕組みである。しかし、政党の存在自体を設計者たちの多くは懸念し、こういったプライマリーなどの制度や州単位の法律で先手を取る戦略などは完全に想定外である。
「民主主義とは」という漠然とした大きな問いかけとは全く解像度も次元も異なる話になってくる。
しかも、政治の大原則として、現在権力を得ている勢力は、自分が不利になる制度改正は余程のことが無い限り行うはずがない、というものがある。したがって、不思議だったり、理不尽だったり、民主主義の制度運用においておかしな制度は一度導入されると、なかなか変わらない。制度を変えるためには、どちらかの政党が圧勝して思い切った制度改革を行う必要がある。しかし、そんな圧勝は1980年代のレーガン政権以降、しばらく起きていない。
後ほどのコラムでも述べるが、現在の共和党は投票率が低い方が有利なのである。(詳しくはこちらの過去のコラムでもじっくり読める。)熱狂的な共和党支持者は必ず投票するが、政治無関心層や政治が嫌いな人たちに加え、民主党支持者はできるだけ投票させない方が良いのだ。したがって、「民主主義大国」のアメリカであっても、ここ数十年の共和党の戦略はいかにして投票者の数を減らすか、という戦略があった。これも合衆国の設立者たちにとって想定外の政治戦略であった。そもそも合衆国設立時にはアメリカは奴隷社会であり、奴隷はもちろん有権者ではなかったので、最初からこの歪みがあった。
ニューハンプシャーの話に戻ろう。
今回のニューハンプシャーのプライマリーは共和党に登録されている有権者と無党派層の有権者が共和党の候補選に投票できるという仕組みである。したがって、州全体の民意がバイデンかトランプなのかが問われているのではなく、共和党支持層と無党派層が共和党の中で立候補している人のうち、誰が共和党を代表するべきかを選んでいるわけである。
その結果を見るとトランプが54.3%の得票を得てヘイリー氏の43.2%という数字は、得票率だけ見たらやはりトランプの圧勝だった。
しかし、数字を見るとこれが意外に少ない票で決まったものなのかが分かる。
アメリカのメディアも実は紛らわしい見出しを数多く出しているので、それを拾った日本のメディアはそのまま伝えても仕方ないが、どちらもミスリーディングなのである。
トランプは17万6千票を獲得し、ヘイリーは14万票を獲得した。
そしてCNNなどの見出しは「記録的な投票者数」などと書いているが、プライマリーには32万人ほどが投票したとのことだった。
しかし、ニューハンプシャーの人口が139万人ほどなので、これはこの州の人口の23%程度なのだ。記録的なプライマリー投票者数という見出しはクリックしたくなるが、人口のたった2割ちょっとの話だと知ると、「そんなものか?」という気になってしまうので誰もクリックしなさそうであり、クリックで広告費を稼いでいるメディアにはそういうことを書くインセンティブはない。
そしてトランプに投票した17万6千票はこの小さな州の人口の12.6%程度なのである。
アメリカ合衆国の人口の0.42%しかいない州の12.6%の票なので、アメリカ全体の0.05%なのである。
分かりやすく図にするとこうなる。アメリカの人口の箱の横幅を100とし、その他のデータの横幅を割合通りに示した。
図2:アメリカの人口のニューハンプシャー州の人口、プライマリー投票数比較
少しは読者のイメージが変わっただろうか?
もちろん、この事実だけを見て次の大統領がトランプになる可能性が無いとは言えない。そしてニューハンプシャーを勝った候補は過去には大統領選を勝った人もいるわけだが、ここで取るべき行動はいくつかの仮説が出すことだ。
まず、トランプはこれまでの歴代大統領とはかなり異なる候補で、前例がどれだけ効くのかは不明である。そもそも91もの訴訟を戦っている最中での大統領選は前代未聞で、その中には有罪判決と巨額の罰金支払い義務も決まったものもある。
バイデン対トランプになった場合、例えばこのニューハンプシャー州の12.6%のトランプ支持者たちにどの程度の人たちが加わるのだろうか? トランプ支持者は熱狂的な支持者が多いので、こういったプライマリーには必ずと言って良いほど投票するはずである。無党派で、バイデンも好きではない層は、大統領選ではない選挙にはわざわざ投票しないし、大統領選もあまりで興味がない人たちがどう動くのか?この辺の力学も大事となる。
もちろん、アメリカの大統領選は単純に票をより多く得た候補が勝つわけではないので、もうちょっと込み入った話となる。しかし、今回のニューハンプシャーのプライマリーでのトランプ圧勝の見出しを見て、単純に大統領選をトランプが勝ちそうだとは言い切れない複雑な要素があるということは理解いただけたはずである。逆に、トランプが勝たないとも言い切れないが、得票率50数%で、人口の50数%が彼の支持を表明したという、多くの日本国民が持つイメージとはかなり異なる。
次はアメリカ全体の構図を少し紹介する。