コラム  国際交流  2024.01.05

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第177号 (2024年1月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション

謹賀新年、2024年最初の海外情報を読者諸兄姉にご報告する。

12月中旬、シンガポールを訪れて、同国の国立大学(NUS)や科学技術研究庁(Agency for Science, Technology and Research (A*STAR))等の友人達と会い、AI技術と米中関係に関し、意見交換する機会に恵まれた。

友人達から2021年に設立準備し、昨年本格的に活動を開始した研究所(Center for Frontier AI Research (CFAR))の現状と課題を説明してもらい、また彼等による米中AI開発競争の評価を聞く事が出来た。筆者は自らの関心事—AIと人間との共創関係—に関し、李飞飞Stanford大学教授の本(小誌前号参照)の中にある“AIと介護”に触れつつ語った—“a treatment strategy. It’s just so human—may be the most human thing . . . I can’t imagine AI ever replacing that—I wouldn’t even want it to.” (p. 255)。そして要介護者と家族、介護士、医師と医療技師、AI開発者、施設運営者の間で、cooperate(共同作業)、collaborate(協働作業)、そしてtask coordination(作業調整)が、成功するための研究“組織”と(法規制等の)“制度”を議論した。

或る友人はWIPOの“Global Innovation Index 2023”を示して「日本の将来は大丈夫? ジュン」と語り、筆者の意見を求めてきた(pp. 4-5参照)。筆者はこれに対して、「現在も日本には優れた研究者が各分野に数多くいると思う。だが、今の日本は研究チーム内・研究組織内のcoordination、更には組織間のcoordinationが問題だと思う。また残念だが、規制等の制度がthe global digital ageに適合していないと思う」と応えた。

このように現在、筆者はinnovationに向けた“制度・組織”のあり方に注目している。何故なら優れた制度・組織が無ければ、優秀な研究者・技術者や政策担当者は組織内で孤立し、資金・設備も効率的に活用されない。こうした状況では画期的な製品やサービスは事業化に至らず、潜在需要は顕在化しないままで、innovationは世の中に顕現しないのだ。この点に関しては、10月の訪英時も友人達と意見交換している。

米国のAI専門家であるシャーレ氏は近著の中で“制度・組織(institutions)”の重要性を語った(Four Battlegrounds、小誌168号(昨年4月)参照) —“Institutions are essential for transforming the raw AI inputs . . . into military power.” (p. 191)。そして彼はmilitary innovationの例として“空母”を挙げた。即ち米海軍が空母技術に対して迅速な組織的対応を示した一方、英国は海軍組織内の対立や空軍との対立のために、第一次大戦直後に最先端だった空母技術を“休眠”させた事を述べている。Londonで、筆者はジェフリー・ティルKing’s College名誉教授の論文の中の一節を引用して、第二次大戦前の空母の優秀さは(1)日(2)米(3)英の順だった事を語った(“Adopting the Aircraft Carrier,” 1996)。また元帝国海軍大佐の大前敏一氏が1972年に米国海軍協会(USNI)から発表した論文の概略について次の様に紹介した—「日本は第二次大戦前、技術的には“流星の如き発達(meteoric progress)”を示したが、敗戦時には“惨めな終焉(miserable demise)”で幕を閉じた」、と(“Japanese Naval Aviation”)。

第二次大戦では空母で日米両国に遅れを喫した英国だが、“防空”技術では最先端を誇示している。こうして前述の英国と日本の2例を考察すればinstitutions & organizationsの優劣には横断面・時系列共に分析する必要がある事が明らかだ。即ち絶えざる技術進歩を要求される我々は、如何なる国・時代でも、innovationを阻止する“unthinking obscurantism(思考停止型墨守成規的愚昧主義)”を警戒しなくてはならないのだ。

昨年、COVID-19 Crisisが一段落したため、数多くの友人達と面談出来た事を喜んでいる。

加えて、昨年G7 Summitが日本で開催されたため、その機会に訪日した友人達と議論する機会が持てた事を嬉しく思っている。

昨年は幾人かのイタリアの友人と面談出来た。同国は“一帯一路”離脱を中国に通達したが、これに関して12月6日付Corriere della Sera紙を読んで友人達と談笑した(次の2参照)。記事の中で笑ったのは“Made in Italyに対する報復に関する恐怖(Il timore di ritorsioni sul Made in Italy)”だ。同国の高級ブランドに対し不買運動を恐れているのだ(彼等に、筆者が日本のホタテを“愛国的”に消費している事を伝えた)。もうひとつ笑った点は“‘秘密’の別れ(Un addio «in segreto»)”として、両国が合意の上で公式声明を控えた事だ。面子や内外への報道と世論を考慮したのであろう。

習近平主席は先月29日に人民大会堂で海外には“外交铁军(diplomatic iron army)”で臨むよう指示した。だが既に11月24日、ブリュッセルで開催された欧中会議(a Friend of Europe conference/中欧论坛)で、中国のthink tank(全球化智库(CCG))の高志凯副主任が随分“凄み”を効かせた演説を行ったらしい。かくして欧州諸国は中国の“圧力”に神経を尖らせている。友人達とはラトヴィア出身の専門家オレヴス・ニケルス氏等の本(Between Brussels and Beijing, Feb. 2023)に触れつつ、「結局は米国との緊密な関係を基軸にして対中戦略を練るしかないね」と語り合っている。

幣研究所に以前1年余り滞在した米国の社会学者ヒラリー・ホルブラウ氏が訪日した機会を得て面談と意見交換会を開催した。彼女は現在日本企業の人材開発に関する研究を行っている。意見交換会では現在大活躍中の日本女性4名と黒川清先生に参加頂いて、「大手企業における男女格差の原因」というテーマで多角的な議論を行った。筆者の知らない分野・視点を聡明な方々から教えて頂き喜んでいる。

女性の活躍に関し先進的な米国であるが、その背景には過去から現在に至るまで優れた女性達の“戦い”がある。例えば公民権運動のローザ・パークスさん。政治の領域ではエレノア・ルーズヴェルト夫人を挙げたい(夫の大統領(FDR)も優れた人だがヤルタ会談で晩節を汚した)。我々日本人にとり辛い日系移民強制収容に関して、彼女は実に勇気ある行動をとった。強制収容開始前に反対を表明して聞き入れられなかったが、それでも諦めず、1943年4月23日、アリゾナ州の収容所を訪れて、3日後のLos Angeles Times紙に厳しい言葉で収容所政策を批判している! 他にも優れた女性が数多くいる—例えば難しい経済運営に携わるイエレン財務長官。そして当然の事ながら、人知れずに日々努力をしている知性と勇気を秘めた女性達を忘れてはならない。こうした中、日本の女性も個性を生かしつつ、今以上に活躍してくれる事を願っている。

年初から中東やウクライナから届くニュースに心を痛めている。

友人達に次の様に語った—「戦争の技術は進歩するが、人間の精神は進歩しない。今でも古い時代の言葉が心に悲しく響くよ」、と。そして、古代ローマの名言“戦時に法は沈黙する(silent lēgēs inter arma; the laws are silent amid arms)”や“平和を欲さば戦へ備えよ(si vīs pācem, parā bellum; if you want peace, be ready for war)”を伝えた。さてSingaporeではWashington PostThe Economist等に書評が載った本(Judgment at Tokyo, Oct. 2023 (小誌前号参照))やジェニファー・リンドHarvard大学准教授がForeign Affairsに載せた同書に関する小論を巡って、友人達と議論した。そして武藤章帝国陸軍中将の獄中日記やオランダのレーリング判事が竹山道雄先生(『ビルマの竪琴』の作者)に語った話の内容等を伝えた次第だ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第177号 (2024年1月)