メディア掲載  エネルギー・環境  2023.08.03

リスク高まる台湾有事、食料と半導体という「2つのコメ」に備えはあるか

習近平政権3期目、有事における日本の継戦能力を考える

JBpress202374日)に掲載

エネルギー・環境

2023年に始まった習近平政権3期目に台湾有事のリスクが高まるとみられることから、前回記事を含めこれまでに、日本はシーレーン喪失に備えてエネルギー備蓄を強化するなど、継戦能力の構築が必要だと指摘してきた。今回は、台湾有事における食料備蓄と、産業のコメと呼ばれる半導体供給について深掘りし、台湾有事を抑止するために必要な日本の備えとは何かを論じる。


私たちは毎日2〜3kgの石油を「食べている」

日本の一次エネルギー消費は、全てのエネルギーを石油に換算すると年間約4億トンに上る。これは1人あたりだと年間3トンとなる。1日あたりにすれば110キログラムで、日本人は毎日これだけの石油を消費している勘定になる。

このうち、2割から3割程度が食料供給のために使われているとみられ、毎日2キログラムないし3キログラムの石油を「食べている」ことになる。

だが実際の1人あたりの摂取熱量は2000キロカロリー前後で、これを石油に換算すると200グラムぐらいにしかならない(ということは、脂身だらけの200グラムのステーキを食べたら、それで1日分のカロリーになる!)。つまり我々は実際に摂取する熱量の10倍以上ものエネルギーを石油などの形で消費している。

なぜこんなに食料供給にエネルギーを消費するかというと、農作物をつくるための肥料・農薬の生産に始まり、農業機械を動かし、トラックで輸送し、食品加工をし、冷蔵・冷凍を行う、といった具合に、あらゆる場面でエネルギーを使うからだ。

前回の記事『台湾有事を抑止するエネルギー政策とは? 日本の備えはこれで大丈夫なのか』で述べたように、台湾有事が起きて日本のシーレーンが危機にさらされると、エネルギー供給の途絶が危惧される。それに対する備えが必要なこともすでに書いた通りだが、備えをしても大幅なエネルギー供給の減少は避けられないかもしれない。

そのような状況になっても、飢え死にすることなく、1年ぐらいは生き延びるようにする必要がある。いざというとき、普段我々が享受している「エネルギー多消費型の食料供給」は全く機能しなくなることを覚悟しなければならないのだ。

ではどうすればよいか。

今のコメ備蓄はわずか2週間分

まずは、十分な食料備蓄が必要だ。ところが現状では、日本の食料備蓄はコメが100万トンあるだけだ。国民1人あたりにするとわずか8キロしかない。これで足りるだろうか。

コメは100グラムで356カロリーと熱量は高いが、11日の摂取量である2000カロリーを満たすためには、毎日562グラムが必要になる。8キログラムの備蓄では、2週間分しかない。

それでは1年分のカロリーをコメだけで満たすとしたら、どれだけの備蓄が必要かというと、1人あたり200キロのコメが必要な計算になる。

計算と前提については表にまとめておこう。

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農林水産省によれば、いまの日本の1人あたりのコメの消費量は50キログラムだから、200キログラムというと、4年分にあたるが、これだけあれば1年は食料不足にはならず継戦できることになる。

10キログラムあたりのコメを2000円で調達するとして、1人あたり200キログラムで4万円となる。結構な値段だが、コメは、数年は保つので、古古古米ぐらいまで食べるとすれば毎年の支出はこの4分の1程度であり、年間11万円で済む。

江戸幕府がコメに執着した理由

また備蓄を終えた後に飼料用や加工用に売却すればこれよりも負担は少なくなる。台風や地震など、他の災害への備えにもなる。何よりも、これによって日本の継戦能力が飛躍的に高まるとすれば、戦争の抑止手段としては、ある程度の米の備蓄をすることは重要に思える。

敵に向かって「もしも攻めてきたら、たとえ完全に包囲されたとしても、最低1年は籠城して、必ずや反撃する!」と示しておくのだ。

もちろん、コメにこだわる必要はなく、どのような食品でもよい。伝統的には、コメは何年も貯蔵できて、栄養価が高く、単収も多かったので、何よりも兵糧として重宝されてきた。江戸幕府がコメに執着したのも武士にとって優れた兵糧だったからだ。

だがいまでは加工技術が進歩したので、平時に加工しておけば、米よりも優れていて、安価な保存食もあるかもしれない。

台湾有事というと、もう1つのコメ、すなわち「産業のコメ」である半導体の運命はどうなるだろうか。

いま台湾は世界中から委託を受け、半導体生産を一手に引き受けている。特に台湾積体電路製造(TSMC)の存在は他を圧している。

JETROによると、2020年時点で台湾のファウンドリー生産(半導体の受託生産)は世界シェアの7割を占め、TSMCだけでシェア50%を超える。特に最先端ロジック半導体の生産では、線幅10ナノメートル(nm1nm10億分の1メートル)以下の製造工場の92%が台湾に立地している。

台湾の半導体工場爆破という「焦土作戦」論まで登場

この台湾が中国の手に落ちるとなると、世界の半導体製造が中国の支配下に入ることになるので、それぐらいなら台湾の工場を爆破すべきかもしれない、という見解が米国で発表された。敵にとって役立つものを残さないいわゆる「焦土作戦」というわけだ。

焦土作戦という概念自体は、古くから存在する。ナポレオンがモスクワに迫った時、ロシアは退去したが、その時に何とモスクワに火を放った。文字通りの「焦土作戦」だった。

何も無くなったモスクワで食料などの物資の欠乏に陥ったフランス軍は、やがて到来した冬将軍に敗れ、ロシアは最終的に戦争に勝利した。

だが、こと半導体に関しては、じつは工場を爆破する必要もないだろう。

というのは、TSMCの工場といえども、米国や日本の協力がない限り、生産を続けることすらできないからだ。

半導体製造は、微細で精密な加工を繰り返すハイテク中のハイテクである。その製造装置や、それに利用する化学薬品などは、米国、日本、欧州のハイテク企業群が有している。台湾も中国も、そこから製造装置や化学薬品を輸入し、また、それらの企業群の派遣するエンジニアの製造装置メンテナンスやパーツ供給に依存して半導体を製造している。

有事発生なら世界的な半導体の供給途絶

米国は2022107日に対中半導体禁輸を強化して、製造装置や化学薬品を禁輸し、メンテナンスにあたるフィールドエンジニアの中国への滞在も禁止した。この措置は、最先端の半導体については、特に厳しくなっている。

これによって、今後、中国の半導体製造産業は、新規投資はおろか、既存の工場の継続も難しくなる事態が続出するだろう、と微細加工研究所長の湯之上隆氏は著書『半導体有事』(文春新書)で指摘する。

台湾有事が起きた場合、米中が交戦すればもちろんのこと、仮に平和裏に中国が台湾を併合したとしても、西太平洋における軍事的・政治的な緊張はさらに高まる。すると、米国は台湾に対して、いまの対中禁輸よりもはるかに強力な半導体禁輸をすることになるだろう。

こうなると、TSMCといえど、ほどなく生産ラインはストップする。最先端のプロセスであるほど、この影響は大きいだろう。

中国はそれでも半導体製造を諦めないであろうが、日米欧に頼らず自力で最先端の半導体を製造できるようになるには少なくとも何年もかかるし、何十年かかってもできないかもしれない。

台湾有事の結果、世界的な半導体供給の途絶が起きる。これは最先端のものほどひどくなる。日米欧は、別途、工場を建設するだろうが、これには数年はかかる。

サプライチェーン組み替えが必要に

いずれにせよ、日本の製造業にとって、台湾有事の経済影響は膨大なものになる。

中国が日米欧に持つ資産は凍結される一方で、中国における日本の工場などは接収されるだろう。これまで中国に依存してきた資源や部品のサプライチェーンも失われることになる。

これに備えるためには、中国からの事業撤退や、サプライチェーンの組み替えが必要になる。中国への経済依存を減らしておくことは、もちろん事業者レベルでのリスク管理になるが、他方で国レベルでも経済依存を減らしておくことは中国に対する抑止力の一つになる。

そしてこれらの経済リスクに加えて、世界規模の半導体欠乏が起きることも想定せざるを得ない、ということだ。これに対しては、中国・台湾に依存しない半導体サプライチェーンを構築する必要がある。場合によっては、半導体を予め備蓄しておく必要もあるかもしれない。

一方で中国は、台湾を併合したとしても、その半導体製造能力を手に入れることはできず、かえって失うことになる。日米欧の製造装置、化学薬品、エンジニアリングサービスの供給を受けられなくなるからだ。

中国の半導体製造能力も大幅に低下する

さらに、中国本土への半導体禁輸も一層厳格化されることは間違いなく、中国本土の半導体製造能力も大幅に失われることになるだろう。

台湾は金のタマゴを生むと思って併合したら、かえって、台湾のみならず中国の半導体製造能力をも大幅に失うことになるのだ。

これは中国の製造業ひいては経済にとっても甚大な損失をもたらす。中国の指導者層に、失うものは大きいことを、よく理解させることが大事だ。それが台湾有事の抑止の一部になる。