コラム 国際交流 2023.11.01
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない —— 筆者が接した情報や文献を ①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
10月下旬に英国を訪れ、世界各国から集まった友人達と久しぶりに会食をしつつ意見交換を行った。
世界中で、また各分野で“Rivalry(競合)”と“Competition(競争)”が激化している—それらは一方で喜びを生み、同時に他方では悲しみを生んでいる。更にそれらは一方で平和的な競合・競争であり、他方では戦闘的な競合・競争、即ち“conflict(対立)”である。
ウクライナでの悲劇に加え、10月7日勃発のイスラエル・ハマス間の“対立”が、世界中の人々の中に深い悲しみと激しい憤りを生んでいる。この「恨みが恨みを生む(hate begets hate)」という悪循環は一体いつになったら終止符が打たれるのだろうか?
政治の分野では混乱する米国の国内政治と米中間対立、経済分野では全米自動車労組(UAW)と経営側の対立、そして技術分野では米中間の最先端技術開発競争、社会分野ではドイツ国内での東西格差を起因とする対立。かくして様々な分野で対立が激化しているのだ。
堅調な米国経済にUAWと経営側の“対立”が如何なる影響を与えるのか。MIT出身で米財務省マクロ経済担当財務次官補代理のローラ・ファイヴァソン氏の資料等を基にして、筆者はCambridgeに集った米英の友人達と語り合った(p. 4の図参照)。
米国内の政治的“対立”に関し、Harvardのスティーヴン・レヴィツキー、ダニエル・ジブラット両教授やFairfieldのガヴリエル・ローゼンフェルド教授の近著書を中心に議論した(次の2を参照)。世界最強の大国が国内政治で揺らぎ始めたため、中露等の他国が様々な策を講じて世界秩序を乱し始めている。筆者の渡英前の5日、米中対立に関しロンドン大学の中國研究院が、“US-China Rivalry”と題しonline eventを開催した—この会合の司会は、以前弊所に約半年間滞在したHarvardのトニー・セイチ教授で、香港出身で中國研究院の曾銳生(Steve Tsang)院長とStanfordのスコット・ロゼル氏が意見を述べた(次の2を参照)。
筆者はこれに関し、London及びCambridgeで、先月4日に米連邦議会上院で証言した国立科学財団(NSF)理事長のセトラマン・パンチャナータン(通称パンチ)氏の発言に言及した。同時に、同日NSF発表の資料(米国で博士号を取得した留学生の学位取得後の在米滞在率の国別統計)に関して自分の意見を述べた(p. 5の表参照)—博士号取得学生数で最多を誇っている中国は、最近“離米”比率を高めている。英The Economist誌は先月11日付記事で“American and Chinese Scientists Are Decoupling, Too”と語ったが(次の2を参照)、米中間の学術的・技術的対立が激化したため、全人類的視点での“人知”の最適化が出来ない危険性が生じた事を示唆している。
また米国防総省(DoD)が先月発表した資料(Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China)にも言及した。「未だ精読してない」と前置きして、次の点に筆者が関心を抱いていると語った—「DoDは中国が“広義”の軍事的視点から様々な策を練っている事を懸念している—①“Health Silk Road (健康丝绸之路) (HSR),” ②“Digital Silk Road (数字丝绸之路) (DSR),” ③“Green Silk Road (绿色丝绸之路) (GSR)” (同資料 p. 26)」、また「以前、中国は米中両国間の相互理解に努力してきた。だが、現在は両国軍部間の情報交換すら対米対抗手段として中国が利用しようとしている事にDoDが不満を抱いている (同資料 p. 174)」、以上2点だ。
Cambridgeでは英米中独加蘭印出身の友人達と、不透明な経済の中で独社会内に発現した対立に関して意見交換をした。
独Stern誌が9月末に「ドイツ統一に対する国民の想いは変化した(Die Stimmung zur Deutschen Einheit ist gekippt)」と題する記事を掲載した。これはドイツの公共メディアも取り上げる程、注目された記事だ。同誌は「東西が再び別れつつある(Ost und West rücken wieder auseinander)」と述べて独統一33周年の直前に実施した国民意識調査を発表した。そしてベルリンの壁崩壊の翌日に(元西ベルリン市長の)ブラント首相が語った言葉—「(遂に)今、(分かれていた)同一の独民族が、緊密な関係に戻った状態(Jetzt sind wir in einer Situation, in der zusammenwächst, was zusammengehört)」を引用し、逆に今、不安定な経済状況の中で独社会が再び統一前の暗い過去へ戻る危険性を示唆した(次の2を参照)。
勿論、“Rivalry”・“Competition”には喜びと平和をもたらすものも存在する。この事を銘記すべきだ。
LondonとCambridgeでは、政治経済分野だけでなく、開催中のラグビーやクリケットのWorld Cupについても語り合った。
筆者はAsian Gamesの卓球で、中国の孙颖莎選手が早田ひな選手を讃えた言葉に触れ、競争の意義について語った—中国メディア(«澎湃新闻»)は孙選手の言葉を次の様に伝えた—「早田選手も非常に優秀な選手。最近はお互いに競い合ってきました。彼女は常に自己を打破し、技術的に成長しています。従って両人が共に更に進歩する事を希望します(早田希娜也是一个非常優秀的运动员。我们在最近也交手过很多次。她每次也都在不断的突破自己、也在進歩了很多在技術方面。所以希望我们面两个人也是都在彼此的共同督促更好的進歩)」、と。
これに関しニーチェ大先生の言葉を思い出している—「古代ギリシァ国家は、対等な人々の間に体育と芸術における競争を正式に認可した。即ち政治的秩序を危険に陥れる事なく、あの克服し難い(人間の闘争)本能に捌(は)け口を与え得る競技の場を設定したのだ(Hatte der griechische Staat den gymnastischen und musischen Wettkampf innerhalb der Gleichen sanktioniert, also einen Tummelplatz abgegrenzt, wo jener Trieb sich entladen konnte, ohne die politische Ordnung in Gefahr zu bringen)」。我々はこのニーチェ大先生の言葉を今思い出す時なのだ(Menschliches, Allzumenschliches)。
スポーツに限らず技術開発分野でも“互恵・補完的”な“Rivalry”・“Competition”を実現するように努めなくてはならない。
9月末に北京で開催された国際会議(Beijing International Seminar on Micro-Electronics and IC World Conference/北京微电子国际研讨会暨IC WORLD大会)で、中国の半導体産業団体(中国半导体行业协会 (CSIA))の叶甜春氏は、米国の対中制裁が中国の半導体産業を鍛えて自給率を高め、黄金時代に向かわせると語ったらしい。勿論、彼の発言に関し当該分野の専門家の意見は分かれているが、米中間の共通利益を見出す事が必要だ。
我々にとり重要なのは技術開発で全人類を幸福に導く平和的な“Rivalry”・“Competition”の枠組みを創る事だ。卓球の孙・早田両選手が示した様に、国籍に関係無く「一流が一流を認め、切磋琢磨する」形を各国の優れた人々が実現してくれる事を望んでいる。これに関しCambridgeでインド出身の研究者が「栗原さん、米TIME誌が“AI分野で影響力のある人”を9月に百人挙げた際、インドは14人選ばれました。日本は?」と尋ねた。残念ながら筆者はそれに返事が出来なかった。そして今、日本の若者達が潜在能力を顕在化する事を願う毎日だ。