日本がホスト国となった先進7カ国首脳会議(G7サミット)が5月19 - 21日に広島で開催された。これに先立って一連の大臣級会合があり、そのうちの一つである、気候・エネルギー・環境相会合は4月15日、16日に札幌市で開催された。石炭火力発電を含む化石燃料への対応、自動車の二酸化炭素(CO2)排出量の削減など、多くの合意文書が発表された。
今サミットでは、G7が結束してロシアを非難し、ウクライナを支援する意思を示した。中国に対しては、デカップリング(分断)はせずデリスキング(リスク軽減)を図るという表現がとられた。これは、経済面などでの関与は続けるが、批判すべきは率直に批判し、打つべき手は打つ、と言う意味だ。
ウイグルや香港の人権問題については名指しで中国を非難した。また、名指しはしていないが、明らかに中国を念頭において、軍事転用の恐れのある機微技術については輸出規制をする、重要鉱物などのサプライチェーン(供給網)は、特定の国への依存を脱して多様化を図る、不公正な貿易・投資慣行の是正を求める、といったことが共同声明に盛り込まれた。
このように、今回のG7サミットでは、今後のロシア・中国との「新冷戦」において、G7がどのように相手と対峙してゆくのか、といった方針が明らかにされた。ただし、エネルギーに関しては、筆者は重大な懸念を持った。気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケ(声明)を読んでも、そもそも、エネルギーの安定供給や安全保障に関する記述がほとんど存在しない。全編、ほぼ脱炭素の話で埋められている。その中身は相変わらずで、2050年の脱炭素達成に向かってまい進するというものになっている。
だがこれは、この1年に世界で起きたことをあまりにも軽視している。何があったか。欧州の脱炭素政策が原因の一つとなって、欧州の対ロシアのエネルギー依存、なかんずくガス依存が深まった。このため、ロシアは欧州の経済制裁などたかが知れていると読んでウクライナに侵攻した。
3日で終わるはずの戦争が長引き、やがて欧州が結束してロシアからのエネルギー禁輸に踏み切ったことはプーチンの誤算だった。しかしながら、欧州が自ら作り出した脆弱(ぜいじゃく)性がウクライナでの戦争の一因になったことは明らかだ。欧州のエネルギー政策の失敗が戦争を引き起こしたのだ。まずこのことへのG7の反省が全く見られない。
そしてエネルギー危機に陥った欧州は、なりふり構わず世界の天然ガス、石油、石炭を買いあさった。ドイツのショルツ政権は、従前は人権問題でさんざん非難していたカタールに、天然ガスを売ってもらうように懇願した。米国のバイデン政権も、従前から脱炭素に熱心で、政権発足初日にキーストーンXL石油パイプラインを阻止するなど、環境重視で自国の石油産業を痛めつけるような政策ばかりやっていた。だがガソリン価格高騰に手を焼き、これも人権問題で関係がこじれていたサウジに対して、石油を増産するよう懇願した。
しかしながら、サウジはこれを袖にしてむしろロシアと連携した。すなわち、石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどの産油国からなる連合であるOPECプラスは、協調減産によって石油価格を高く維持してきた。
欧州の爆買いでエネルギー危機は世界に拡大した。どの国も化石燃料の調達に奔走し、また光熱費の高騰対策の補助金支給などで大わらわになった。中国やインドは石炭火力発電所に舵を切り、建設ラッシュとなった。ロシアからの石油購入も大幅に増やした。エネルギー価格高騰では日本経済も打撃を受けたが、もっともひどい目にあったのは貧しい国々だった。天然ガスを欧州に買い負けたバングラデシュでは停電に陥った。運輸燃料が買えなくなったスリランカは政権が崩壊し大統領が国外逃亡した。
ところがこの大混乱をよそに、今回のコミュニケを読むと、一連のエネルギー危機をすべてロシアのせいにしており、これまでの脱炭素一本やりだった政策こそが間違いであったことを全く認めていない。それどころか、ますますクリーンエネルギー投資を進めることでエネルギー安全保障と両立する、などとしている。
化石燃料の供給体制をきちんと構築しないとエネルギー危機が起きるという明白な教訓は無視されている。だがこのようなおめでたい夢物語が世界のほかの国々に通じるはずがない。
今年、これから予定されているG20首脳会合(9月9日、10日)ではインドが議長国であり、気候変動枠組み条約締約国会議COP28(11月30日 - 12月12日)はアラブ首長国連邦(UAE)が議長国である。いずれもG7ではなく開発途上国が議長国であり、途上国は、G7に対して猛然と交渉してくるだろう。
今のG7の認識のように、「自然災害の激甚化などの気候危機がすでに起きており、人類が破局を逃れるためには50年までに二酸化炭素(CO2)をゼロにしなければならない」というのであれば、「先進国はこれまでCO2を排出して世界に被害をもたらした損害を賠償し、かつ、今後の途上国のCO2削減にかかる費用を負担すべし」という途上国側の論理に説得力がある。
昨年エジプトで開催されたCOP27でこのような認識が定着してしまったので、先進国の費用負担の相場は、これまで約束してきた年間1000億ドル(約1兆3900億円)から年間1兆ドルに膨れ上がった。今年もこの構図は変わらず、先進国は苦しい言い訳に終始することになるだろう。なお悪いことに、今サミットで、G7は開発途上国の化石燃料事業への投融資を止めたことを誇り、今後もさらに継続する意思を確認した。
ここ数年、G7と、その圧力を受けた世界銀行(世銀)などの国際開発機関が主導して化石燃料事業を悪者扱いし、世界的な規模で投資・融資を止めてきた。これが大きな要因となって、今回のエネルギー危機が悪化したことを、途上国はもちろん骨身に染みて知っている。途上国はこれまでは化石燃料事業を止めるように散々言われてきて、国際開発機関からの融資も受けられなくなってしまった。ところがそこにきてエネルギー危機が勃発し、欧州も米国も化石燃料の調達に奔走し、途上国を助けるどころかかえって問題を悪化させたのだ。欧米の二枚舌ぶりはひどかった。
現在のG7首脳は、米国、カナダ、ドイツ、フランス、英国のいずれも脱炭素に熱心だった政権で、いまでもその旗を降ろしていない。だがこれらの国こそ、極端な脱炭素を推進した結果、世界のエネルギー危機を引き起こした張本人だ、と途上国は認識しているだろう。
どうやら政府の無謬(むびゅう)性というのは、日本だけの特徴ではないらしい。どの国も、極端な脱炭素にまい進し、エネルギー安定供給やエネルギー安全保障をおろそかにしてきたことを認めていない。すべてをロシアのせいにし、相変わらず脱炭素に突き進むことで、エネルギー安全保障も同時に確保されるなどと強弁している。この状況では、エネルギーや脱炭素の問題についてG7でまともな議論をすることは難しかろう。その中にあって、日本の役割として今回の成果文書においては、何とか、火力発電の廃止年限の設定などの更なる脱炭素政策の強化という、一部の国の提案による暴走を食い止めた点は評価できる。
昨年末の中間選挙において米国では共和党が下院で過半数を取った。24年末に選出される新しい大統領も共和党かもしれない。共和党は極端な気候危機説は科学的に正しくないと見ているし、民主党が50年にCO2排出ゼロを目指して進めているグリーンディールは米国を弱体化するもので、不適切だとしている。もし共和党の大統領になれば、G7の論調も大きく変わるだろう。ただし今のところG7のエネルギー政策がグリーンなイデオロギーではなく、理性に基づくものにする奮闘は日本が担うしかない。
G7がこれ以上、化石燃料の否定を続ければどうなるか。G7諸国はますます産業空洞化が進み、経済は疲弊する。製造業は以前に増して中国などに移る。途上国は、本当に必要な化石燃料をきちんと供給してくれるOPECやロシアになびき、インフラへのファイナンスや技術は中国に頼ることになる。G7が脱炭素と言い募るほど、G7は弱体化する一方で、途上国はロシアや中国になびくようになる。これで新冷戦を戦い抜き自由や民主主義を守ることができるのか、危惧される。