メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.11.16

賃金と物価の循環を考える

共同通信より

経済政策

 最近、政府と日本銀行は「賃金と物価の好循環」という表現をしばしば用いる。例えば、植田和男日銀総裁は、925日に行われた大阪経済4団体共催懇談会での挨拶の中で、現在は「賃金と物価の好循環が実現するかどうかの正念場」にあるという認識を示した。また、内閣府経済社会総合研究所は4月、「賃金と物価の好循環を目指して」というテーマのフォーラムを開催した。

「好循環」という表現は、賃金と物価が相互にフィードバックしながら上昇して行くことを、政策当局が望ましいと認識していることを意味する。一方で、時計の針を大きく戻して、1970年代について見ると政策当局の認識はこれと異なっていた。

 高度経済成長が続いていた19705月、当時の福田赳夫大蔵大臣は省内での幹部との会合で「物価上昇と賃金引き上げが悪循環にならないよう諸施策をとり、国際経済社会の中で日本経済の高度成長をどう対応させるかが最大の課題である」と強調した。また、197110月、日本経営者団体連盟の桜田武代表常任理事は、「デフレを心配するよりも賃金、物価の悪循環を断ち切ることが急務である」と述べた。

 いうまでもなく、こうした認識の相違の背景には、1970年代初めと現在の経済状況の違いがある。現在の消費者物価上昇率、名目賃金上昇率はそれぞれ、年率3-4%前後、1%前後であるのに対して、1970年の消費者物価上昇率、名目賃金上昇率は、それぞれ7.6%、16.9%であった。

 しかし一方で、現在の政府の認識では、物価とインフレ率はすでに物価高対策が急務とされる状況に達している。その状況で賃金上昇が加速した場合、物価に一層の上昇圧力が加わることになる。仮にインフレの加速が望ましいという立場を取れば、これは「好循環」だが、インフレの加速が望ましくないという立場を取るなら、この事態は1970年代と同じく「悪循環」ということになる。政策当局の物価、賃金に関する認識と立場の一貫性が問われている。