メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.01.11

インフレのジレンマにある日本銀行

Le Monde202312月22日)に掲載

この記事はアジア経済に関する月1回のコラムシリーズの1本として、20231222日付けの仏ル・モンド紙に掲載されたものである。原文は以下のURLからアクセスできる:(翻訳:村松恭平) https://www.lemonde.fr/economie/article/2023/12/22/la-banque-du-japon-dans-le-dilemme-de-l-inflation_6207217_3234.html

経済政策

日本は(弱い)インフレ圧力に直面しているが、金利引き上げという手段を行使するのにためらっている。セバスチャン・ルシュヴァリエはこのコラムの中でそう分析する。

日本では緩やかなデフレ(年平均0.5%の物価下落率)が20年以上続いた後、経済協力開発機構(OECD)の全加盟国と同じようにインフレが再燃しているが、そのインフレ率はほかの国よりもずっと小さい(20224月以降フランスでは約5.5%なのに対し、日本では約2%)。日本の状況下ではこれは——個人消費者にとってよりもマクロ経済的均衡にとって——よい知らせだ。というのも2000年代初め以降、2%のインフレターゲットが通貨政策目標の核心にあったからだ。

しかし、インフレの再燃は公的債務のダイナミクスに重大な影響を及ぼす。今日における公的債務のGDP比は、フランスでは約110%、ドイツでは66%なのに対し、日本では250%を超えている。この状況下で経済政策はどのように展開されるべきか? 日本銀行(日銀)は超金融緩和政策に終止符を打つべきか? 日本政府は財政再建プロセスを開始すべきか?

これらの問いが、1211日(月)に東京で、フランス銀行との共催でキヤノングローバル戦略研究所により開催された研究会「新たな環境におけるインフレと公的債務のダイナミクス:EU・日本の視点(Inflation and public debt dynamics in a new environment : EU-Japan perspectives)」の核心にあった。この研究会では日本とフランスの経済学者および経済政策の責任者たちがこれらの問題について議論した。

90%以上が国内プレーヤーによって保有されている債務

1990年代初めの経済の停滞から日本は公的債務を積み上げ、記録的な借金の水準に至った。しかしフランスとは異なり、日本の債務の90%以上は国内プレーヤーによって保有されている。発行された国債を日銀が買い入れる柔軟性に富んだ通貨政策が10年間続いた後、今日では債務の50%以上を日銀が保有している。

そこから早稲田大学の小枝淳子教授(経済学)が明快に指摘した問題が明るみに出る。インフレの再燃はいずれ金利上昇を引き起こし、それにより債務の負担が増加するという問題だ。こうして日銀と日本政府は運命を共にする。特に日銀は、理論上その任務は物価の安定に限られているものの、債務の持続可能性に寄与することになった。

だが肝心なのは、東京大学の星岳雄教授が指摘したように、金利(r——「レート(rate)」を意味し、新たな債務発行のコストを決定する——と経済成長率(g——「成長(growth)」を意味し、税収に影響を与える——との関係である。日本が20年以上前からそうだったように、r-gがマイナスである時には債務の持続可能性において問題はない。

フランスと欧州はそこからいかなる教訓を引き出せるか?

しかし、今日の日本はもはやそのような状態ではない。そして、成長率を増加させることは金利を低い水準に抑えることよりも実現がずっと難しく、かつ不確実であることから、政策金利を引き上げるか否かの決定に直面して日銀が抱える現在のジレンマは容易に理解できる。フランスと欧州はそこからいかなる教訓を引き出せるか?

一つ目の教訓は、インフレは、それによって政府が赤字や公的債務をもう気にかけずに済む魔法の杖ではないということだ。最も重要な二つ目の教訓は、経済政策を行う独立した二つの決定機関、すなわち財政政策を担う政府と物価安定に責任を負う中央銀行との間の連携を確保しなければならないということだ。

いくつかの理由でこの問題は複雑である。第一に、先に見たようにダイナミクスは互いに無関係ではない。次に、よりよい連携は一方が他方に服従することを示してはならない。もう一つは、厳格な中央銀行と世論に敏感すぎる政府という誇張された対立を克服しなければならない。たとえば、新たに設立されたOECDの専門家グループが行った改革の受容度に関する研究により、両者が連携することでポピュリズムの影響を抑えられることが示された。