昨年末から年初にかけて、今年の世界政治経済に関し友人達と意見交換をした。そして米中両国を注意深く観察し、自らの行動を常に検証する必要性を確認した。
今年秋の米大統領選挙が世界を大きく左右する事は言をまたないが、現在、前職と現職の大統領の人気が好対照をなしている。
筆者は、「民主主義国の米国は言葉で理性的に語りかける政治(ロゴクラシー)と思っていたが、今は違うようだ。偏見と感情的表現に満ちた大衆扇動術(デマゴギー)に踊らされる宗教的支配(シオクラシー)に変貌したようだ」と述べた。
これに関しシカゴ大学のスーザン・ストークス教授は、自分への批判的な文言を巧みに切り抜き、あざやかなほど生き生きと反論して支持者を魅了するトランプ氏の能弁を指摘している。また昨年亡くなったヘンリー・キッシンジャー氏も、「デマゴギーの要諦は、大衆の鬱積(うっせき)した不満をある一瞬に爆発的に注ぎ込む能力だ」と語っていた。いずれにせよ米大統領選は、真実を慎重に確認もせず、物事を軽信する“移ろいやすい群衆”が決定する事になるであろう。
気になるのが米国民の国際的視野だ。彼らは“内向き”になりつつある。昨年12月6日、米国調査機関ピュー・リサーチ・センターが発表した「世界とのつながりに関する国民感情」によれば、対外関係を重視する回答者は全体の35%。世界に関心が薄れている。ウクライナに対する長引く支援より、保護主義を除けば米国内の経済や移民、さらには健康や銃規制の問題が国民の主要関心事だ。
こうした“移り気・内向き”な米国に加え、“威圧的”で“予見不能”な中国の動きも常に観察する必要がある。12月29日、中国は厳正な規律をもつ“外交上の鉄の軍隊(外交鉄軍)”の重要性を語った。また昨年『新中国戦略 社会主義・資本主義を超えて』を著したロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)の金刻羽教授は、対談で政治に関して発言を控えた。だが“政経不可分”が常識である中国で政治に関し専門家が明確な発言を避けるのであれば、中国の動きを正確に予見する事が困難な事を示している。
このように“移り気・内向き”の米国と“威圧的・予見不能”の中国を同時ににらみつつ、我々は正確な情勢判断と積極的な行動をとる必要性に迫られている。米中に加えアジア太平洋や欧州の諸外国と、形式的ではなく実質的な対話を継続しなくてはならない。しかも対話は政治経済のみならず、科学技術や文化芸術に至るまで広範な分野にわたる必要がある。
こうした中、筆者は米国よりも日本の“内向き”を心配している。これに関して、故高坂正堯先生が約半世紀前に著した『海洋国家日本の構想』を思い出している。先生は「日本の歴史は、国内のエリートが外に開いた部分に注意を払う視野の広さを失った時に悲劇が起こった事を示している」と語り、「世界の全てのものを見てはいる。しかし、それをきわめようとする意欲と行動力は全く欠けているのだ。だから、我々は真実にものを見てはいない」と警告した。我々は先生のこの警句に再び耳を傾ける時を迎えている。