メディア掲載  エネルギー・環境  2023.10.27

再エネ疑獄の本質 「政府の失敗」回避を

産経新聞社 月刊「正論」202311月号(2023929日発売)掲載

エネルギー・環境

秋本真利衆議院議員が97日、東京地検特捜部に逮捕された。洋上風力発電の入札制度を巡って風力発電会社「日本風力開発」の塚脇正幸社長(当時)から収賄し、その見返りに便宜を図ったという容疑である。

「再生可能エネルギーの切り札」として鳴り物入りで推進されてきた洋上風力発電の第一回目の入札が202112月に行われたとき、圧倒的に安い価格(3つの対象海域についてキロワットアワーあたり11.99円、13.26円、16.49円)を提示した三菱商事が全てを落札した。この「総取り」の事態を受けて、第二回目の入札はすでに公示されていたにも関わらず一年間延期され、また入札方式が変更されて、単一の事業者が総取りできないようになったほか、価格以外の事業開始までの迅速性などの要件が強化された。この制度変更は、日本風力開発などの三菱商事以外の事業者が落札できるようにするためだったとみられている。

一度公示された入札が延期されたというのも異常であるし、一度定められた入札制度がすぐに変更されるのも異常である。

この入札制度の変更にあたっては、秋本議員が塚脇社長から収賄し、その見返りとして国会で質問をするなどして、日本風力開発に有利な制度になるよう活動したのではないか、というのが容疑の概要である。もちろん、まだ逮捕されただけなので、白黒がはっきりするにはこれからの捜査や裁判を待たねばならない。その一方で、秋本議員は自民党再生可能エネルギー普及拡大議員連盟(通称「再エネ議連」)の事務局長を務めているが、この議連には百名を超える議員が名を連ねている。この事件が秋本議員だけに留まるのか、他の国会議員にも波及して一大疑獄になるのか、今は分からない。

いずれにせよ、今回の事件の本質を見誤ってはいけない。これは、単なるモラルの問題にとどまるものではない。

贈収賄という犯罪があったなら、それは勿論重大である。だがもう一つ、国民の財産が侵害されたという側面も等閑視してはならない。すなわち、一部の事業者の利益のために、国の制度がゆがめられ、そのためにエネルギー政策がゆがみ、国民の負担が増える、ということが起きた疑いがある。第一回目の入札では、入札制度の導入前ではほとんどの関係者が考えていなかったぐらい、三菱商事は圧倒的に安い価格を提示して落札した。それにも関わらずこの制度が変更されたことで、国民はもっと高価な風力発電を押し付けられることになった。

このように、政府の介入の結果、一部の利益が推進され、そのために国民全般の利益が損なわれることは、「政府の失敗」と呼ばれる。政治学ないし経済学の用語である。政府の介入とは、本来、公共の利益のために行われるべきものであり、それがかえって公共の利益を損なってはいけない。

太陽光導入で電気代は高騰

「政府の失敗」は、政府が特定の技術を推進する政策を採用した場合に起きやすいことは古くから知られている。理由は二つある。まず第一に、一部の事業者は大いにもうかるが、その損害は国民全般で広く薄く負担されるために、その負担が意識されにくいことである。第二に、行政官、政治家、そして一般国民は、当該技術についての知識をそれほど持っていないので、事業者にだまされやすくなる。そこで、事業者が政治家と結託すると、自分に都合のよい制度を設計させて、その利益を分け合うという構図が生じやすくなる。

今回の秋本議員の件は犯罪として捜査されているが、法に触れてはいなくても、似たような構図はしばしば発生している。2012年に太陽光発電などを推進する再生可能エネルギー全量買取り制度が導入されたとき、一部の事業者は政治家を巻き込んで太陽光発電推進のキャンペーンを張った。その結果、発電された電気の買取り価格は極めて高く設定され、メガソーラー事業者は大いに潤った。その反面、高い買取り価格を維持するために一般の国民の電気料金には「再生可能エネルギー賦課金」が課せられることになった。

これはいまでも年間2.7兆円の負担となっている。一人あたりなら年間2万円、三人世帯なら年間6万円に上る。一部の事業者の利益のために、国民全体が不利益を被るという構図になっている。「太陽光発電を導入すれば電気料金は安くなる」ないしは「太陽光発電は今や最も安くなった」、などという喧伝はあったが、実際には太陽光発電を導入するほど日本の電気料金は高くなった。

そして、近年になって太陽光発電には問題が噴出するようになった。世界におけるソーラーパネルの八割以上は中国製となっており、その半分は製造工程において新疆ウイグル自治区での強制労働に関わっていると見られている。またソーラーパネルは全国で立地の問題を起こしている。メガソーラーは施工が悪い場合には土砂災害を招いている。また景観を破壊し、生態系を破壊しているという問題もある。中国など海外の事業者が日本の土地を購入する名目にもなっており、そこを起点に諜報活動やテロ活動といった安全保障上の懸念も生んでいる。これら一連の問題点は、当初から一部の学識者は提示していたものの、問題が大きくなるに至るまで、政府の太陽光発電推進の姿勢は変わらなかった。

ソーラーパネルに多くの問題点が指摘されて手詰まり気味になったこともあって、ここ数年では洋上風力発電が「再エネの切り札」などと呼ばれるようになり、政治主導で強力に推進されてきた。だが、「政府の失敗」が起きやすい構図は、ソーラーパネルで起きたことの繰り返しである。政府は、北海道・東北地方の日本海側を中心に、大規模な洋上風力の開発を計画している。そして「再生可能エネルギー最優先」という政策のもと、将来の大量導入の数値目標が定められている。

洋上風力についてもソーラーパネル同様の問題点はいくつもある。まずは地域の環境問題だ。風車というと牧歌的な印象を受けるかもしれないが、現代の風力発電は最大級のものだと東京タワー並みの高さがあり、風車の先端が回る速さは新幹線並みである。コンクリート、鉄、プラスチックからなる巨大な人工物がぐるぐると回る姿が日常親しんでいる景観に並ぶことを望まない人々も多い。また風車に当たって鳥類が死ぬといった生態系への影響も懸念されている。レーダーを攪乱して敵のミサイルや航空機の攻撃を防御できない、海底地形のデータが海外に流出するといった安全保障上の懸念も上がっている。

コストについて言えば、日本では、もっとも風況が良いところでも、洋上風力の設備利用率は35%程度に留まる。つまり100万キロワットの風力発電所があるといっても、実際には平均して35万キロワットしか発電しない、という意味だ。イギリスやドイツなどでは設備利用率は55%に達するというから、これだけで日本のコストは6割増ということになる。なお海外では洋上風力は安くなったと喧伝されてきたが、実際にはコストは下がっておらず、ここにきて、採算が合わなくなった事業者が撤退したり、入札が成立しないといった事態が英国、米国などで相次いでいる。

経済効率の悪い風力発電

風力発電も、太陽光発電と同様に出力が安定しない。だが風が止んだときでも電力需要はあるので、火力発電所などによるバックアップが必要になる。つまりいくら建設しても火力発電所などを減らすわけにはいかないので、本質的に風力発電の設備投資は二重投資になる。また発電しすぎたときには出力を抑制しなければならないので、この分は無駄になる。無駄になるのを避けるためだとして、蓄電池を設置して余った電気を貯めてから使うとか、送電線を建設して他の地域に電気を送るなどという政府の計画になっているが、これもすべて本来は要らない投資であり、三重投資、四重投資となる。風が強く吹き、風力発電が地域で余った時にしか使わないなどという送電線は、大半の時間使わない送電線ということだから、きわめて経済効率が悪い。

洋上風力発電が立地する北海道や東北から、電力需要の大きい関東地方などまで送電する費用も大きくかかる。政府が送電線整備についてまとめた広域系統長期方針(通称「マスタープラン」)では、北海道から太平洋側を通って福島まで海底送電線を引く費用が二兆円、同じく北海道から日本海側を通って新潟まで海底送電線を引く費用が2兆円で合わせて四兆円とされている。

こういった計画が、国民にその負担を殆ど知らしめることなく策定されてきた。ここ数年での再生可能エネルギー政策における「政治主導」の顛末だ。菅義偉首相、河野太郎大臣、小泉進次郎大臣の在任時に策定された第六次エネルギー基本計画において、「2050CO2ゼロ」が国の目標となり、「再エネ最優先」という方針が定められ、2030年に向けた再生可能エネルギーの導入目標も高い数字が定められた。以降、日本政府の施策はこれらの数字を「前提」として組み立てられた。

政府はその費用負担を国民に詳らかにすることなく、何重投資になろうとも洋上風力を推進するという愚かしい政策を進めている。洋上風力を推進するために何兆円の投資が必要だ、という数字はある。だが、もしもその洋上風力を推進する代わりに他の方法で発電をした場合に、いったいいくら節約できるのか、という数字を出していない。同様に、もしも再エネの導入目標を変更して原子力や火力で置き換えたら、いったいいくら節約できるのか、という数字も出していない。つまり再エネ導入目標や洋上風力導入目標は「ありき」の議論しかなされていない。

かつてはここまでひどくなかった。再エネの導入については当然多様な問題点があるから、政府内でも複数の導入量を想定して国民の費用負担を試算し、審議会など公開の場で議論をしていた。だが菅政権以降、「政治主導」が強まり、政治家が強引に設定した数字については、それを疑う議論をすることを役人はしなくなった。

CO2ゼロ」がその最たるものだが、たとえ実現不可能であろうが筋が悪かろうが、与えられた数字を見直すことが無くなった。役人は政治家が定めた数字を「前提」とした上で、いくつかの代替案を検討することしかできなくなった。コストがどれだけ嵩むことになろうとも、どんな弊害を引き起こそうとも、強引に推進する体制が出来上がってしまっている。このようなことを続けているために、問題の根本を考えようとしなくなり、役人の知的頽廃も起きている。

洋上風力は氷山の一角に過ぎない。いま日本政府は、2050年のCO2排出ゼロを目指すためとして、グリーントランスフォーメーション(GX)政策を推進している。これは今年の5月に国会で法律が成立したところであり、いま政府内では政策の具体化の作業が進んでいる。この法律には原子力発電の運転期間の60年超への延長の規定があったことから、その点ばかりがメディアでも国会でも注目されたが、これは同法のごく一側面に過ぎない。

国民にツケ回しするな

実はこの法律は、巨額な国民負担とエネルギー政策の歪みをもたらす懸念のあるものだ。同法の核心は以下の点だグリーン経済移行債として国債を20兆円発行してグリーンな投資に充てる。これを呼び水として、「規制と支援を一体として」官民合わせて150兆円の投資を今後10年程度で実現する。

そして試算の内訳を見ると、再生可能エネルギー31兆円を筆頭に、電気自動車など次世代自動車の導入、水素エネルギーの開発、アンモニア発電、合成燃料の開発、建築物の省エネルギーなどの項目が並んでいる。

「規制と支援を一体として」とあるのは、これまで太陽光発電を全量買取り制度や補助金で普及させたのと同じことをまた繰り返すということに見える。これで150兆円の「投資」を実現するというが、投資にはかならず費用負担がある。それは国民にツケを回されるのではないか。

技術開発において、政府が介入することが全ていけない、というのではない。民間だけではできないこともあるので、政府には間違いなく役割がある。第一に、科学者、技術者を育てる教育には官の役割がある。第二に、基礎研究については、個々の民間企業が実施するにはなかなか収益に結びつかず、しかもひとたびそれが実現すると、その受益者は多くて社会全体のために役立つから、やはり官の役割がある。具体的な政策としては、政府機関や大学による研究費を拠出するとか、企業の研究開発補助をする、といった方法がある。第三の官の役割としては、技術開発が進んだものの未だ実用化されていない技術に対して、市場への導入を補助する、というものがある。これには、政府が費用を負担する実証事業などがある。そして第四に、技術が広く普及する段階において、もしもその技術に環境上の利点等の価格に反映されていない価値がある場合、その分を補助する、というものがある。

技術開発に政府が介入して成功した事例も多くある。米国政府は、原子力発電の開発に巨額を投じた。そして今日では原子力発電は実用化され、世界中で、政府の補助金なしに活用されている。同じく米国のシェールガス開発は、当初は民間の創意で始まったが、やがて政府も支援し、いまではその技術は確立して米国のエネルギー供給の主力になっている。これも政府の支援はいまや一切要らなくなった。日本でも、かつてムーンライト計画の下で実施された火力発電用ガスタービン技術開発プログラムでは、政府支援を受けた複数の日本の重電メーカーが、当時最先端であった米国の水準に追いつくという目標を達成し、国内はもとより世界でも自力で事業が出来るようになった。いずれも、政府による投資は、十分に国民に還元されることになった。

政治主導を疑え

政府の介入について四つの段階を示したが、このうちはじめの二つである教育と基礎研究、それから三つめの導入補助までは、政府しかできないことでもあり、成功した事例もあった。また仮に失敗に終わってもそれほど大きな国民負担にはならない。しかし四つめの普及段階での補助については要注意だ。その費用が巨額に上り、大失敗になることがある。太陽光発電についての全量買取り制度では、まさにその失敗が起きた。

洋上風力発電を筆頭に、GX政策において、この失敗が拡大し繰り返される懸念がある。洋上風力発電は、日本でこそまだ導入が進んでいないが、世界を見れば、欧州や中国ですでにかなり大規模に普及している。三菱商事が比較的安い価格で落札できたのも、欧州で事業の経験を積んでいたからだと言われる。洋上風力は導入段階というより、明白に普及段階にあるのだから、他の電源に比べてその便益は何かを検討し、政策による補助はその範囲に止めなければならない。風力発電の便益はせいぜい風が吹いているときに限り火力発電所の化石燃料の消費を減らすことでCO2排出が削減される、という点だけである。それを超えるような過剰な政策的補助は正当化できない。

水素、アンモニア、合成燃料などについては、いずれも基礎研究段階である。現在知られている技術だけで強引にインフラを作ることは原理的に出来なくはないが、費用が法外に高くなるのでそれは正当化できない。したがって政策としては基礎研究への補助に止めるべきであり、金額としてはそれほど膨らむようなものではない。

だがもちろん逆に、金額の嵩む案件の方が事業者にとっても政治家にとっても魅力的である。行政官も予算が多いほうが手柄になる。三者が結託して、国民にとって高価につき、役に立たないインフラに大規模な投資がなされないよう、監視する必要がある。

今後、強力な政治主導のままGX政策の具体化が進んでゆくとなると、第二、第三のソーラーパネルが生まれる危惧がある。その過程では半ば必然的に、今回の秋本議員のような汚職疑惑も生じかねない。

そのようなことを避けるためにはどうするか。今回の汚職疑惑をきっかけとして、政策決定のシステムを是正することだ。技術の導入量目標を政治家の圧力任せにせず、複数の目標を専門的に検討し、どのような実現方法があるのか、国民の負担はいくらかかるのか、弊害には何があるのか、それはその目標を変えたときにどのようになるのか、国民の前に数字などの情報を出して議論し、その上で政治・行政が意思決定をすることを法令により制度化すべきだ。そうすることで、政治家と事業者が結託して、国民を欺く形で特定の技術を推進するという構図への歯止めになるのではないか。