メディア掲載  エネルギー・環境  2023.07.07

台風は頻発・激甚化しているか

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日刊工業新聞(2023年6月28日)に掲載

エネルギー・環境

長期データで科学的根拠検証

毎年、台風シーズンが到来して各地に被害が出るたびに、「地球温暖化のせいで」台風が「激甚化」している、「頻発」している、といったニュースが流れる。だが、これらは科学的な根拠があるのだろうか。今回は気象庁が公開しているデータを見てみよう。

温暖化犯人説はウソ!?

1は、台風の発生数、日本への接近数、および上陸数である。年々の変動は激しいが、長期的な傾向として、いずれも増加傾向にはない。たまたま数が多い年にはニュースになり、温暖化のせいにされることがままある。だが温暖化はゆっくりと起きる事象なので、数十年から100年といった長期的なトレンドを見なければ意味がない。年々の変動は自然変動に過ぎない。

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では台風は強くなっているだろうか。図2は「強い」以上に発達した台風の数と、その全発生数に対する割合である。台風は、最大風速が毎秒33メートルを超えると「強い」以上に分類される。図を見ると、その「強い」以上の台風の発生数は明らかに増えていない。

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「強い」以上の台風の発生割合を見ても、増えてはいない。もしも台風が激甚化しているというのであれば、このグラフははっきりと右肩上がりになっているはずである。だがそうはなっておらず、台風が激甚化したという言説は誤りだと断言できる。

台風については、これまでにほとんどなかったような強力な「スーパー台風」が地球温暖化によって来るようになる、という言説もある。それでは過去のスーパー台風のランキングはどうなっているだろうか。

3は観測史上のスーパー台風のランキングである。より正確に言うと、上陸時の中心気圧の低さを強さの指標と見なしてランキングしている。

1位が第二室戸台風で925ヘクトパスカルである。第2位は伊勢湾台風で929ヘクトパスカル、と続く。同点5位が六つあって、欄外の二つの参考記録の台風である室戸台風と枕崎台風を足すと、観測史上で13個のスーパー台風があったことになる。(なおスーパー台風は正式な気象用語ではない。本稿では便宜上使う)。室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風は昭和の三大台風と呼ばれる。

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こうしてみると、1971年までは、スーパー台風が頻発していた。特に50年代は4件、60年代は3件がランキングしている。ところが、71年を最後に、このようなスーパー台風はめったに来なくなった。ランキングには、91年と93年、そして22年に一つずつあるだけである。

なぜスーパー台風が上陸しなくなったのか、その理由は世界の誰にも分かっていない。数十年規模の気候の自然変動が影響しているのかもしれないが、今のところ、言えるのは、自然変動だ、ということだけだ。

いずれにせよ、そもそも上陸数が増えていないのだから、論理的に言って「地球温暖化のせいでスーパー台風が上陸するようになった」ということはあり得ない。

5位にランクインしている22年の「令和4年台風14号」は確かに強力な台風だった。だがこのようなスーパー台風が頻発している訳ではない。むしろ、この台風14号は、93年以来、実に30年ぶりに上陸したスーパー台風だったということだ。

〝筋書きありき〟気象議論の単純化懸念

このように、台風が頻発化している、台風が激甚化している、スーパー台風が増えている、といった言説は、公開されている公式データではっきりと否定できる。それなのに、地球温暖化による悪影響というものが語られるときに、そうしたデータは無視されることがあまりにも多い。往々にして、メディアは初めから「地球温暖化によって台風が激甚化」といったストーリーを決めており、それに合うデータだけを探し回る。うまくストーリーに合致するデータだけが採択されて、ストーリーに合わないデータは無視される。

そのようなメディアが選択的によく取り上げる科学的な話題がいくつかある。まずは台風のメカニズムに関するものだ。地球温暖化によって海水の温度が上がると、水蒸気量も増えて、台風が強力になるというもの。あるいは、地球温暖化によって台風の経路や移動速度が変わるというものがある。

さらには、コンピューターを用いたシミュレーションによって、もし地球温暖化がなかりせば台風はもっと弱かったはずだとか、将来は台風が激甚化すると予測される、といったものだ。

このようなメカニズムに関する分析も、シミュレーションによる分析も、研究活動として必要なことはよく分かる。だがいずれも、複雑な気象現象を大幅に単純化した議論になっていることは間違いない。地球の気象という非常に複雑な問題においては、観測データこそが最も重視すべきデータである。自動車の設計などの分野でもシミュレーションは多用するが、必ず実験と突き合わせて、実験に合わなければシミュレーションの方を棄却するのが常識だ。気象には実験がないので、観測がその代わりになる。

台風が強くなるメカニズムがあるにせよ、シミュレーションによれば台風が強くなるという結果が出るにせよ、もしそれが本当なら、なぜ統計データにそれが全く出ていないのか。統計データに出てこないということは、その主張が誤りであるか、あるいは、もし本当だとしても、自然変動のレベルや統計の誤差に埋もれるぐらいのことであるので、少なくとも今のところは温暖化の影響はさほど重大ではない、ということになる。

「伊勢湾級」の備え怠らず

さてそれでは、これから事業を営むに当たり、台風リスクを考慮しなくて良いのか、というとそうではない。図3にあるように、50年代と60年代にはスーパー台風が頻発していた。過去にそうだったということは、今後、またそのようなことが起きるかもしれない。すると、長い間スーパー台風を経験していなかったために、被害が甚大になる可能性がある。まさに油断大敵、ということだ。地球温暖化の影響より、この油断の方がよほど怖い。

いつまたスーパー台風が頻発するようになるかは分からない。参考までに、米国のハリケーンについては、北大西洋数十年規模振動(AMO)という現象に密接な関連があり、約60年の周期で、ハリケーンの強さが自然変動する、という説が有力である。日本でも類似の約60年の周期があるかどうかは分からないが、仮に約60年の周期だとすると、日本についても伊勢湾台風のような恐ろしいスーパー台風が頻発する時期に入ったかもしれない。

最後に付け加えると、地球温暖化は起きている。ただしそれは過去150年で1℃程度であり何℃も上がったというわけではない。また、台風を含めて大雨の雨量が増加した可能性はある。これはクラウジウス・クラペイロン関係(蒸気圧と蒸発潜熱の関係式)によって大気の飽和水蒸気量が増え、それが冷やされることによる降雨量が増えた、と説明される。ただし飽和水蒸気量の増加は1℃当たり7%程度であるため、これに伴う雨量の増加は150年で7%程度ということになる。つまり150年かけて100ミリメートルの雨が107ミリメートルになるということで、この程度の雨量増加であれば「激甚化」という形容詞は不適切だと筆者は思う。いずれにせよ、大雨が増加したか否かについては、あらためてデータを基に論じたい。