次世代原発として注目度が高まっている小型原子炉。各国で研究開発が進んでいるが、日本にとっては非常に重要だ。多数の離島を抱える日本では、高コストなディーゼル発電に代わるエネルギー源になり得る。さらに、中国が触手を伸ばすアジア太平洋の島嶼国への普及を進めれば、シーレーンの確保など安全保障にもつながる。
日本は島国で、離島も無数にある。その離島の電気といえば、ディーゼル発電が定番であるが、コストは高い。ディーゼル発電の発電効率は限られているし、燃料費自体が高い上に、それを離島まで輸送するにも費用がかかる。
本土であれば、効率の高い大型の発電所を置き、石炭や天然ガスなどの安い燃料を使用すればよいのだが、離島ではそうはいかない。まとまった電力需要がないから仕方がないのだが、何とかならないものか。
これまで、離島でこそ、太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーが相対的に経済的に有利になるという意見があり、政府の補助を受けて多くの案件が実施された。しかし実際はどうかといえば、あまり芳しい結果が出ていない。
なぜなら、ディーゼル発電が高いのと同じ理由で、太陽光、風力、地熱もコストが高くなってしまうからだ。
離島に行くとすぐ分かるが、離島は何でも値段が高い。食品でも文房具などの日用品でもそうだ。規模の経済が働かないこと、輸送にコストがかかることなどが理由である。100円ショップなどほぼ成立しない。
のみならず、太陽光や風力の場合、規模の経済や輸送コストに加えて、建設費やメンテナンス費用も高くなる。見回りや部品の交換のたびに本土から船でエンジニアを呼ぶとなると、それだけでもけっこうな費用になる。
また電力系統が小さいことから不安定になりやすく、太陽光や風力の間欠性への対応もいっそう深刻な問題になる。
結局、いくら太陽光や風力を増やしたところで、日が照らない時や風が止んだときのために、ディーゼル発電設備をなくすわけにいかない。バッテリーを置くとこれもコストアップ要因になる。
日本の離島の場合、自然条件も厳しい。ふだんから潮風に晒され、台風による暴風も強い。津波もくるかもしれない。家や車の傷みが激しいように、太陽光パネルや風力タービンもどうしても早く痛むので、メンテナンスコストは余計にかかる。
だから離島はディーゼル発電しかない、と思っていたが、米国ブレークスルー研究所のワン氏から、特に日本ならば小型原子炉(Small Modular Reactor, SMR)が有望ではないか、と聞かされて、なるほど、ありうるかもしれない、と思った。
SMRにはさまざまなアイデアがあり、定義ははっきりとは定まっていないが、おおむね、30万キロワット以下の原子炉であり、モジュール化して量産することでコストダウンを図るもの、とされる。
もちろん、いまのところは、100万キロワットを超える既存の大型原子炉の方が、規模の経済が働くお陰でコストは安い。だが量産体制に入れば、SMRがコスト面で凌駕できると期待されている。米国ブレークスルー研究所では、そのようなシナリオを提示している。
すると問題は、そこに漕ぎつけるまで、どこで生産の経験を積んでコストダウンを図るか、ということになる。
政府による補助金というのはすぐ思いつくが、できれば実力で勝てるニッチ(隙間)市場を開拓するのがもっとも望ましい。補助金には弊害もありうるし、本物の需要に向き合うことによってこそ、真剣な技術開発が行われるからだ。
そこで注目されるのが島々である。
一度燃料を装荷したら数十年持続して発電ができ、メンテナンスの手間があまりかからない、メンテナンスフリーのSMRが検討されている。これならば、離島において、再エネはもちろん、ディーゼル発電よりも高い経済性を実現できるのではないか。
以下で示す図1、図2はSMRの有望なニッチ市場について米国アイダホ国立研究所が報告したものだ。
図1の横軸はSMRの導入件数、縦軸は平均発電コスト(Levelized Costs of Electricity, LCOE)である。導入件数が進むにつれて、コストは低減してゆく。3つの線は、SMRのコストが高い場合、中程度の場合、低い場合である。
競争力が生じるかどうかはSMRのコストに依存するが、Remote Arctic Communities (遠隔北極域)、Remote Defense Installations(遠隔防衛設備)、Island Communities and Remote Mining(島嶼と遠隔鉱山)などでは、ある程度のコスト低減を図ればSMRに競争力が生じると分析されている。
U.S.Grid(米国の電力網)で示されているような、大規模な火力や原子力を活用した電力網に対しては、当面、コスト的に競合できないとしても、先行して開拓すべきニッチ市場があるということだ。
図2は特に、あるSMRの設計(デザインAと呼ばれているもの)の場合について、より詳しくコストを分析した例である(説明は図1とだいたい同じなので省略)。
米国、カナダ、ロシアなどでは、北極域に「陸の孤島」状態になっている場所が多くあり、やはり現状ではディーゼル発電に頼っているが、そこがSMRにとっては狙い目になっている。
日本には「陸の孤島」はあまりなさそうだが、本物の孤島はたくさんある。そしていま、アジアの地域安全保障の緊張の高まりを受けて、日本の離島における防衛力の強化は重要な課題になっている。
島国の日本には各地に離島がある
日本におけるSMRの初期の市場として、離島は有望そうだ。代替的な発電のコストが高いからだ。これが防衛目的であれば、ますますそのSMRによる電力の価値は高まるだろう。仮に海上を封鎖されても、SMRがあれば継続的に電気(と熱)を供給し、軍事的な活動を続けることができる。
米国は、中米カリブ海の島国であるプエルトリコなどでのSMRの導入の検討を開始している。日本も、太平洋の島々におけるSMRの導入を検討すべきではないか。そこではもちろん日本のメーカーの技術が利用できる。
実はSMRの第一世代は宇宙利用であった。宇宙探査機用の原子力電池である。当時はSMRとは呼んでいなかったが、小型で、メンテナンスフリーで、いちど燃料を装荷すると長時間持つ、という特徴はそのままSMRの特徴とされていることだ。
そしてSMRの第二世代は軍事利用である。実際のところ、今の軽水炉技術は原子力潜水艦でかつて培われたものである。このような、宇宙用、軍事用といった、代替技術がなく、高いコストが許容される「ニッチ市場」があったことで、技術開発が進んだ。
このように、ニッチ市場で技術が進み、やがて大規模な市場に普及した技術というのは枚挙に暇がない。
例えばシリコン半導体は、最初の大規模利用はICBMの制御用だった。次いでミニコン(いまの感覚ではかなり大型のコンピューター)、パソコン用と受け継がれ、いまではあらゆる場所で使用されている。
シリコン半導体が発明された直後はとても高価で、家庭用機器に使うなどということは考えられなかったが、ニッチ市場で生産の経験を積むことで、大幅な技術進歩とコスト低減が実現した。
またリチウムイオンバッテリーは、ノートパソコン、携帯電話といった携帯機器ではじめ使われ、いまではハイブリッド自動車、電気自動車、と用途が広がっている。電気自動車は、以前はガソリン自動車と対抗するなど、全く覚束なかった。だがニッチ市場で経験を積んだリチウムイオン電池のお陰で、いま電気自動車はガソリン自動車の性能に迫りつつある。
SMRについても、軍事用で、あるいは離島で、導入が進むことで経験が積まれ、コストが下がって行けば、やがては既存の大規模な火力発電や原子力発電を追い越すようになるかもしれない。
アジア太平洋地域には、日本と同様に、インドネシア、フィリピンといった島国の大国がある。また、フィジーやキリバスなどの島嶼国は多い。そしてその多くは、まだまだこれから産業が発達し、生活水準が向上し、電力需要が増してゆくだろう。
この電力供給をSMRで担うことができて、それが経済発展に寄与するとなれば、同じ島国の仲間として嬉しいことだ。もちろん、ディーゼル発電に比べれば、大幅なCO2排出の削減にもなる。
最後にもう1点。日本としては、アジア太平洋諸国におけるSMRの普及を進める大事な理由がある。
中国は南沙諸島を実効支配するようになった。のみならず、アジア太平洋諸国に対しても、経済的・政治的な影響力を強めている。
例えばこの7月に、ソロモン諸島は中国と「包括的戦略パートナーシップ」に向けた関係強化の一環として、治安維持について協力する協定を締結した。ソロモン諸島には、かつて太平洋戦争の激戦地となったガダルカナル島があり、太平洋における軍事戦略上でも重要な地点である。そのソロモン諸島の中国への接近に対しては、豪州も神経を尖らせている。
中国の習近平国家主席と握手するソロモン諸島のマナセ・ソガバレ首相
アジア太平洋に中国の友好国が増え、やがて軍事基地が置かれるようになると、あらゆる場所でシーレーンが脅かされ、日本への海上物資輸送も安定が損なわれるかもしれない。そうならないためには、日本はアジア太平洋諸国との経済的・政治的関係を深めることが重要である。
SMRはそのための一つの手段になるのではないか。もし日本がやらなければ、中国がSMRを建設するようになり、ますます中国の影響力が高まるかもしれない。