メディア掲載  エネルギー・環境  2023.10.27

東京から工場が消える日…事業所への「脱炭素義務付け」の何が問題か? 東京都への公開質問状

現代ビジネス(2023年10月2日)に掲載

エネルギー・環境

新築住宅への太陽光発電義務付けを条例化した東京都が、今度は大幅な脱炭素を工場やオフィスなどの事業所に義務付けする条例改正案を提出してきた。

大規模事業所については大幅なCO2削減率を義務付け、中小規模事業所に対しては、達成基準を定めて脱炭素の計画の提出を求めるものだ(東京都HP)。

fig01_sugiyama.JPG

都内の事業所の多くは、すでに高コストに喘いでいる。この上、この条例によって事業所が閉鎖に追い込まれ、町が衰退する危惧がある。

今後のスケジュールとしては、今年度中に条例を議会で制定し、令和72025)年41日に施行することを東京都は目指しているという。

公開されている条例案だけからは詳細は全く読みとれないが、これまでの都の検討資料(資料1 資料2)を見ると、どのような運用になるのか予想できる。すると、いくつも疑念が湧いてくる。

以下に公開質問をする。

質問1 なぜ二重規制が必要なのか

脱炭素政策としては、この5月に国としてグリーントランスフォーメーション関連法が制定され、国として今後10年間で150兆円の官民投資を行うなどの計画が策定されたばかりである。事業所に対しても、脱炭素の規制や補助金などの措置は国としてすでに多く制定されている。東京都の排出削減義務や計画書制度に類似の制度も省エネルギー法などの形で施行されている。排出量取引制度についても国として導入することが決定した。

この状況において、なぜ東京都独自の制度の継続が必要なのか。

国と都が二重の規制をすることによって、事業所にとっての事務費用は倍増する。

加えて、東京都のみが突出して厳しい規制を課するとなると、都内の事業所はコスト増になり、都外や国外の事業所との競争に負け、閉鎖に追い込まれる懸念がある。

都が国の規制に上乗せするには正当な理由が必要だ。ばいじんによる大気汚染などであれば、地上での汚染濃度を低く保つために、東京のような密集地では個々の工場の排出基準を厳しくすることには正当性があった。かつての公害対策では実際にそのような措置が採られ、適切だった。

だがCO2に関しては、それで直接都民が害を受ける訳では無い。日本全体として合理的なコストの低い方法でCO2を減らせばよい。東京都だけが突出して厳しい規制を課する理由は見当たらない。

国の脱炭素政策の本格的整備に伴い、東京都独自の脱炭素政策は全て廃止するのが正しい。新条例によって強化し二重規制の弊害をもたらすのは不適切である。

排出権取引制度一つをとっても、国の排出権取引と都の排出権取引の両方をしなければならない、というのは不合理である。

もしも「国よりも一歩先を行っている」という功名争いが主目的なのであれば、脱炭素ではなく、本当に都民の利益になる別の件を実施すべきである。

質問2 事実上の太陽光発電の義務付けではないか

示された条例案では、大規模事業所については大幅なCO2削減を義務付けるとしている。

対象期間は令和7年度(2025年度)から11年度(2029年度)ということだから、新たな技術開発の成果が利用できるような時間軸ではない。

大規模事業所については、すでに東京都は脱炭素政策を従前から施行しており、すでに省エネなどの余地はほぼなくなっているはずである。

この状況において、大幅な削減を義務付けるとなると、事業所としては、手頃な値段で実行できる技術的手段がほとんど何も残っていないだろう。できることは、太陽光発電を設置することぐらいである。

だが太陽光発電の設置については、国民経済への負担、ウイグルなどの人権問題、水害時などの防災上の問題などがあり、その義務付けは不適切であることは、住宅への太陽光発電義務付け条例の審議において都議会でも問題となった通りである。

実際には、太陽光発電を設置することのできる事業所は限られるために、事業所は、CO2排出権、再生可能エネルギー証書などの「証書」を購入して目標を達成することになるだろう。この場合、以下の疑問が生じる。

1、その費用負担は幾らになるのか。事業所の重荷になるのではないか。

2、現実の高いCO2削減費用は高いのに対して、証書の値段は格安であることが多いが、これはあたかも「免罪符」のごとく、見せかけのCO2削減にすぎないからだと言う批判がある(グリーンウオッシュと呼ばれる)。これにどう対応するのか。

3、そのような形で事業所に追加的な負担をさせること、それを東京都の事業所だけに突出して実施させることに、いったい何の意味があるのか。金銭的な負担を強要するだけで、事業所におけるエネルギー利用の実態としては何も変わらないことになる。

質問3 中小事業所への過度の負担ではないか

今回の条例案では、中小事業所に対しても計画書の達成を義務付ける、としている。

だが中小事業所は、人手が足りず、計画書を作成するだけでも大変な手間である。その一方で、個々の事業所のエネルギー消費量やCO2排出量は僅かであり、排出削減可能な量は少ない。このような理由で、国としては報告の義務を課してこなかった。なぜ東京都だけが突出して中小事業所にまで計画書の提出を義務付ける必要があるのか。

資金繰りが苦しい中小事業所もある。都が設定した水準を達成する計画の提出を義務付けるというが、そのために太陽光発電を導入したり、証書を購入したりする費用負担に耐えられるのだろうか。

本条例で対象とする中小事業所とは、具体的にはどの事業所なのか、都は明らかにする必要がある。その上で、所要の人件費などの負担を明らかにし、実施可能性について検討する必要がある。

質問4 東京都から工場が無くなるのではないか

東京都では、過去、工場からのCO2排出は大きく減ってきた。だがこの最大の理由は、工場が壊滅的に減ったことだ

いまでも東京に工場は沢山ある。23区の中では大田区が有名だ。西部の多摩地区にも多くの工場がある。だが、次々に無くなっている。地元の方はまさにこれをよく実感しているだろう。統計的にも、以下の東京都の資料(東京都産業労働局「東京の中小企業の現状」)で確認できる。

fig02_sugiyama.JPG

これだけ工場が激減し、雇用も減っていれば、CO2が減るのも何ら不思議はない。


東京都は、過去にCO2が減った理由が何だったのか、要因を分解して調査すべきだ。


そして、本条例によってCO22030年に向けて更に激減させるということの意味をよく考えるべきだ。大田区から、多摩地区から、更に工場が減り、雇用が無くなることになるのではないか。それは東京都として促進すべきことだろうか。