コラム  国際交流  2023.11.29

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第176号 (2023年12月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交

まさしくVUCA(volatility, uncertainty, complexity, and ambiguity)に満ちた2023年最後の海外情報を諸兄姉にご報告する。

各国の対中直接投資の将来展望に関心が集まっている。

EU系企業の対中投資に関し友人達と意見交換をしている。11月6日、欧州中央銀行(ECB)は経済月報を発表し、その中でEU企業に対するアンケート調査を発表した。これに関し興味深い2つの図を小誌に添付している(p. 4参照、尚、月報は7つの図表を掲載)。EUの多国籍企業は、地政学的リスク、環境問題、規制問題の理由から拠点をEU圏内に置き、他方、圏外立地は賃金、燃料費、海外市場の理由から考慮している。またサプライ・チェーンに関し、国別では中国を最も重視する一方で、中国依存に関するリスクの高まりを感じている。

米系企業の対中投資に関しては、米中関係全国委員会(NCUSCR)及び米中ビジネス評議会が、習近平主席の訪米時に開催した会合に対して、厳しい見解を示したWall Street Journal紙の社説に注目し、友人達と意見交換を続けている(次の2参照)。

他方、筆者は11月15日に東京で開催された日中間国際会議(第九轮中日企业家和前高官对话会)に際し、対中ビジネスの課題を公の場で大いに議論したかった、と思った次第だ。中国は日本にとって米国同様に重要な国で、正確な情報に基づき硬軟巧みに絡めた対応が不可欠だ。

我々は、内外の優れた人々と共に正確な情報を抽出し、洗練された最新の知識を基にして行動を起こさなくてはならない。

様々な分野でAIの開発・活用が論じられている。これに関し、オン・イエ・クン(王乙康)シンガポール保健相は、北京で11月21日に開催された会合で示唆的な講演を行った—「誰もがalgorithmやdata encodingに関わる必要は無いが、誰もがAIを活用しなくてはならず、雇用者は“人間かAIかという選択”ではなく“AIが活用出来る人間かそうでない人間かという選択”に迫られる」(シンガポールの中華系最大新聞«联合早报»主催の第5回新中论坛(Singapore-China Forum))。シンガポールの友人はこれに関し、「政府・企業の指導者がAI活用の意思や能力を持つか否かが問われる」と語り、「現在は既にthe Digital Age、日本は大丈夫?」と冷やかな語調で連絡をしてきた。

AIに関し米中両国の動きに目が離せない。StanfordのLi Fei-Fei(李飞飞)氏は11月に本を著し、公共ラジオ放送(NPR)からinterviewを受け、AIの持つ問題・危険性と対応策を語っている。またLi Kai-Fu(李開復)氏が北京に創立した零一万物(01.AI)は巨額の開発資金を集めている。

AI活用の重要性を述べたが、AIは発展途上で多くの問題を抱えている。従って“活用”と言っても、“誤用”・“悪用”の危険性を銘記すべきだ。例えばオランダでの保健分野へのAI活用には様々な問題が指摘されている。また生成AIの開発・活用を巡る問題に関し、米国think tankのBrookings Institutionが10月24日に発表した小論が大変興味深い(“How Language Gaps Constrain Generative AI Development,” 次の2参照)。

これによると、大規模言語モデル(LLM)は主としてInternet情報を基に開発されるが、Internet上で情報量の多い言語(high-resource languages)は圧倒的に英語だ。その結果、言語的に偏った形のLLM開発が進みthe “digital language divide”が出現する。しかもメキシコ系米国人が使う英語(Chicano English)や英語の方言はLLM開発過程で“排除”される危険性がある。そして“生成AIによって作成された文章か否か”を判別する際に、standard Englishを基にしたAIは、非英語圏の人が自ら作った文章を殆ど“AI-generated”と誤って判断したというStanfordの研究に触れている。

この小論の著者は冒頭、ヴィトゲンシュタイン先生の言葉を引用した—私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する(The limits of my language mean the limits of my world; Die Grenzen meiner Sprache bedeuten die Grenzen meiner Welt)。これに関し筆者は友人達に「言葉でこそ、立派な議論が出来る。言葉でこそ、一つのシステムを創れるのだ(Mit Worten läßt sich trefflich streiten, Mit Worten ein System bereiten)」とゲーテ大先生の言葉を伝えた次第だ。

摩訶不思議なる中国情報に興味は尽きない—だが筆者の場合、直接面談する機会が中国国外に限られている事が残念だ。

小誌前号で触れた英国出張で、英国の友人達の質問—「黄亚生MIT教授は近著(The Rise and Fall of the EAST, Aug. 2023)の冒頭・結論部分で、“陳勝・呉広の乱(Dazexiang Uprising/大泽乡起义)”に触れたが、ジュンの意見は?」—に対して現地の中国人と共に苦心しつつ応えた。また先月は、①The Economist誌の記事“Xi Jinping Is Trying to Fuse the Ideologies of Marx and Confucius”、②South China Morning Post紙の記事“Aristotle Becomes Latest Casualty in China’s Narrative War with the West”、③Financial Times紙の記事“Xi Jinping Enlists Flying Tigers as China’s Propagandists Seek Warmer Tone on US”に驚いた。同時に「流石は中国流Propaganda! 時事問題に歴史を巧みに絡ませ、更に“尾ヒレ背ビレ胸ビレ”を着けて語る」と感心している(次の2参照)。

①は、YouTubeでも観れる政治的宣伝番組(«当马克思遇见孔夫子») を紹介。カール・マルクス先生が孔子先生と議論するという郭沫若先生の著作(«马克思进文庙»)に基づく動画だ。驚いた事にマルクス先生の口元が本当に中国語を話しているように動いている! 「この動画を中国の人々が本当に楽しむのだろうか?」と疑っている。②は、一部の学者が西洋文明を敵視し、アリストテレス大先生の実在すら疑うという(奇妙な?)現象を伝えている。筆者が以前ソウルでお会いした人民大学の金灿荣教授—中国版SNS(抖音)のインフルエンサー—が“アリストテレス実在懐疑派”と知り驚いた。ケッサクなのは古代ギリシャの専門家でHarvardのポール・コスミン教授までもがinterviewを受けている点だ。この記事を読み、「中国の知識層は一体どうしたのか?」と心配した。だが、記事は北京大学の高峰枫教授が“実在懐疑派”を“学術義和団”と批判し、西洋に対して過度に感情的にならぬよう警告している事も伝えており、少し“ホッ”とした。③は、習近平主席の訪米前、米中関係“改善”を盛り上げるために、日中戦争時の中国(蔣介石率いる国民党)に味方した米国義勇軍(Flying Tigers)を回顧して、米中友好の長い歴史に触れている記事だ。

正確な情報収集には単なる“受信”だけではなく“発信”が必要だ。“双方向性”が無ければ、情報は我々に近づいて来ない。

米国の友人が面白い資料を教えてくれた。「Jun! 極東に関心の無い人が、日本と韓国の位置を間違えている」と言い、連邦議会図書館調査局(CRS)の資料を指した(p. 5の図参照)。我々は積極的に海外の専門家達と“双方向性”を意識した情報交換をしなくては、と反省している。

筆者は現在、米欧及び東南アジアの研究者とロボット開発・活用に関する情報交換を行っている。ただ様々な制約から、中国の知人・友人達との意見交換は中国国外でしか出来ず残念に思っている。本来なら中国情報—例えば最先端のロボット開発に関する中国工業情報化部(MIIT)の方針(«人形机器人创新发展指导意见»; the “Guidance on Innovative Development of Humanoid Robots”)—に関し、米欧中亜の友人達を交え議論したいと思っている。だが、ロボットはAI同様、軍民両用技術(DUT)であるだけに、筆者の望み—率直で誠実な態度で行う情報交換—は極めて難しい。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第176号 (2023年12月)