コラム  外交・安全保障  2023.09.29

ベールに包まれた露朝首脳会談―ロシアに再び北朝鮮労働者が戻ってくるのか

東アジア ロシア

913日、世界が注目するなか、ロシア極東ボストーチヌィー宇宙基地で、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記との首脳会談が行われた。今回の会談では、孤立を深める露朝両国が強力な軍事協力に動き始めたとの印象を強く示唆する演出がなされた。しかし、会談の具体的な成果について公表されることはなく、協議したとされる軍事協力の中身についても厚いベールに包まれたままだ。実際には今回の会談は、「対外用に作られた壮大なショー」(ソウルの国民大学校フョードル・テルチツキー上席研究員)としての側面が強かったとの指摘も多い。

しかしそれでも、北朝鮮からロシアへの武器弾薬の提供など、一定の取引が行われた可能性は十分考え得る。また、弾薬にとどまらず、北朝鮮からロシアに再び多くの労働者が派遣される可能性についても、様々な憶測を呼んでいる。

政府が北朝鮮労働者の需要を調査か

露朝首脳会談が行われる2日前の911日、BBC(ロシア語サービス)が興味深いニュースを伝えた。96日にロシア産業貿易省が、ロシア全国の100近い企業に対し、北朝鮮労働者の需要について問い合わせるメールを送信したものの、翌日にこの問い合わせ自体を取り下げ、前日のメールを「無効とみなす」よう要請したという内容だ。

産業貿易省のメールの送信先には、ロスアトムやロステックといったロシアを代表する国営企業、ルサールやセヴェルスターリといったアルミや鉄鋼関連の大企業のほか、全国の中小企業が加盟する生産者組合や業界団体が含まれていたという。具体的な問い合わせの内容は、「企業に必要な北朝鮮労働者の数について、需要のある専門分野を示し」て知らせるよう求める内容だったとされる。露朝首脳会談を控えたまさにその時期に、ロシア政府内で、北朝鮮労働者の需要について緊急調査を試みる動きがあったということだ。

では、なぜ産業貿易省はいったん送信した問い合わせを翌日に取り下げ、調査を断念したのか。その理由は不明だが、省庁というロシア政府公式の立場で北朝鮮労働者誘致の調査を進めることに対して、慎重な姿勢に転じた可能性もある。北朝鮮労働者の受け入れは、201712月に採択された対北朝鮮国連安保理決議で禁止されているからだ。だが、ロシア政府内に、少なくとも北朝鮮労働者の受け入れを模索する動きがあることは、このBBCの報道からも明らかである。さらに言えば、13日のプーチン大統領と金正恩総書記の会談で、この問題が実際に取り上げられた可能性も否定できない。

背景には、ウクライナ侵攻後のロシアにおける深刻な労働力不足がある。昨年の部分動員により多くの若者が戦地に送られたほか、海外へ逃れたロシア人も数多く存在した。フランスのシンクタンク「国際関係研究所」(IFRI)によると、20222月のロシアによるウクライナ侵攻以降に、ロシアを離れた人の数は100万人に上るという。さらに、その86%が45歳以下とされ、まさに働き盛りの世代だ。

労働力不足の最も大きな影響を受けているのは製造業とされるが、ロシアの建設業界もまた、2020年のパンデミック以後慢性的な人材不足に直面していたところに、侵攻による影響を直に受けた。ロシア建設省のロマキン第一次官は今年3月、建設・住宅サービス部門において26万人の人材が不足していると述べたが、地域によっては建設労働者の不足はこの数値以上に深刻な問題となってきている。

最近では、ルーブル安のあおりで中央アジア諸国からの出稼ぎ労働者の数が減少したこと、またこうした出稼ぎ労働者らも含め、建設業界より比較的条件の良い輸送・ロジスティクス部門への就労が好まれる傾向にあることなどが影響し、全国的な建設労働者の不足に拍車をかけている模様だ。

政府は「併合」4州の復興・再建に邁進

その一方で、ロシア政府は昨年930日に一方的に「併合」を宣言したウクライナのドネツク、ルハンシク、ザポリージャ、ヘルソンの4州について、その復興・再建に国を挙げて取り組む姿勢を強化している。

今年1月にプーチン大統領は政府に対し、これらの地域の生活水準向上に向けた作業を加速するよう指示。これを受け4月に採択された「社会経済発展総合プログラム」をはじめ、複数の国の開発計画が策定され、ロシア占領下にある同地域のインフラや住宅の再建が、ロシア政府主導で急ピッチに進められようとしている。さらに6月には、これらの地域に「経済特区」も新設。民間企業の誘致にも乗り出した。プーチン大統領自身が旗振り役となり、フスヌリン副首相が「国家最大のプロジェクト」と呼ぶこれら占領地の復興開発事業において、建設労働者の不足は足かせともなりかねない問題だ。

占領地の復興事業における労働力や資金を確保する目的として、昨年5月、ロシア政府は国内の各連邦構成主体(州や共和国など)に対してそれぞれに開発区域を割り当てる「担当区域支援制度」を開始した。占領下にある4州を数十の開発区域に区分けし、各開発区域をロシアの連邦構成主体がそれぞれ支援する形で、道路や病院、幼稚園といった施設を建設していく仕組みである。プーチン大統領自らのアイディアとされる。

例えば、サンクトペテルブルクはマリウポリの、タタルスタン共和国はリシチャンスクの再建をそれぞれ担当する、といった具合である。復興資金から建設労働者の確保まで、ロシアの各連邦構成主体に半ば強制的に押し付けた格好だ。だが、労働者不足はロシアの多くの地方でも問題となっており、こうした手法にも早晩限界が訪れそうだ。

そうした事態を見越してか、ロシアのマツェゴラ駐北朝鮮大使は昨年7月、北朝鮮からの労働者をドンバス地方(ウクライナのドネツク・ルハンシク両州)に誘致する可能性について言及し、「高い技能を持ち、勤勉で、最も困難な条件下でも働く用意のある北朝鮮人建設労働者が、ドンバス地方の復興課題を解決する上で、非常に重大な助けとなるだろう」とその意義を強調した。その翌月にはフスヌリン副首相も同様に、北朝鮮人建設労働者の高い労働生産性に触れ、ドンバス地域へ北朝鮮から労働者を派遣する可能性について示唆している。今年の夏には、与党「統一ロシア」の中からも、ドンバスなどの占領地に限らず、ロシア全体の労働力不足解消のために、北朝鮮からの労働者受け入れを検討すべきという見解が示されるようになっている。

北朝鮮労働者の二つの側面

前述のとおり、2017年の国連安保理決議により北朝鮮労働者の受け入れは禁止されている。だがそれ以前には、ロシアには推定3万~35千人の北朝鮮国民が働いていた。実はロシアと北朝鮮労働者との結びつきには長い歴史があり、北朝鮮が国家として成立する前の1946年には、既に北朝鮮の労働者らがロシア(当時はソ連)のシベリア・極東地域に送られていたという。農業や林業をはじめとする分野で、北朝鮮労働者たちはロシアの産業に貢献してきたが、近年は建設現場が主たる派遣先となっていた。

なお、ロシアにおける近年の北朝鮮労働者の実相については、二つの側面がある。一つは、ロシアに限らず国外に派遣された北朝鮮人らの多くが、各地で人権を無視した過酷な労働を強いられてきたという側面である。ロシアにおいては、2018年に開催されたサッカーワールドカップに向けたスタジアムの建設現場で、劣悪な労働環境のもとで働く北朝鮮労働者らの姿が欧米のメディアによって伝えられ、物議を呼んだことがあった。強制労働のように厳しい環境に置かれた彼らの様子は、「現代版ラーゲリ」とも言えるものだ。彼らが受け取る給与も、その多くが本国に「上納金」としてピンハネされる。

だが、それでも北朝鮮労働者らは、自ら希望して、その多くが役人に賄賂まで渡して、国外派遣へと赴くのだという。ソウルにある国民大学校で教鞭と取るアンドレイ・ランコフ教授によると、ロシアは北朝鮮の労働者たちから、派遣先として人気が高いという。北朝鮮国民にとり、ピンハネされる分を差し引いても、本国よりずっと受け取れる給与の額が高いのが出稼ぎ労働の魅力だが、ロシアに派遣されれば、北朝鮮本国はもとより、中国等に派遣される場合と比較しても、はるかに自由度が高い生活を送ることが可能だというのがその理由である。ロシアでは、決められた労働さえこなせば、睡眠時間を削って他でアルバイトしようと、こっそりスマホを購入し韓国ドラマを見ようと、さほどうるさく取り締まられることはない。

彼らは帰国後、派遣先で貯めた資金を元手に商店を開くなど、小さなビジネスを始めることも可能だとランコフ教授は指摘する。なかには帰国後にそこそこの成功をおさめた者もおり、皮肉にも思われるが、北朝鮮労働者にとっては、「ロシアンドリーム」と言える側面も確かに存在してきたのである。

北朝鮮にとっても、国外への労働者派遣はうまみが大きい事業だ。推定で年間5億ドル以上の外貨が本国にもたらされるとされ、輸出可能な産品が少ない北朝鮮にとっては、貴重な外貨収入となってきた。ロシアにとっても、北朝鮮労働者は、その規律と労働の質の高さで評判が高く、フスヌリン副首相も昨年8月、北朝鮮人は仕事が早く、「北朝鮮のタイル職人1人で、ロシア人のタイル職人2人か2.5人に取って代わることができる」などと述べている。宗教による軋轢の懸念がない点も、イスラム教徒が大半を占める中央アジア諸国からの労働者より、北朝鮮人が好まれる理由の一つともなっているようだ。

労働者の派遣事業は、北朝鮮にとってもロシアにとっても、最も理に適ったウィン・ウィンの取引なのである。真偽は不明だが、ウクライナの複数のメディアは、今回の会談でウクライナのドネツク州とルハンスク州に北朝鮮の代表部を開設することでプーチン大統領と金正恩総書記が合意したと報じ、今後こうした代表部を通じて北朝鮮から労働者が派遣される可能性があると伝えた。ランコフ教授も、916日付の独立系ノーバヤガゼータ紙へのインタビューのなかで、今回の金総書記のロシア訪問における成果として、今後多くの北朝鮮労働者がロシアに出現する可能性を指摘している。

国連安保理決議違反

だが、仮に、ロシア自身が賛成し採択された2017年の国連安保理決議に、ロシア自らが真っ向から違反し北朝鮮労働者を受け入れるような事態が明らかとなれば、国際社会からの批判は避けられない。この点に関し、23日付フォーブスは、韓国メディアを引用する形で、ロシアが新たに北朝鮮から大勢の労働者を誘致するのではなく、現在ロシアにいる北朝鮮国民のなかから労働者を採用する可能性があると指摘している。

ロシアに現時点でどれほどの数の北朝鮮国民がいるのかについては、例えばマツェゴラ駐北朝鮮大使は、2020年の時点で「有効な就労ビザを持つ北朝鮮国民はロシアにはもう残っていない」と明言している。だが、実際には、パンデミックにより露朝間国境が閉鎖されたことにより、帰国できなかった北朝鮮労働者が数多くロシアに残っているとの情報が、これまでにもたびたび報じられてきた。

今年43日付ニューヨークタイムズによると、中国やロシアでは、数千人の北朝鮮人がいまだ労働者として働いているとされる。同紙は実際に2022年までロシアで労働者として働いていた北朝鮮人の証言なども伝えており、北朝鮮労働者が今も相当数ロシアに残っているというという情報には、一定の信憑性がありそうだ。同紙はまた、「北朝鮮は学生ビザや観光ビザで労働者を送り出すなど、ロシアや中国に労働者を送り続ける様々な方法を見出している」との米ホワイトハウスの見方も伝えている。

ロシア連邦保安庁のデータでは、2023年上半期にロシアに入国した北朝鮮国民の数は370人で、このうち148人は商用目的、74人は留学目的とされるが、今後こうしたデータが北朝鮮からの労働者の隠れ蓑として利用される可能性も排除できないであろう。さらに、ウクライナは、労働者だけでなく北朝鮮の兵士らがウクライナの前線に送られてくる可能性についても懸念を強めており、露朝の協力関係の行方について、今後注視していく必要がありそうだ。