コラム  国際交流  2023.10.05

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第174号(2023年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない —— 筆者が接した情報や文献を ①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交

米国における軍民両用技術(dual-use technology (DUT))開発の動きが活発化している。

最近のキャスリーン・ヒックス国防副長官の発言に関し友人達と意見交換を行っている。彼女の発言—8月28日の“The Urgency to Innovate”、9月6日の“Unpacking the Replicator Initiative”、20日の“establishment of up to nine ‘microelectronics commons’ regional innovation hubs”—を読み、中国の動きを警戒し、自国の科学技術力の強化を速やかに行おうとする米国の確乎たる決意を感じている。

その関連で欧米の友人達と中国のAIやロボットの開発動向について意見交換を行った。米国の或る友人が中国の百度(Baidu)が開発した大規模言語モデル(LLM)—«文心一言(Wénxīn Yīyán)/ERNIE Bot»—に関し、面白い情報を教えてくれた。Voice of America (VOA/美国之音)が、このLLMを試用したところ、大変興味深い反応を示したというのだ(VOA中国版9月1日報道)。

中国のLLMは8月施行の法律(生成式人工智能服务管理暂行办法)の制約下で開発しなければならないため様々な限界が生じる。VOAがLLMにどんな形ででも“習近平”と打ち込むと、必ず「話題を変え最初から始めましょう(换个话题重新开始吧)」と反応し、また習主席に関する伝説—“10kgの小麦を肩に担ぎ10里の山道を、それも肩を変えず歩んだ(扛二百斤麦子十里山路不换肩)”に関連した情報を入力すると、LLMは常に「問題を変えましょう(换个问题试试吧)」と反応したらしい。

この情報に笑ってしまったが、だからと言って、中国の科学技術力を決して過小評価してはならない—第二次大戦時のドイツがレーダー、ジェット機、ロケット弾等次々と開発した事を想起すれば、我々は警戒を怠ってはならないのである。こうした中、米国の或るthink tankから日米のAI共同開発に関して意見を求められた。筆者は①人材と資金、②インフラに関するcybersecurityを日本の問題点として挙げた。②に関しWashington Post紙の8月8日付記事は、米国が日本に不安を感じている事を伝えている—米国の軍関係者・日本専門家が見解を述べ、日本は“スパイ天国(spy heaven)”だと手厳しい意見を表明している(小誌前号の2参照)。

そして①②に加え、筆者は日本側の弱点として③国際研究ネットワークの希薄さを指摘した(pp. 4~5の図1、2を参照)。

9月中旬、ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)のアジア研究部長と意見交換する機会を得た。

近年、ハンス=ギュンター・ヒルペルト部長のアジア出張は中国及び東南アジアに限られ、訪日は2016年以来初めてだと言う(前回の来日時、弊研究所のセミナーで講演して頂いた)。従って近年、筆者は彼との面談はベルリンでの会合に限られていた。

2人で議論した内容は①欧州の対中姿勢と②ドイツ国内の極右化だ。①に関し、欧州委員会が7月に発表した“2023 Strategic Foresight Report”は、ほぼ同時に独政府が発表した“China-Strategie”(小誌8月号参照)同様、対中姿勢の“見直し”を述べている。しかし独経済が現在苦境に陥っており、政府の警告に反して、独企業は中国との関係を絶てない状況にある—対中ビジネスは独企業の総売上高の22%、総利益の15%を占める。ケルンを本拠とするthink tank—独経済研究所(IW)は、9月15日に公表した資料(Beginnt das De-Risking?)の中で、de-riskingを計るには対中依存に関して一層精確な観察が必要(Um Derisking zu vermessen, braucht es ein noch genaueres Abhängigkeitsmonitorings)と述べている。

②に関しては、2人で政党(AfD)の勢力拡大を心配している。(a)英The Economist誌は“Business leaders worry about the rise of the AfD”と語り、(b)仏Le Figaro紙は欧州諸制度の瓦解を懸念している(L’AfD veut démanteler les institutions européennes)、(c)独WirtschaftsWoche誌はAfDの抬頭を許したショルツ首相の資質に疑念を呈している(Der schlimmste Fehler des Kanzlers)。そして(d)ベルリンに在るthink tank—独経済研究所(DIW)—のフラッチャー所長は„Das AfD-Paradox“と題した論文で、AfDが内包する矛盾を詳述している(上記5つの資料は次の2を参照)。

筆者はヒルペルト氏に対し「ドイツは中露両国に対し“交易を通じた関係変化(Wandel durch Handel)”を望んだが失敗しそうだね」と述べて、Brookings Institutionの研究書(The Uses and Abuses of Weaponized Interdependence, 小誌5月号を参照)に触れつつ、経済交流が持つ危険性を話した。そして「実は経済交流が内包する“plusとminus”の二面性を、今年、生誕三百年を迎えるアダム・スミス大先生が既に語っている」と語った。

“隣国の富は政戦略上危険ではあるが、通商上は確かに有益である。敵対関係にある時には隣国の富は我が国より優れた陸海軍を備える事を可能にする(The wealth of a neighbouring nation, however, though dangerous in war and politics, is certainly advantageous in trade. In a state of hostility it may enable our enemies to maintain fleets and armies superior to our own)”。 (The Wealth of Nations, Book IV, Chapter III, 1776)

日本は諸外国と協力して硬軟巧みに絡めた政戦略的対応を採り、中国と“Plus”をもたらす経済交流を維持しなくてはならない。

以前程の経済的な勢いは見られないが、中国の対外姿勢は未だ積極的だ。9月16~19日、“Promoting High-Quality Development of the Belt and Road and Building an Epicentrum of Growth(推动‘一带一路’高质量发展和打造经济增长中心)”と題して、The 20th China-ASEAN Summit (中国-东盟商务与投资峰会)を開催した。中国は会合の成功を伝えているが、日本に居る限り本当の事は分からない。しかし、“一帯一路(BRI)”は順風満帆とは言い難い事が明らかだ。そしてBRIの経済効果を懐疑的に精査した米連銀(FRB)の論文を思い出している(小誌132号(2020年4月)を参照)。

これに関して伊Corriere della Sera紙の9月8日付記事を読んで笑ってしまった。イタリアがBRIから手を引く態度を示したため、中国側が9月のG20での2国間首脳会談を提案した。記事に依れば、中国が「両国は2千年の文明を持つ国。中国はそれを認識して、関係が続く事を確信している(Siamo due civiltà millenarie, i cinesi ce lo riconoscono, per questo riteniamo che le relazioni possano proseguire)」と語って提案したらしい。5千年の歴史を誇る中国が嘗ての中華帝国=ローマ帝国交流史を意識した上での提案であろう。コロナ危機の前にフィレンツェ出身の友人と、三田のイタリア大使館で、ワイン・グラス片手にBRIに関し語り合った事を思い出しつつ、今後のイタリアの対中姿勢に注目している。

また南シナ海を巡って中国と東南アジア諸国との“微妙”な政治経済関係にも留意しなくてはならず、友人達と毎日情報交換を行っている。

台湾情勢は緊張状態が続いている。いや、緊張感は一段と高まっているのだ。

9月18日、台湾國防部は、中国軍機の度重なる飛来に対し声明を発表した—「戦いを求めずして戦いに備え、戦いを避けずして戦いに臨む(備戰不求戰、應戰不避戰)」という言葉が印象的だ。そして、東アジアの平和と繁栄を維持する方策に関し、友人達と議論しつつ、8月31日に公表された“The 2023 Chinese Communist Military Power Report/112年中共軍力報告書”を読んでいる(次の2参照)。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第173号(2023年10月)