メディア掲載  国際交流  2023.12.21

反スパイ法施行でも日本企業は中国出張を本格再開

中国通も驚く中国政府の日本企業歓迎姿勢を生かす時

JBpress20231117日)に掲載

中国経済

1.日本企業、6月頃まで中国出張を抑制

 2023年3月に日本の大手製薬企業の幹部社員が中国当局に拘束されたため、多くの日本企業の幹部社員が拘束を恐れて6月頃までは中国出張を見合わせていた。

 筆者が4月に北京、上海に出張した際には、中国経済分析等を専門とする学者・リサーチ系の日本人で中国出張に来たのは筆者だけだと言われ、中国現地駐在の多くの方々に「この状況でよく来た」と驚かれた。

 北京、上海でお会いした方々からは、筆者が無事に帰国すれば、日本人が中国に行っても安全だという証明にもなるので、何とか無事に帰国することを祈っていると言われた。

 上記の拘束事件が多くの日本企業の方々の行動に影響しているのは知っていたが、そのリスクを自分自身の問題としてそこまで深刻には考えていなかった。

 北京に足を踏み入れて初めて、筆者が例外的な行動を取っていることに気づかされ、さすがにやや心配になったのは事実である。

 しかし、中国の親しい友人の学者、有識者、政府関係者との33か月ぶりの再会はその心配を忘れさせるほど感動の連続だった。

 幸い何事もなく無事に帰国できたことから、周囲の人たちにも一つの安心材料を提供できたかもしれないと思った次第である。

2.夏場以降、中国出張を本格再開

 7月後半に本年2度目の中国出張で北京、武漢、上海を訪問した時にはすでに状況が変化していた。

 多くの日本企業関係者が、「6月以降、役員をはじめ本社からの出張者が増え始めた」「いくつかの企業では社長も中国を訪問した」と語っていた。

 71日から反スパイ法が施行されたが、北京では「影響はあまり大きくない」、上海では「反スパイ法の話が現地の日本企業の間で日常会話の話題になることは少ない」とのコメントを得た。

 いずれも多くの日本企業関係者と頻繁に情報交換を行っている金融機関、政府関係機関の幹部の方々のコメントである。

 7月上旬には日本国際貿易促進協会の訪中団、7月中旬には日中投資促進機構の代表らが訪中し、いずれも王文濤商務部長が会見するなど歓待を受けた。

 これらの訪中団を受け入れる時に見られた中国政府の歓迎姿勢も日本企業の警戒心を和らげる効果があったと考えられる。

 10月後半には、4月、7月に続く3度目の中国出張で、北京、広州、上海を訪問した。

 今回の出張では日本企業のさらなる変化を確認できた。

 夏場以降、多くの日本企業で社長、役員、あるいは経営企画、法務等内部管理部門の責任者に至るまで中国出張を再開しており、中国現地幹部はその応対で忙しいとのことだった。

 以上のように、日本企業の中国出張に対する慎重姿勢は夏場以降大きく変化している。

 これは多くの日本企業の間で、「普通にビジネスを進めている限り拘束されることはない」という認識が共有されたことが基本的な原因である。

 これを受け入れる側の中国政府の歓迎姿勢は、中国通の日本企業関係者が驚くほど熱心だ。

 これまでであれば面談を認めてもらえなかった政府高官とのアポも入りやすくなっていると聞く。

 これは日本政府関係者が中国政府関係者との面談を申し入れても、以前に比べてアポが入りにくくなっている状況と対照的である。

 中国政府のこうした日本企業歓迎姿勢の背景には、次の2つの要因が考えられる。

 第1に、中国経済の先行き不透明な状況から脱出するには、外資の対中投資拡大が必要であること。

 特に以前は対中投資に積極的だった多くの日本企業が慎重姿勢を崩していないことを懸念していることが影響していると考えられる。

 第2に、米中対立の改善が今後中長期的に期待できない状況下、日本まで敵に回して日米共同の対中封じ込めが強まるリスクを回避したいと考えていることも一因ではないかと推測される。

 特に202411月には米国大統領選挙があるため、選挙キャンペーンの中で中国を敵視する姿勢が超党派で一段と強まることが懸念されている。

 このように中国政府の日本企業誘致姿勢は過去に例がないほど強まっているが、日本国内ではそれが報道されていないことから、この事実がほとんど認識されていない。

 このため、中国国内の実情にあまり詳しくない多くの日本企業では中国ビジネスに対する慎重姿勢を崩していない。

 加えて、リサーチ系の分野の人々は拘束リスクを恐れて中国出張を控えている人が少なくないという話は今回の出張でもしばしば耳にした。

3.対中投資姿勢は各国とも二極化

 中国経済は2023年第2四半期(46月期)に急減速した後、7月をボトムに緩やかな回復傾向に転じている。

 1115日に国家統計局が10月の主要経済指標を発表した。それによると、外需と不動産開発投資の不振が続く一方、工業生産、サービス生産、消費等の回復傾向が持続していることが確認できた。

 投資についても不動産開発投資は極度の不振が続いている一方で、8月以降、民間企業を中心に製造業設備投資は堅調な回復を持続している。

 このように表面的には緩やかな回復傾向が続いてはいるものの、経営者や消費者の中国経済の先行きに対する不安感が払拭できていないのも事実である。

 それでもなお、中国の実質GDP(国内総生産)成長率は今後10年程度にわたり4%台から3%台へと緩やかな下降局面が続く見通しである。

 この成長率は2010年代の86%に比べれば低いが、日米欧の先進国の成長率と比較すれば23倍の高い成長率である。

 このため、世界の一流企業の間では「今後10年程度の間は中国に代わる魅力的な市場はほかに見当たらない」との見方が共通認識となっている。

 すでに中国市場に巨額の資本を投下し、継続的に利益も出ている世界の一流企業の対中投資姿勢は基本的に変わらない。

 しかし、中国国内企業の技術力向上、競争力強化、外資企業間の競争激化等を背景に、競争力が劣る中堅・中小企業は中国市場で安定的な利益を確保することが困難となり、投資の縮小、あるいは中国市場からの撤退を余儀なくされるのも現実である。

 このため、強い競争力を備えている巨大グローバル企業や高い技術力をもつ中堅・中小企業は引き続き積極的な投資姿勢を維持する一方、中国市場での生き残りが難しくなっている企業は消極姿勢が強まるという二極化が不可避である。

 中国EU商会によれば、2022年のドイツの対中直接投資はBMW、メルセデス、フォルクス・ワーゲン、BASFのトップ4社で投資額全体の約8割を占めたとのこと。

 以前はこの4社合計で全体の3分の1程度だったことを考慮すれば、ドイツでも明らかに二極化が顕著となっている。

 今後、先進各国では対中投資の二極化が進むと見られている。

 欧米諸国に比べて日本は中国との地理的距離が近いほか、歴史的にも関係が深く、漢字や東洋思想を共有するなど文化面でも近いため、中堅・中小企業の進出企業数も多い。

 このため、日本は進出企業数全体に占める中堅・中小企業の比率が高い。

 そうした企業の中には、明確な長期的経営戦略を持たずに、同業他社が中国に行くから自分も行こうといった形で比較的安易に進出した企業も少なくない。

 そうした競争力の弱い中堅・中小は投資縮小や撤退を余儀なくされる。

 このような厳しい状況にある日本企業の比率は他国に比べて高いと指摘されている。

 その結果、日本企業の中国投資に関するネガティブなニュースが今後増加するため、一見すると中国ビジネスの魅力が低下するように見える。

 しかし、上述のように、高い競争力や技術力を備える企業は世界の一流企業でも中堅・中小企業でも投資拡大が続く可能性が高い。

 このため、日本からの対中直接投資額全体は増勢を維持する可能性が高いと考えらえる。

4.日本企業の課題は情報収集能力不足

 とは言え、中国市場での競争は熾烈である。

 10月下旬に広州市を訪問した際に、広東省政府関係者が筆者に対して次のように語った。

「日本企業は米国政府の対中輸出・投資規制を見て、その規制に抵触することがないよう、保守的に規制内容を遵守しようとする傾向が強い」

「このため、規制が許可するギリギリのところまでは踏み込まず、ある程度バッファーを設けて慎重に供給する」

「これを見た欧米企業は、規制の許容範囲であるにもかかわらず、日本企業が供給を停止した部分について、日本企業に代わって供給し、日本企業のシェアを奪っている」

 広東省政府関係者は、この実態を見て、みすみす欧米企業に市場シェアを渡している日本企業の行動を理解できないと筆者に語った。

 それに対して、筆者は以下のように回答した。

 欧米企業はロビイストなどを通じて米国政府の規制内容を詳しく調査し、許容範囲ぎりぎりのところまで供給している。

 これに対し、多くの日本企業は米国政府の決定した規制の内容を詳しく調査もせず、自らの推測に基づいて保守的な基準で慎重に行動しているため、こうした結果を招いている。

 欧米諸国や中国では政府が決定する規制について、その決定内容を詳しく政府の関係部門から確認し、必要があれば自社のビジネスが進めやすいように規制の運用を調整することも積極的に働きかけるのが常である。

 しかし、日本国内にはそうしたロビイングの習慣がないため、大半の日本企業は外国政府に対してもロビイングを行っていない。

 これを行わないのは日本企業だけであるため、日本企業だけが損をすることになっている。

 ロビイングは優秀なプロ人材に委託しなければ所期の成果を得ることができないが、そのコストは高い。

 日本企業はそのコストをかけていないため情報が不足しており、欧米企業に市場シェアを奪われている。

 経営判断や戦略策定のために必要な情報を持っていなければ、ビジネスが的確に行われないのは当然である。

 特に日本とは市場ニーズが異なり、政策が頻繁に大きく変更される中国市場では情報の価値は一段と高まる。

 日本企業の経営者はこの事実に対する認識を深めることが必要である。

 経営者が情報収集の重要性を認識し、それによって経営戦略を改善しようとする場合、優秀な人材の確保が必要である。

 人材がいなければ重要な情報は取れないし、そこから的確な経営判断を導き出すこともできない。

 海外では多くの場合、情報収集、戦略策定を担う優秀な人材はPh.D.を取得した高度人材である。それらの人材を活用するリーダーは彼ら以上に優秀な能力を求められる。

 その判断は早く、時に大胆である。社長がその判断力についていけない場合、リーダーおよび優秀な人材の能力は十分発揮されない。

 そうした状況が続くと、彼らは自分の能力を発揮できる企業に移ることを選択する。

 すなわち、競争が厳しい市場であればあるほど社長自身の経営手腕が問われる。

 社長に明確な経営ビジョンと戦略がなければ、それを実現するための優秀な人材を採用するインセンティブも生じない。その結果、グローバル市場での競争力が低下する。

 中国市場に足を運び、自分の目で市場ニーズを見て、自ら戦略を考え、それを実行に移すための方法を考えてチャレンジする経営者の企業は中国でも大きく発展する。

 中国政府による強力な支援を得やすい今こそ、そうした経営者が中国市場を開拓する大きなチャンスが到来している。