メディア掲載  エネルギー・環境  2023.10.12

「異常気象での災害、50年で5倍」の虚実

日本製造2030(14)

日刊工業新聞(2023年9月20日)に掲載

エネルギー・環境

人口増・経済成長が主要因

最近、自然災害を何でも人為的な気候変動のせいにする言説が増えている。その中でも、最も影響力があり、かつ深刻な問題を引き起こしているのがアントニオ・グテーレス国連事務総長の発言だ。(以下筆者訳)「洪水、干ばつ、熱波、暴風雨、山火事は悪化の一途で、驚くべき頻度で記録を破っている。欧州の熱波。パキスタンの大洪水。中国、ソマリア、米国で長く深刻な干ばつ。これら災害の新たな規模は、全く、自然現象ではない。これは人類の化石燃料中毒の対価だ。異常気象による災害は、過去50年間で5倍になった」。

国連事務総長発言、混乱招く

この発言は科学的に問題だらけであるが、特に「過去50年間で5倍」という点について、米国のロジャー・ピールキー・ジュニア教授が猛然と批判している。「完全な誤情報。公的な場でかかる重要機関による、かくも明白でひどく間違った主張は類例が無い。なお悪いことに、この誤情報を正当化したのは世界気象機関(WMO)で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を設立した機関だ」。

「異常気象による災害が50年で5倍になった」というのはWMOの報告書による図1に基づくものだ。図1は、1988年に災害疾病研究センターによって設立されたデータベース「Emergency Events DatabaseEMDAT)」に集められた災害データを根拠としている。EMDATは、1900年から今日までの自然災害を集計し報告している。

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1を見ると70年代は711だった報告件数が2010年代には3165となっていて、確かに大ざっぱには50年で5倍になっている。だがこれが5倍になった理由は何であろうか?

このデータは災害の「報告件数」である。災害が報告されるのは、人命が損なわれたり、資産が失われたりする場合である。そして、過去50年に世界で起きたことを考えると、人口が増え、経済が成長した。このため、人々の居住する範囲や道路などのインフラが整備される範囲も広がった。従って、過去50年において、災害の報告件数が増えたことに実は何の不思議もない。つまり図1が増加傾向を示す第1の理由は、人口増加と経済成長だ。

2は、人口増加と経済成長に伴って災害件数が増えることを説明するものだ。左から右に時間が経つにつれて、人口が増えて、都市の領域が広くなり、資産価値が高くなってゆく。すると、仮に同じ面積が洪水に遭ったとしても、それで被害を受ける人数は増え、被害金額も増えて、災害の報告も多くなされるようになる。

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このように経済成長に伴って災害が増加する現象は「牛の目」効果と呼ばれる。図2の同心円が牛の目が開いてゆくように見えることからこのように命名された。

災害が増加した理由は他にもある。過去50年間に、世界の諸国の行政組織が整備されて、災害が発生すると政府がそれを集計し、国際データベースに計上されるようになった。特に、かつては開発途上国の災害はあまり報告されなかったが、やがて集計に含まれるようになった。WMO報告においてもこのことは言及されていて、災害件数が時と共に増加した理由としては、世界各地での「報告が改善された結果」である可能性もある、としている。

もちろん、災害が気象学的に頻発化・激甚化するということがあれば、それも図1の増加傾向の要因にはなり得る。だが、気象学的な統計を見ると、台風もハリケーンも、頻発化・激甚化などしていない。これは以前にもこの連載で紹介した通りである。

以上をまとめると、図150年で5倍という「災害の報告件数増加」は、気候変動によるものではなく、この間の世界の人口増加と経済成長、そして報告の改善によるものである。

気象統計データ、根拠示さず

ところで、この50年で5倍という言説を広めているのはグテーレス事務総長だけではない。WMOのペッテリ・タアラス事務総長も、「気候変動、異常気象の増加、報告の改善により、気象災害の数は50年間で5倍になっている」と発言している。このような国連機関首脳部による発言の影響は深刻であり、ドイツなどの海外メディアでも広く流布されている。

東京都の資料「2030年カーボンハーフに向けた取り組みの加速」においても、その冒頭に引用してあった。「気候危機の一層の深刻化 気候変動などによる災害の数は218月のWMOの報告によると直近50年間で5倍となっています」。

ここでは「気候変動の深刻化」が起きているとして、その根拠として「50年で5倍」を持ち出している。しかしこれは全く根拠にならないことは述べた通りだ。気象学的な統計データを見なければならないが、東京都の資料にはそれは全くなかった。

気候変動の影響だとして、気象データではなく異常気象を列挙したり、経済データを持ち出したりといった誤りは環境省も犯している。例えば23年(令5)版環境白書では「気候の危機的な状況」について説明するとしているが、気象学的な統計データは一切載っていない。

代わりに、世界各地でさまざまな自然災害が起きているとして、パキスタンの洪水、北米のハリケーン、欧州の高温などを具体的に列挙している。しかしそのような列挙は、「気候の危機的な状況」の説明には全くなっていない。なぜなら、似たような異常気象の列挙は、別に人為的な気候変動があってもなくてもできるからだ。例えば50年前にそのような異常気象の列挙をすることもいくらでもできた。そして、もしそうしていたら、現在よりもはるかに死者数が多かったことも間違いない。昔は堤防やダム、予報や警報などの防災が発達していなかったからだ。

それでは統計データはどうかと言えば、22年版まで、環境白書は図3を毎年アップデートして掲載していた。これは右肩上がりになっているので、「気候の危機的な状況」を演出するのに一役買っていた。

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ところがこのグラフ、世界の災害(気象関連大災害とあるのは、主にハリケーンや台風による災害)の被害の金額のグラフ、つまりやはり経済データなのであって、気象データではない。これも図1と同様、ちょっと考えてみれば、この50年の間には世界はかなり経済成長したので、被害金額が膨らんだのは何の不思議もない。従ってこのグラフも「気候の危機的な状況」を示すものではない。むしろ経済成長を示すものである。

もしも「気候の危機的な状況」の存在を言いたいならば気象の統計データを見なければならないが、そうすると「気候の危機的な状況」は実際のところ起きていないことが分かってしまう。すると脱炭素を訴える環境白書には不都合なので載せなかったということであろうか。なお図3のような経済データすら、23年版環境白書からは消えてしまった。

大規模水害の備え怠らず

世界の気象関連の災害の件数が増え、被害金額が増えているのは事実である。従って防災インフラを整備するためのビジネスの機会がある。ただし被害金額はおおむね経済成長に比例して増えているだけであり、気候変動によって激増する傾向にあるというわけではない。

また事業所の立地にあたり、被害金額が増えてきた理由の一つは被害に遭いやすい場所に資産が増えてきたことだと言う点も教訓になる。19年の東日本台風は事実上1947年のカスリーン台風の再来であったが、八ッ場ダムなどの整備のおかげでなんとか乗り切った。だがいつまた、東京の広大な地域が水没する大規模水害が起きるかもしれず、その時の被害金額はカスリーン台風を凌駕するだろう。備えが必要だ。