本稿はPatrick T. Brown 2023年11月29日「With Winter Comes Extreme Cold, but Does Climate Change Make it Worse? - The science (and common sense) says no.」を許可を得て邦訳したものである。
ブレークスルー研究所編集部注 :
本稿はリベラル・パトリオットとブレークスルー・インスティテュートの共同シリーズ:「気候レポート」の第4弾で、異常気象やその他の気候問題に関連する科学と報道について述べる。
冬がすぐそこに迫っており、それは必然的に冬の嵐や極寒の時期を意味する。
かつて、気候変動懐疑論者たちは、冬の天候は世界が温暖化していないことを示す、と都合のよい主張をしていた。ジェームズ・インホフ上院議員(共和党)が上院の議場に雪玉を持ち込んで、この怪しげな主張を展開したのは有名な話だ。もちろん、これは特定の場所と特定の時間における「良いとこどり」のデータを選んだだけであり、より広範な傾向を示すものではなかった。今や、大抵の人はそれくらい知っている。
しかし、今日、冬に異常気象が発生すると、一握りの科学者に支えられたメディアの大部分は、気候変動にもかかわらずではなく、当然のように「その原因は気候変動である」と決めつける。
2023年から2024年にかけての冬が、近年の他の冬と同じようなものでありさえすれば、我々は以下のような見出しを目にすることになる。すなわち、Forbes誌の「気候変動による寒波が心不全患者の死亡リスクを37%増加させる」、Scientific American誌の「温暖化により吹雪が大型化する理由」、Sustainability Times誌の「異常な寒さは気候変動のもうひとつの呪い」、Inside Climate News誌の「気候変動と極渦が今週の厳しい冬の嵐に与えた影響」などである。このような報道は、気候変動があらゆる異常な気象(低温度さえも)をより極端なものにするという主張とセットになっていることが多い。
これは、多くの気候ジャーナリストにとってシンプルで魅力的な発想だ。問題は、それが一般常識や、気候変動に関する政府間パネルの第6次評価報告書(IPCC AR6)や、発表されたばかりの第5次全米気候評価報告書に代表される科学的コンセンサスにも反していることである。これらの2つの報告書においては、温暖化した世界では冬の極端な寒さは緩和され、今後も緩和され続けると予測しているのだ。
ハリケーンに関する前回の投稿で述べたように、気候変動に関する科学的証拠を、(1)過去の傾向、(2)数学的モデル、(3)基礎理論というカテゴリーに分類することは有益である。これらのカテゴリーごとに、気候変動が異常な寒さに与える影響について考えてみよう。
異常な寒さ(訳注:原文はextreme coldなので極端な寒さと訳す方が正確だが、日本語では異常な寒さと訳すほうが普通なので、そのように訳す)に関する傾向を定義し、調査する方法はいくつかある。その中でも最も一般的なのは、各年の最寒気温の時系列的な変化を調べる方法である。下記はIPCCが作成した、あらゆる場所における年間最寒気温の過去の傾向を示す図である。ほぼ全世界的に温暖化が進んでいることがわかる。
1960~2018 年における一年で最も寒い気温の観測傾向。
出典:IPCC AR6図11.9b
冬の天候がしばしばニュースを賑わすアメリカの東半分に特化して、寒さに関するいくつかの異なる指標を見てみると、異常な寒さの温度は高くなり、頻度は減少している。また、寒波の持続期間も短くなっている。
出典:Climdex
また、アメリカ海洋大気庁(NOAA)が発表している全米の極端気候指数でも、異常な最低気温(青色の棒グラフの部分)が減少しているのがわかる:
出典:NOAA
このようなことを考慮すれば、発表されたばかりの全米気候評価報告書(NCA)が異常な寒さについて次のように述べているのも驚くにはあたらない:
最近、被害をもたらす寒冷現象がいくつかあったものの、全体的に極端な寒冷現象は少なくなり、穏やかになってきている。
IPCCは、異常な寒さについて温暖化を論じる際に、最も確信を持った表現(99~100%の確率を示す “事実上確実”)を使用している:
要約すると、1950年以降、地球規模で、寒い日中および寒い夜間の数が減少していることは事実上確実である。極端に低い気温と、極端に高い気温の、双方が上昇している。このような変化は、ヨーロッパ、オーストラレーシア、アジア、北アメリカなどの地域スケールでも起こっている可能性が高い…陸地の年間最低気温は、1960年代以降、地球の地表面気温の約3倍も上昇しており、特に北極圏で強い温暖化が見られる(確信度が高い)。 IPCC AR6 11.3.2
気候科学者にとっては残念なことだが、私たちは実験を行うための地球の複製を持ち合わせていない。そのため、人為的な気候変動がなければ気温はどうなっていたかを推定するためには、温室効果ガス濃度が上昇した場合と上昇しなかった場合で、物理学に基づいた気候モデルの実験を行わなければならない。
これらのモデルは、観測された異常な寒さの頻度と強度の減少は、実際に温室効果ガス濃度の増加によるものであることを示している。また、将来の温室効果ガス削減予測がどの程度であっても、寒さの頻度と強度は減少し続けると予測している。
3つの温暖化レベルにおける1年で最も寒い気温の推定値。IPCC AR6 図11.11.
IPCCは、これを改めて最も強い表現で以下のように要約している。
要約すると…異常な寒さの強さと頻度のさらなる減少は、21世紀を通して、世界中で起こることは実際上確実である…最も寒い日の気温が最も上昇すると予測されるのは北極圏で、それは地球温暖化の速度の約3倍である(高い信頼度)。IPCC AR6 11.3.5
また、全米気候評価報告書には、気候モデルが予測する異常な寒さの頻度が将来どのように減少するかを(米国の郡レベルまで)詳細に検証できるツールも含まれている。
このようなモデルや観測結果は、Climate Centralが今年発表したClimate Shift Indexというツールの基礎にもなっている。このツールでは、現在起きているあらゆる気温のリスクに対する気候変動の影響度合いを計算する。このツールは、気候変動が猛暑に与える影響が大きいことを示したことにより、この夏、気候ジャーナリストたちに受け入れられた。しかし、このツールは、上述したのと同じモデリングと観測に基づいているため、この冬にどんな異常な寒さが訪れようとも、気候変動によって寒さの程度は緩くなったことを示すことになる。気候ジャーナリストが公正であるならば、この夏の猛暑の時と同じように、この数字を額面通り受け入れるはずである。
北半球の中央地帯に住む私たちにとって、最も気温が低くなるのは、北極から南下してくる空気が私たちの上空を通過する冬である。地球温暖化が異常な寒さを和らげるはずだと私たちが確信している主な理由のひとつは、寒気の発生源である北極上空の空気が、「北極増幅」と呼ばれる現象によって、地球の他の地域の空気よりもはるかに速く暖かくなってきているからである。
1975年から2023年までの冬の気温の推移。
出典:GISTEMP。
言い換えれば、この寒気が南へ動いても、以前ほどには、寒くなくなるということだ。
一方で、北極域における急速な温暖化がジェット気流(上層大気を高速で流れる大気の流れ)に影響を与え、北極から中緯度へ向かう寒気の南下が増加する可能性があると主張する一部研究者もいる; これらの議論を行った論文はIPCC AR6 Box 10.1でレビューされている。それは以下のようなものだ。
すなわち、北に行くほど気温は低くなるが、通常は一定の割合で低くなるわけではない。
むしろ、北の冷たい北極の空気と南の穏やかな空気の間には、明確なコントラストがある。この明確なコントラストは、ジェット気流の下に位置する。このことは、以下のような図を使った天気予報を普段から見ている人には馴染み深いものだろう:
出典: Accuweather
ジェット気流が寒気と暖気の境界で発生するのは偶然ではない。地表の明確な温度差は、数キロ上空で大きな気圧差を生み、この気圧差が風を起こす。地上の温度差が大きいほど、ジェット気流の風は速くなる。
北極域における急速な温暖化は北極の冷たい空気が南よりの空気よりも暖かくなり、平均気温の差が小さくなることを意味する。その結果、ジェット気流の風速が低下する。
そこから、より弱いジェット気流はよりうねり、より波が大きくなり(波の振幅が大きくなり)、より蛇行するようになるかもしれない。一般的には極渦と呼ばれるこのジェット気流の性質の変化について、下の図に示す。
出典:NOAA.
寒気を南下させるのはジェット気流の蛇行であるため、蛇行が増加すれば、理論的には中緯度域での異常な寒さが増加する可能性がある。関連する仮説では、ジェット気流が蛇行することで、より天候が持続するため、寒波の長さも長くなる可能性があるとも言われている。
しかし、これらの仮説にはいくつかの問題がある。第一に、単純な計算では、温度差の減少が天候の持続性を高めることを示唆しているが、この仮説はより複雑なモデリングでは裏付けられていない。第二に、温度差の減少とジェット気流のうねりを結びつける一般に認められたメカニズムは見つかっていない。第三に、ジェット気流のうねりの増加が観測されたと主張する論文もあるが、「うねり」の定義が異なると、この傾向がなくなると指摘する論文もある。実際、北極域における急速な温暖化が増幅されると、ジェット気流のうねりが減少するという研究結果もある。最後に、気候変動が異常な寒さを増加させるという初期の仮説の裏付けとなった、うねり、寒さ、その他の指標の傾向の多くは、その後逆転している。
少なくとも、気候変動が誘発するジェット気流のうねりの変化は、もともとのうねりの自然変動に比べれば小さい。これが問題になるのは、以下の2つの相殺要因を打ち消すためには、ジェット気流のうねりは非常に大きくなければならないからである。2つの要因とは、第一に、暖かくなるにつれてジェット気流全体が北上するため、ジェット気流のうねりはすべてより北方から始まり、寒気の南下がどの緯度に対しても影響しにくくなる。第二に、北極域における急速な温暖化そのものによって、南へ運ばれる寒気は以前よりずっと暖かくなる。うねりの増加がこうした要因に勝てるという考えを裏付けるエビデンスはない。
IPCCは次の様に述べている。
…地球温暖化が地域スケールの異常気温の変化における支配的な要因である。温室効果ガスによる温暖化に対する動的な反応が、この変化の方向を変える可能性は非常に低い。 IPCC AR6 11.3.1
常識、過去の観測結果、物理学に基づく気候モデリングはすべて、気候の温暖化に伴って極端な冬の寒さは穏やかになるはずだと教えている。このような論理があるにもかかわらず、気候変動が寒さをさらに厳しくしているという考えは、一部のメディアにとっては魅力的すぎるようだ。
「この寒さは気候変動にもかかわらず起こった」と(やむをえず)言うのではなく、かれらメディアは「この寒さは気候変動のせいで起こった」と言い張る。このような記事を掲載するメディアは、気候科学のコンセンサスを無視し、それを人々の目を引く物語に貶めることで、気候変動に関する報道の信頼性を著しく損なっていることに気づくべきである。
これが気候に関する「偽情報」ではないと考えるのは難しい。