中国政府は8月10日、日本を含む78カ国を対象に、中国からの団体旅行を解禁した。新型コロナ感染拡大により2020年1月から団体旅行が禁止されていたが、約3年半ぶりに解禁された。これにより今後中国人訪日客が急増すると予想されている。そのインパクトについて考えてみたい。
安倍晋三政権後半の日中関係は現在ほど悪くなかった。
2017年5月に自民党の二階俊博幹事長が訪中し、安倍首相の親書を習近平主席に手渡ししたことをきっかけに、2018年には李克強総理訪日、安倍首相訪中が実現するなど日中関係は急速に改善に向かった。
2012年の尖閣問題発生以降、日中関係は最悪の状況が続いていたが、安倍首相の外交手腕によって急速に改善した。
2020年は新型コロナ感染拡大がなければ、習近平主席の訪日も期待されていた。
同年1月に武漢で新型コロナ感染拡大が始まった時には、西側諸国の多くが中国への救援物資輸出を禁止する中、日本国民は武漢市民に向けてマスク、医療用ガウン等支援物資、寄付金、応援メッセージを送った。
その後日本で感染が拡大すると、逆に中国から多くの支援物資が日本に届けられた。
しかし、同年9月に安倍首相が退任すると、そうした米中両国の間でバランスを保持する日本の外交は変化し、日中関係は再び悪化した。
2020年10月以降の日中関係は、米中関係が一段と悪化する中、菅義偉政権・岸田文雄政権の対米追従外交・対中強硬姿勢の影響を大きく受けるようになる。
日本政府は台湾有事、経済安保(半導体輸出規制)等の問題に関して米国との共同歩調を重視して中国に対して厳しい対応をとるようになった。
それに対抗するように、中国政府も日本企業の幹部社員拘束、ALPS処理水放出に対する批判、希少金属のガリウム・ゲルマニウムの輸出規制等を実施するなど、双方が悪循環に陥っている。
このように日中関係が悪化した主な要因の一つは、新型コロナ感染拡大の影響で日中間の往来ができなくなったことだった。
加えて、政治家やメディアは対中批判を強め、高齢者を中心に日本国内の反中感情が高まり、政府はそれらの影響を受け、日中関係の改善に向けた努力は殆ど見られなくなっている。
それが経済交流にも影響し、2023年2月以降、日中間の往来が可能になったにもかかわらず、大部分の日本企業は依然として中国ビジネスに対して消極的なままである。
これに対して、米国の主要企業は米国政府の対中強硬姿勢を横目に、対中ビジネスを積極的に展開するしたたかさを示している。
独オラフ・ショルツ首相、仏エマニュエル・マクロン大統領は米国と一線を画して中国との経済関係を重視しているため、両国を中心に欧州の主要企業は米国企業以上に積極的である。
中国政府もこうした欧米企業の積極姿勢を大いに歓迎している。
欧米企業は外交とビジネスは別物と割り切って着々と中国市場を開拓している。
その一方で多くの日本企業は自国政府の対中外交姿勢を尊重し、対中投資慎重姿勢を崩さず、中国市場での欧米企業との厳しい競争の中で後退しつつある。
そうした日中関係にもかかわらず、中国の訪日客は団体旅行解禁を機に、今後急増することが予想されている。こちらも外交関係は別物と割り切っている。
新型コロナ感染拡大直前の2019年には中国からの訪日客数は959万人に達した。
中国人旅行者の消費傾向は、当初の電気炊飯器や温水洗浄便座等の爆買いから徐々にサービス消費へと重点が変化し、日本各地の観光地、温泉、日本料理を楽しむことが主目的になってきつつあった。
ところが、その後、コロナの影響で日中間の往来がストップし、日中関係も悪化した。
このため、日中間往来に関する制限が解除されても日本への旅行ブームは復活しないのではないかとの懸念もあった。
しかし、筆者が中国人の友人にその不安を伝えると、彼らのほとんど全員が、「中国人の日本旅行ブームは衰えていない。日中往来が解禁されれば訪日客はすぐに急増する」と断言した。
その見方を裏付けるように、コロナ禍の中で、中国国内では日本に行けない代わりに日本料理を楽しむ動きが拡大。とくに高級日本料理店の人気が高まっている。
団体旅行が禁止されているにもかかわらず、2023年3月以降、個人で訪れる中国人訪日客が明らかに増え始めた。
最近は銀座や新宿を歩いていると、至る所で中国人の会話が聞こえるようになっている。
2月の中国人訪日客はわずか3万6000人だったが、6月は20万8000人に達した。6月に中国を上回った国・地域は韓国(54.5万人)、台湾(38.9万人)、米国(22.7万人)の3つだけである。
一部の中国人の友人は、日本への団体旅行が解禁になれば日本人の予想を上回る訪日旅行ラッシュが始まると言っていた。
団体旅行が解禁され、2019年のように年間1000万人ペースの中国人旅行者が日本を訪問するようになれば、再び全国各地で中国人の旅行者が目立つようになる。
ただし、航空便の便数がまだコロナ前に戻っていないため、日本に来たくても航空券が買えないという制約が懸念される。航空会社も需要の回復が明らかになれば、便数を回復させる努力をするはずである。
一日も早く日中間の旅行客の往来が正常化し、民間レベルの活発な交流が復活することを期待したい。
中国人訪日客にとって日用品やブランド品の爆買いは以前ほど主要な目的ではない。
eコマースを通じて中国国内で買えるものが増えたので、それを買う必要はない。日本に来る頻度も増えているので、毎回大量に買う必要もない。
このため訪日中の消費の中心は、日本料理を中心とする飲食、観光、温泉、スキーなどのサービス消費となっている。
仮に訪日客数がコロナ前の2019年の水準である約1000万人まで回復し、当時の1人当たり平均購買額である約21万円を消費すれば、年間2兆円以上のインバウンド消費が生まれる計算になる。
その中心はサービス消費であるため、資本集約的な大量生産が難しいことから、以前にもまして広い範囲の人々に需要増大の恩恵が及ぶ可能性が高い。
加えて、中国人が日本の各地で喜びあふれる笑顔で日本人と交流するようになれば、自然に日中関係にもプラスの影響が及ぶはずである。
多くの日本人がこうした直接交流を通じて中国人を理解し受け入れるようになれば、一般論で中国問題を報じ、中国のネガティブな面ばかりを強調するメディア報道に振り回されにくくなる。
そうした国民レベルでの中国理解の深まりは政治家にも影響し、政治家が日中関係改善のために努力をするインセンティブにもつながる。
それが閣僚、首脳往来の活発化につながれば、日中関係改善の効果は大きい。
今年は日中平和友好条約締結45周年の年である。昨年は日中国交正常化50周年だったにもかかわらず、多くの行事の実施が見送られた。あるいは、規模を縮小して実施せざるを得なかった。
今年こそ悪化した日中関係を打開するため、両国の国民同士の交流増大が日中関係改善を後押しすることを期待したい。
日中民間交流の好影響は外交面にとどまらず、経済面にも及ぶことが期待できる。
2023年に入ってから欧米企業は対中投資姿勢を積極化させているが、日本企業は相変わらず消極姿勢が目立つ。
その主な要因の一つは、日本企業の経営層の大部分が中国に足を運ばないため、中国市場の現在のニーズを把握できていないことである。
足許の中国マクロ経済は2023年4月以降失速し、非常に厳しい状況が続いている。
しかし、それでも中国の2022年のGDP(国内総生産)は日本の4.3倍に達しており、現在もなお実質経済成長率は4%台の成長力を保っていると見られている。
中国人自身は足許の中国経済に対して自信喪失状態にあるが、冷静に見れば、経済規模、成長率の両面から見て市場開拓のチャンスは日本や欧米諸国よりはるかに大きい。
だからこそ欧米一流企業は対中投資積極姿勢を変えていない。日本企業の中にもこの逆風の中で業績を順調に伸ばしている企業は少なからず存在する。
今後多くの中国人訪日客が来るようになれば、目の前でモノやサービスを消費する中国人のニーズの変化を実感することができる。
これは中国に足を運んで現場を見ていない大部分の企業経営者や、これから中国市場にチャレンジすることを考えている経営者にとって、中国人消費者のニーズを理解するいい機会となる。
ここで中国市場のニーズを理解できれば、中国市場における事業展開戦略を練る参考になる。
こうした情報はごく一握りの中国ビジネスに強いグローバル企業にとってはとくに目新しい材料ではない。しかし、大部分の日本企業にとっては中国人のニーズを把握する貴重なチャンスとなる。
今後の中国人訪日客の増大が日中関係改善と日本企業の業績回復の両面に大きく寄与し、相乗効果を発揮することを願っている。