エネルギー政策の基本的な方向性を示す第7次エネルギー基本計画が2024年にも策定されると見られている。現在、日本では2030年に2013年比でCO2などの温室効果ガス排出量を46%削減するという目標の下、あらゆる政策が進められているが、そうしたやり方が果たして妥当なのか。本稿では重要論点として、現行の第6次エネルギー基本計画において議論が集中したエネルギーミックスなどの数値目標を排除すべきであることを述べる。
英国では気候変動委員会(Climate Change Committee、CCC)がバックキャスティングに基づいてカーボンバジェットを計算し、議会がそれを追認する、ということが行われてきた。
バックキャスティングとは、2050年にCO2をゼロにするという目標から逆算するということであり、カーボンバジェットはCO2排出量の上限のことを指す(グラフ1)。またCCCはその達成に必要な政策措置も提言し、議会はその多くを採用してきた。
【グラフ1】英国のカーボンバジェット。
2050年CO2ゼロという目標から逆算してCO2排出量の上限を決めている。英国政府資料より
だがここにきて様相が変わってきた。
英国はエネルギーコストの高騰によって年率7%ものインフレが起き、生活費危機に直面した。リシ・スナク首相は歴史的な演説を行い、内燃機関を動力とする自動車の新車販売を禁止する期限を2030年から2035年に延期する、省エネ住宅の義務付けも延期する、など、期限が近い一連の政策を繰り延べた。
のみならず、「今後は強制ではなく同意に基づいて政策を導入する」とし、「これまでの歴代政府はコストの精査が足らず、また正直に国民に説明してこなかった。これからは違う」とした。
バックキャスティングに基づくカーボンバジェットの設定という方法では、技術的・経済的な検討が欠落し、そのために実施段階において修正を余儀なくされる、ということが露呈したわけだ。
一方、米国は英国と全く異なる方法を取っている。米国の「国家気候タスクフォース」公式ホームページを見てみよう。
米大統領は以下の3点を公約している。
またこの達成のためとして、インフレ抑制法、超党派インフラ法などの法律を制定している。
しかし、米国政府として5年ごとのCO2目標を定めるとか、その部門ごとの内訳を決めるとか、発電部門のエネルギーミックス(電源構成)を定める、といったことはしていない。
その代わりに、エネルギー省(DOE)に属するエネルギー情報庁(Energy Information Administration、 EIA)が、現行の政策に基づくとCO2排出量がどのようになるか、予測を発表している。
そしてその予測を見ると、前述の米国政府の目標はことごとく未達である! たとえば2030年のCO2排出量は50%削減にはほど遠いし、2035年の電力部門のCO2排出もゼロには全然なっていない(グラフ2)。
【グラフ2】米国CO2排出量の予測。EIAアウトルックより
EIAは「法律により、我々のデータ、分析、予測はいかなる米国政府の組織または人の承認を受けない独立なものである(By law, our data, analyses, and forecasts are independent of approval by any other officer or employee of the U.S. government)」としている。
政府が辻褄あわせのために鉛筆をなめて作る数字ではない、ということだ。
さて日本はどうか。
2021年10月に閣議決定した第6次エネルギー基本計画では、「2030年に2013年比でCO2などの温室効果ガス排出量を46%削減する」という無謀な目標がトップダウンで設定され、それに辻褄をあわせた。
政治家も介入し、電源構成における再エネ比率38%などといった数字が設定された(グラフ3)。いまあらゆる政策措置がこういった数値に従って実施されている。
【グラフ3】第6次エネルギー基本計画の電源構成。政府資料より
38%といった数字の設定は、技術的・経済的な検討が極めて不十分なままに行われた。このため、再エネ大量導入などに伴ってコストが膨大になり、電気料金はますます高くなってゆくことは必定だ。だが計画に数字が書き込まれているために、なかなかブレーキが利かない。
そもそも国は将来のCO2の排出量を決める能力はない。経済成長がどの程度になるかは正確に予測できないからだ。
また、計画の実施段階になって、技術的な課題が克服できなかったり、立地問題に直面したり、経済安全保障の問題が浮上したり、経済的なコストが予想以上にかかったりする。将来のCO2排出量は本質的に不確実である。それにもかかわらず数値目標を強行すれば多大な害悪が発生する。
米国のように、①あらまほしき目標を政権が決めるけれども、②その実施段階においては個別具体的な政策を是々非々で議会で制定し、③その結果としてどの程度のCO2排出量になりそうかは独立な機関が第三者的な立場から予測する、という3つのステップを踏む方法のほうが妥当である。
日本も、次の第7次基本計画においては、英国方式ではなく、米国方式を取るべきだ。つまり、第7次基本計画からは部門別のCO2排出量の目標や、エネルギーミックスと呼ばれる発電部門の電源構成についての数値は除外すべきだ。
そして具体的な政策の導入にあたっては、それら政策の費用・便益・リスクを精査した上で妥当なものを選ぶ。
なお電力部門においては、かつてそうであったように、大規模な電源や送電線については、全体としての需給の調整を図るために、国としての長期計画が必要だろう。
独立した機関による長期予測については、実はそれに準ずるものがすでにある。日本エネルギー経済研究所は、IEEJアウトルック2023として、過去の趨勢に従った場合(レファレンスシナリオ)と、最大限技術を導入した場合(技術進展シナリオ)について将来予測を行っている。
そして「技術進展シナリオ」においても、米国、欧州連合ともに2030年のCO2削減目標は未達、とされている。日本の2030年目標も未達である!(表1)
【表1】IEEJアウトルック2023より
また2050年の世界のカーボンニュートラルについても「実現には程遠い」とはっきり記してある。2050年のCO2排出量は2020年の半分程度に留まる(グラフ4)。
【グラフ4】「技術進展シナリオ」でも2050年CO2ゼロにはほど遠い。IEEJアウトルック2023より
これが現実だ。トップダウンで無謀な目標を立てても、実現不可能なのだ。それに向かって辻褄合わせをした数値目標に振り回されると、どこかで必ず破綻する。それを回避するための軌道修正が遅れるほど、無駄なコストがかさみ経済が疲弊することになる。
繰り返しになるが、次期の第7次基本計画においては、部門別のCO2排出量や、エネルギーミックス(電源構成)の内訳の数字は除外すべきだ。それに代えて、日本エネルギー経済研究所などの研究機関が予測をすればよい。それは経済成長や技術進歩などの不確実性を取り込めば、当然、かなり大きな幅を持ったものになる。これは米国EIAでもそうなっている。
そして将来予測にあたっては、これも米国EIAに倣い、政府の介入や承認を受けず、独立の専門機関として実施すべきだ。
なお最後に、やや蛇足ながら、2030年の「目標」の位置づけについて補足する。第6次基本計画では、一応は、2030年の数値は「目標」ではなく「見通し」であると言っている。資源エネルギー庁のホームページでは「需給両面におけるさまざまな課題の克服を野心的に想定した場合、どのようなエネルギー需給の見通しとなるのかも示されました」と書いてある。
だがその説明をしているページでは、「2030年度の新たな削減目標はこれまでの目標を7割以上引き上げるもので、その実現は容易なものではありませんが、エネルギーミックスの実現に向けて、あらゆる政策を総動員し、全力で取り組みます。」と書いてある。
つまり数値は「目標」だと説明している。実際には「目標」として認識され運用されている。これが実態だ。