2023年の夏は全国的に暑かった。この理由を地球温暖化の影響だとする報道もあったが、正確ではない。猛暑の原因は、第一に自然変動、第二に都市熱であって、それに比べると地球温暖化の影響は小さい。
気象庁の発表によると、23年夏(6~8月)の天候の特徴は以下の通りだ。夏の平均気温は北・東・西日本でかなり高くなった。日本の平均気温は1898年以降で夏として最も高くなった。北日本を中心に暖かい空気に覆われやすく、南から暖かい空気が流れ込みやすかったため、夏の平均気温は北・東・西日本でかなり高くなった。1946年の統計開始以降、夏として北日本と東日本で1位、西日本で1位タイの高温となった。また、15地点の観測値による日本の平均気温偏差はプラス1.76度Cとなり、1898年の統計開始以降で最も高かった2010年(プラス1.08℃)を大きく上回り、夏として最も高くなった。
この発表を見る限り、地球温暖化の影響だとは書いていない。23年の気圧配置が特殊で、特に北日本で暑くなったということで、これは地球温暖化とは関係の無い自然変動である。
そもそも地球温暖化とは、人類の二酸化炭素(CO2)排出が何十年もかかって大気中に蓄積され、それによって発生するものだから、長期的なトレンドを見てその温暖化量を評価する必要がある。では日本の気温トレンドはどうなっているかというと、気象庁は図1のように日本の年平均気温偏差をまとめている。この図から線形回帰して求めたトレンドである100年当たり1.3度Cという値が、気象庁が公表しメディアでよく引用される「日本における地球温暖化の影響」である。
図1の折れ線は年々の値であり、太線がその前後5年間の平均値(移動平均と呼ぶ)、そして直線がこの全期間のトレンドについての線形回帰式である。ここで偏差と言っている意味であるが、これは、ある観測地点(例えば東京の大手町)における観測値を平年値(ここでは1991年から2020年の30年間の平均値)との差で表したものを、全ての観測地点(この場合15地点)で平均した値のことである。
よく「地球の平均気温などどうやって計測するのですか(不可能でしょう)」という質問を受けるが、実際に行われていることはこのようなことで、つまり複数の観測地点で「気温偏差」を求めて、それを平均化することで、「地球の平均気温上昇」と呼んでいる。
さて気象庁の説明では、図1は「全国の地上気象観測地点の中から、観測データの均質性が長期間確保でき、かつ都市化などによる環境の変化が比較的小さい地点から、地域的に偏りなく分布するように選出した15地点(網走、根室、寿都、山形、石巻、伏木、飯田、銚子、境、浜田、彦根、多度津、宮崎、名瀬、石垣島の平均。ただし、これらの観測点も都市化の影響が全くない訳ではない)」となっている。
この気象庁の説明にあるように、つまりは図1においても都市化の影響は除ききれていない。ここで言う都市化の影響とは、都市熱ないしヒートアイランド現象と呼ばれることもあるが、都市の発達に伴って気温が上昇することを指す。
この都市化の影響は大都市だともっと大きくなる。図2は東京の大手町と、図1の15地点での年平均気温偏差を示したものである。東京では過去100年の間に約3℃もの年平均気温上昇があったことが分かる。
なお図2の統計期間は1927年から2022年までであり、薄い折れ線は各都市の年平均気温の基準値(1927~56年平均値)からの偏差、濃い折れ線は都市化の影響が比較的小さいとみられる15地点それぞれの年平均気温の基準値からの偏差を平均した値を表す。なお、観測場所の移転があった年は横軸上に▲で示し、移転前のデータを補正しており、公開されている観測データとは値が異なる。統計期間は国内主要都市の統計値が揃う1927年以降としている。
都市化すると気温が高くなる理由は幾つかある。まず最も重要なのは、コンクリートやアスファルトで埋め尽くされ、それが日中に太陽光で温められて、夜間も通じて一日中気温を高く保つことだ。東京の夏であれば、深夜であっても町に出るとモワッとした熱気を感じるが、あれである。次いで、ビルなどの高層建築物が多く建つことで風通しが悪くなり、熱が溜まりやすくなる。東京では海岸を埋め立て、臨海地域には随分とビルが建ち並ぶようになった。そのせいで内陸側では風が入ってこなくなり、気温が上がった。東京の練馬に長い間在住するご老人に話を聞くと、昔は夕方には海風が入ってきて涼しかったが、今はないとのことだった。さらに都市内でのエネルギー消費によっても気温は上昇する。ただしこれは、前2者の要因に比べるとそれほど大きくない。
それでは、この都市化の影響が混入している15地点平均ではなく、本当のところの日本の温暖化量はいったいどの程度なのだろうか。この推計は一筋縄ではいかない。「測定」ではなく「推計」だと言うのは、単なる生の測定データを集めるだけでは、長期的な傾向が分からないからである。というのは、気温の測定は、かつては学校で習ったような百葉箱で、1970年代半ば以後は原理的にはほぼ同じだが外観が違う「通風筒」で行ってきたが、測定値に影響する因子には以下のようなものがあり、本当の気温はこれらを全て考慮し、補正して推計しなければならないからだ。
(1)都市化。前述したように、建築物、道路などに太陽の熱が溜まる。ビルが林立することで風が遮られて熱がこもる。また都市内のエネルギー消費によっても熱が発生する(2)測定機器。機器が変更されると誤差が生まれる(3)統計の取り方。統計方法の変更があると補正が必要になる。1日何回、何時に観測するか。(4)測定地点の移設。同じ地域内であっても測定地点が引っ越すと温度が変わる(5)測定地点の周辺環境変化。周りの木が成長したり、つる草が伸びたり、フェンスができたり、周りに建築物ができたりすると風が弱くなり、日中は気温が上がり夜間は気温が下がる。この差し引きで平均気温が上がる(これは「ひだまり効果」と呼ばれる)―。
以上を20年にわたり綿密に検討して、日本における気温観測の第一人者である東北大学の近藤純正名誉教授は、日本平均の気温の長期変動を推計し、データセット「KON2020」として公表した。これは都市化の影響が少なく、また前述の補正が可能な34地点の平均値である。
図3から、線形回帰計算によって、日本の温暖化量は、過去100年あたりで0.77℃である、と算出された。これが都市化などの影響を除いた日本の温暖化量の推計である。図1の15地点平均では1.30℃であったから、その6割程度である。残りの4割程度は都市化などの影響による、温暖化以外の気温上昇だった、ということだ。
なお東京の測定地点は、2014年にビル街の大手町から森林内の北の丸に移転した結果、年平均気温が0.62℃低下した。距離にすればわずかな違いだが、これだけで年平均温度は随分と異なる訳だ。
地球温暖化は、起きているといっても、100年当たり0・77度C程度である。これは子どもが大人になる約30年の期間であれば0.2℃程度となる。0.2℃と言えば体感できるような温度差ではない。人々が「猛暑」を感じているとしたら、そのほとんどは、自然変動や都市化などの、地球温暖化以外の要因による暑さだ。
最後に観測網の整備について。本稿で示したようにいまの気象庁の観測所網では地球温暖化量は推計に頼らざるを得ない。この問題は世界共通であるが、米国では、解決策として、都市化などの影響を排除し地球温暖化の正確な観測に特化した「米国気候標準ネットワークUSCRN」を立ち上げ04年から運用している。日本でも、同様な精密観測が可能な「地球温暖化観測所」の整備を近藤純正名誉教授が提案している。一定の費用はかかるが、ばく大な温暖化対策費に鑑みれば、十分に値のある投資と思う。