米ソ冷戦の終了と地球温暖化問題は密接な関係がある。米ソ冷戦は1991年のソ連崩壊で終わり、国連気候変動枠組み条約が締結されたのは92年である。ほぼ同じタイミングだったのは偶然ではない。米ソ冷戦が終結に向かうにつれて、世界では民主主義が勝利した、地球規模での協力が可能になる、といったユートピア的な高揚感が生まれた。この気分は米政治経済学者フランシス・フクヤマ氏の著書の題名『歴史の終わり』という言葉が象徴していた。
米ソ冷戦時代にはそもそも不可能であった地球規模の協力が実現した。中でも気候変動問題は過去30年の間に次第に国際政治の中で優先順位を上げ、2019年の英グラスゴーでの気候変動枠組み条約締約国会議(COP)でその頂点に達した。世界全体で気温上昇を産業革命前からの1・5度Cに抑えることがおおむね目標とされ、先進諸国は50年までに二酸化炭素(CO2)排出をゼロにすると約束した。
1992年の気候変動枠組み条約では、単に「危険のない水準に大気中のCO2濃度を安定化」すると言っていただけであり、97年の京都議定書でも先進国のみが数%のCO2排出削減を約束しただけだった。過去30年でゴールポストは大きく動き、2050年脱炭素という実現不可能な極端な数値目標が掲げられるようになった。
この原動力になったのは環境運動であるが、これも冷戦と関係がある。冷戦終了を受けて、西側にいた共産主義者・社会主義者はソ連というロールモデルを失ってしまった。そこで彼らは環境運動に転向した。欧州の環境運動は、反資本主義運動にルーツがある。テーマは反核から始まり、反原発、反公害、動物愛護などを経て、やがて気候変動が最も大きなテーマにあった。
環境運動家はメディア戦略に集中し、英国やドイツなどでは洪水などの自然災害が起きるたびに地球温暖化の悪影響であると報じられた。これで国民レベルでの恐怖が高まり、政治を動かし、行政が追随した。商機を見いだした産業もこの運動に加わった。科学的知見は、過去30年の間、あまり変わっていない。観測データを見る限り、災害の激甚化や生態系の破局などは示されていない。予測には不吉なものがあるが、使用されている数値モデルは過去の再現すらあまりできず、将来予測は計算者によって答えが大きく違う。
22年にロシアがウクライナへ侵攻したことで世界は新冷戦に突入した。民主主義先進国はロシアに経済制裁を課し、ロシアは中国に接近した。これにイラン、北朝鮮を加えて反米・反民主主義の勢力圏が出来上がった。世界が新冷戦の時代に突入したことで、地球規模での協力は困難になる。気候変動問題も国際政治の課題として優先順位が下がることは必定だ。
以下では新冷戦の構図を3枚の図によって示そう。
図1を見ると、ロシアへ経済制裁をしているのは先進国だけであることが分かる。よくロシアが世界的に孤立しているかのような報道があるが、事実は全く異なる。ロシアの稼ぎ頭である石油については、G7諸国はかなり輸入を制限しているものの、中国とインドはそれぞれ輸入量を大幅に増やし日量200万バレルに達している。他にも、多くの国が、液化天然ガス(LNG)、食料、武器などをロシアから輸入し続けている。
図2では、独立シンクタンクV-DEMによる民主主義指数が示されている。世界人口のうち72%は専制国家に住む。新冷戦を民主主義対専制主義の戦いとみるならば、実は民主主義の方が少数派である。
図3を見ると、貿易パートナーとして、中国の方が米国より重要な国が世界の多くを占めることが分かる。
このように、G7対中国・ロシアの新冷戦の構図においては、G7側が優勢だとは全く言えない。これからG7は長く辛い戦いを続けることになり、世界の分断は何年、何十年と続きそうである。
23年も先進7カ国首脳会議(G7サミット)、20カ国・地域首脳会合(G20サミット)に続いて、11月30日から12月12日まで第28回の気候変動枠組み条約締約国会議(COP)が予定されている。結果はもちろん予断できないが、だいたいは見えている。G7において先進国は50年CO2ゼロを公約し、グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)にも同様の公約を求めたが、G20で拒絶された。COPにおいても同じことが起きるだろう。ロシアへの経済制裁という先進国にとっての最重要アジェンダ(検討課題)ですら途上国は同調しなかったのだ。グローバルサウスが先進国の意のままになるという時代ではない。
バイデン米大統領や、ポルトガルの政治家であるグテーレス国連事務総長など、先進国や国連の首脳は、ハリケーンや山火事などの災害があるたびに、それが気候変動の影響であり、CO2排出の結果なので、50年CO2ゼロが必要だ、と事あるごとに発言してきた。
だがそれでグローバルサウスがどう反応したかといえば、自然災害を引き起こしたのは先進国の歴史的なCO2排出が原因であるから、それを賠償すべきであり、また防災やCO2削減のための投資についても先進国が費用負担すべきだ、とした。
先進国は、科学的には全く正しくないにもかかわらず、今の世界の自然災害がことごとく過去の先進国のCO2のせいだと自ら言ってしまったために、その責任を追及されているという格好だ。このような論争になってしまうと、途上国の側の言い分に圧倒的に理がある。
先進国はこれまで、途上国の防災とCO2削減のために年間1000億ドル(約15兆円)を拠出すると約束し、主に世界銀行などの国際開発機関の資金を脱炭素目的に振り替えることでこの金額をおおむね達成してきた。だが途上国は、これでは全く資金が足りないとし、賠償まで含めて年間1兆ドルを拠出するように先進国に要求している。現在の先進国の経済状態を考えるとこれは不可能である。
23年のCOPは、実質上は物別れに終わり、水素や再エネの開発に関する拘束力のない約束などといった形で取り繕われると予想する。24年以降も、COPにおいて実質的な前進がみられることは当分ないのではないか。
新冷戦が始まって、世界は分断を深める。気候変動が世界政治の最優先課題である短い時代は終わり、安全保障、それと密接に関わる経済が最優先事項となる。南北対立で地球温暖化の国際交渉は行き詰まっている。米国ではケネディ・ジュニア氏の立候補で民主党の票が割れ、大統領選では共和党が勝利しそうだが、そうすると、誰が大統領でも米国の脱炭素政策は180度変わる。
日本はグリーン・トランスフォーメーション(GX)関連の法律が5月に成立し、政府は脱炭素政策の制度化の作業を進めている。だが数年後に同法が本格施行される頃には世界情勢は大きく変わっているだろう。方針転換ができないような形で性急な制度化をすべきではなかろう。
企業も、新冷戦の始まりが地球温暖化問題に与える根源的な影響をよく理解する必要がある。今後も欧州などでは脱炭素目的の補助金や規制の強化が続くので、そこで商機を狙うことは一つの方向性であり続ける。他方で、グローバルサウスや米国を筆頭に、ほとんどの国で高コストな温暖化対策は実施されないようになるのではないか。そうであれば温暖化対策としても、それ自身で安全保障上ないしは経済的なメリットのある事業以外は成立しなくなる。