メディア掲載  エネルギー・環境  2023.10.16

エネルギー転換はまだ始まってすらいない

世界の化石燃料消費はいまだ増加し続けている

NPO法人 国際環境経済研究所(IEEI)(2023年10月13日)に掲載

エネルギー・環境

監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 「The Energy Transition Has Not Yet Started – Global fossil fuel consumption is still increasing」を許可を得て邦訳したものである。

 Energy Institute Statistical Review of World Energy(EI統計:旧BP統計)として発表された世界のエネルギーに関する最新データは、その動向について深刻な状況を示している。データによれば、化石燃料からの脱却を謳う「エネルギー転換」はまだ始まっていない。

 パリ協定が締結された2015年以降、世界のエネルギー消費量は61.2エクサジュール(EJ)増加した。これは、EUの2022年のエネルギー消費量を少し上回る。この増加は、近代的なエネルギーサービスにアクセスできていない人々にとっては非常に良いニュースである。しかし、この増加は化石燃料によるものとカーボンフリーなエネルギーによるものが約半分ずつであり、世界経済の脱炭素化の重要性を信じる私たちにとっては良くないニュースである。

 本稿では、化石燃料(特に石炭、天然ガス、石油)から排出される二酸化炭素を正味ゼロにするエネルギーへの移行を求める声が意味する本当の重要性がわかるように、簡単な計算とすぐに理解できる図を使って説明したい。

 良いニュースから始めよう。下の図は、2022年にはエネルギー消費全体の18%以上が非化石エネルギー源からもたらされることを示している。これは私が生きてきた中で一番高い数値である。


出典:EI 2023

 過去10年間で、総消費量に占めるカーボンフリーのエネルギー消費量の割合は、14%未満から18%以上に増加している。もちろん、ネットゼロを達成するには、18%から100%にする必要がある。過去10年間に観察されたカーボンフリーエネルギー消費全体の割合の増加率(4%増)が今後も続くとすれば、世界は2253年頃に100%カーボンフリーなエネルギーに到達することになる。

 気候変動政策の議論で見落とされがちだが非常に重要な点は、排出量を削減するのは炭素を排出しないエネルギーの導入ではなく、化石燃料エネルギーの廃止であるということだ。

 下の図を見ると、化石燃料の消費量は過去5年間で増加率が鈍化しているものの、依然として増え続けていることがわかる。今年の初め、私は2022年の化石燃料消費量は2021年を下回ると予想していた。だが2021年から2022年への増加率は0.5%で、わずかだったものの、それでも増加したのである。最新のデータについては下の図をご覧いただきたい。

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 EI(旧BP)統計によると世界の化石燃料消費のピークは2030年以前と予測されており、まだそこには達していない。

 下図は、2050年までに化石燃料を正味ゼロにするために何が必要かを示したものである(炭素回収をしながら化石燃料の使用を継続することも想定)。ここでは、よく言われる目標である2050年を用いたが、もちろん、どの年でも変化率を示す数字を導き出すことは可能である。

 化石燃料の消費が増える、あるいは2050年の目標を達成するために必要なペースで化石燃料の消費量が減らなければ、ネットゼロの課題は、二酸化炭素を排出しないエネルギー消費の増加と化石燃料の削減必要率及び全体の数量において、さらに大きくなっていく。


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出典:データはEI2023、筆者による簡単な計算

 2050年までに化石燃料のネットゼロを達成するには、今日から2050年まで毎日、1日あたり原子力発電所1基分のカーボンフリーなエネルギーが必要となる。これは、風力タービン約2,000基×3メガワット(MW)に相当する(注:米エネルギー省によると、2021年に米国で導入された風力タービンの平均設備容量は3MW)。

 不必要な熱損失や、エネルギー消費の世界的な伸びなどを考慮して、いくらか前提条件を変えることが考えられる。そのようにすると、もっとも妥当な導入率は、1日おきに原子力発電所1基分から、2日に3基分まで、といったところだろう。ここでの結論は、さまざまな前提条件に対しても変わることはない。化石燃料からの脱却は、これまで達成されたことのないような世界的なエネルギーの変化率を必要とする、非常に大規模で困難な挑戦だ。

 この結論は、今日ご紹介する最後の図を見れば一目瞭然である。この図は、2010年以降の世界のエネルギー消費の年次変化を、化石燃料(黒)とカーボンフリーエネルギー(緑)に分けて示している。2020年のパンデミックの年を除いて、どの年も化石燃料の消費量が増加していることがわかる。

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 図の右側は、2050年のネットゼロ目標が示す年間変化率を表している。化石燃料の消費を代替し、世界のエネルギー消費の伸びをカバーするためには、炭素を含まないエネルギーの消費が毎年20エクサジュール(EJ)以上増加する必要がある。一方、化石燃料の消費は毎年20エクサジュール(EJ)近く減少しなければならない。必要なカーボンフリーエネルギーの導入量の正確な規模については議論が分かれるかもしれないが、(炭素回収をしない)化石燃料消費量を削減しなければならない速さについては議論の余地はない。

 覚えておいてほしいのは、二酸化炭素排出量を削減するのは、対策がされていない化石燃料の消費を止めることであって、二酸化炭素を排出しない設備を導入することではない、ということである。

 化石燃料の消費はまだ減っていない。私たちは世界のエネルギー消費を転換させるための競争のスタート地点にまだ立ったままなのだ。

方法論についての注:
 本稿では、一般的な原子力発電所の規模を1.75GW、平均的な風力発電機の容量を現在の3MW、設備利用率を0.30としている。これは読者の意見を反映し、過去に私が使用したものとは少し異なる数字になっている。そして私は、誰もが自分自身の前提を立て、自分で試算を行うことをお勧めする。なぜならば、数字を扱うことによってのみ、「エネルギー転換 」が意味するものを真に理解することができるのからだ。