「環境・社会・企業統治(ESG)は、我が国の存立基盤である経済と自由を脅かしている。だからフロリダでは死産にする」。何と強烈な言葉だろうか。果たしてこれを述べたのは誰か。なんと、いま米共和党で次期大統領候補として最も注目を浴びる政治家である、ロン・デサンティスフロリダ州知事が発しているのだ。
デサンティス氏は、いまドナルド・トランプ前大統領に次ぐ人気を誇る、有力な共和党大統領候補である。そのデサンティス氏が、共和党勢力を結集して強力な反ESG運動を率いている。
仮にデサンティスとトランプ両氏のどちらかが2024年末の選挙で大統領になったとしても、米国政府のESGの方針は大きく変わることは間違いない。ちなみに日本では、ESG投資は将来「世界の潮流」になると宣伝されている。翻って米国の状況を見ると、実はESGの帰趨はまったく予断できない。あまりESGにのめり込んで足元を救われないように、しっかり状況を見極めたほうが良い。
以下、23年3月16日にデサンティス氏がホームページ上に発表した記事「ロン・デサンティス知事、18州の同盟を率いてバイデンのESG金融詐欺と闘う」を紐解いていこう。図1は諸州の連名による声明に関するものだ。
図1.反ESG声明に連名したフロリダおよび18の州
記事にはこうある。『本日、フロリダ州ロン・デサンティス知事は、18の州の知事と連名で、米国経済とグローバル金融システムを不安定にするバイデン大統領のESG政策に対し反発することを決定した』
あらためて説明すると、ESGは、環境(E)、社会(S)、企業ガバナンス(G)を指す。要は「良い会社・事業」に投資しましょう、ということなのだが、その「良い」とはいったい何か、それを誰が決めるのか、それを投資判断に使うことは適切か、といった問題が生じる。
バイデン政権は、投資アドバイザー、投資ファンド、年金基金、金融機関などに対し、投資に際しESGの視点を織り込むよう、ルールを整えてきた。例えば労働省は、年金を運用する際、ESGを考慮するように関係機関に求めている。
今回、これに反発して連名で声明を出したのは、いずれも共和党の州知事たちである。いわゆる米国のレッド・ステートだ。これまでにも、いくつかの州は、すでにESGに反発し、禁止に動いてきた。
例えばフロリダ州はESGを標榜(ひょうぼう)する機関から年金基金などの州の資金の引き揚げを発表した。また、州の資金運用においてESG投資を禁止する、という州政府も続々と増えてきた。
実はESGに反発しているのは共和党だけではなく、民主党員の一部も造反して共和党と共に反対している。そのため、23年3月初旬には、米国連邦議会において上下両院とも、「労働省の年金基金の運用者はESGを考慮した投資を行うべきとの規則」を否定する決議を通してしまった。ただしこれはバイデン大統領が3月20日に拒否権を行使したので法律は成立しなかった。
そこで、連邦レベルでダメならば州レベルで行動に出よう、というのが今回の共同声明だ。
声明には『フロリダ州が提案した共同声明では、これらの州は、アメリカ経済の活力とアメリカ人の経済的自由を脅かすESGの動きから個人を守るために、州レベルの取り組みを主導することを約束する。例えば、「受託者の義務よりも政治を優先する」というESGモデルに従う会社からすべての州年金基金と州が管理する投資を取り除いていく』とある。
受託者の義務というのは、年金などの基金を預かり運用する者(受託者)は、基金へ積み立てて運用委託した人々の利益のために行動しなければならない、ということだ。それがESGによってゆがめられ、環境などの目的のために投資され、委託者の利益を損なうことはおかしい、ということである。
そして、経済的理由と並んで共和党議員が怒る根本的な理由は自由に関することだ。選挙で選ばれたわけでもない金融機関、高級官僚や運動家たちが自分たちエリート好みの特定の価値観を強制する、という構図は自由を毀損(きそん)する。
米国ではここ数年、民主党によって性的少数者(LGBT)、人種、移民問題、銃規制、環境などさまざまな問題について左翼リベラル的な価値が広められてきた。そして伝統的な価値を重んじる共和党とあちこちであつれきと分断を生んできた。
共和党支持者は左翼リベラル的な価値観を強制する動きを「覚醒した資本主義(Woke Capitalism、ウオーク・キャピタリズム)」と呼んで反対してきた。このような社会主義的なものには我慢がならないのだ。
そしてデサンティス氏は、州政府および民間企業の業務から徹底的にESGを排除するよう、あらゆる禁止を規定した法案をフロリダ州に提出している(図2)。
図2.デサンティス氏がフロリダ州に提出した反EGS法案の概要
図2の冒頭で、国境警備や銃器の所持について言及しているのは、これらの問題に関し「ESGに反する」とされた顧客に対して銀行が取引を拒否する、という事件があったからだ。これまで多くのESG投資が武器製造事業を排除してきた。
ESGへの反発のもう一つの大きな要因は、温暖化対策を理由に、石油・天然ガス・石炭の採掘や利用が妨げられることだ。図2の冒頭で「エネルギー独立」として言及されている。これは米国内の化石燃料の採掘のことを指す。
これまで実際に、ESGによって、石炭、石油、天然ガスを採掘したり、それを用いて発電したり工場を操業する企業は、投資や融資を受けられなくなったり、事業の売却を余儀なくされるということが起きてきた。
だが米国には化石燃料で潤っている地域は多い。米国は世界一の石油生産、天然ガス生産量を誇る。石炭の埋蔵量も最も多い。化石燃料を主な産業とする州も数多くある。
このため共和党はバイデン政権の進めるグリーンディール(日本で言う脱炭素)やその推進手段であるESGの強化には反対してきた。のみならず、民主党の議員であっても、ウェストバージニア州選出のジョー・マンチン氏などを筆頭に、化石燃料産業の抑圧には反発している。
それでは気候変動はどうなるのか、と読者は思われるかもしれない。実は共和党は、気候危機説は誇張が過ぎると認識している。トランプ氏だけが例外なのではなく、共和党の重鎮はみなそうだ。
デサンティス氏についても、この2月の新刊「The courage to be free(自由になる勇気)」を読んでも気候変動についてはほとんど触れていないことが分かる。気候変動に関しては、危機を扇動していること(Alarmism about global warming)について一度言及しているだけである。やはり気候危機説を信じてはいないようだ。先ほど触れた19州の共同声明は、これ自体は法的な意味は全くない。だがフロリダ州はこの方向性での法案を審議中であり、これが成立すれば、ほかの18州も類似の法律を制定してゆくであろうから、影響を軽視すべきではない。
いま米国ではインフレ抑制法(IRA)が成立し、それに基づいてグリーン産業の設備投資に対し巨額の補助金が出ている。折から、欧州がエネルギー危機に見舞われていることもあり、米国での工場立地がブームになっている。
だが実は、このほとんどはエネルギーが安価であるなどの理由からビジネス環境の良いレッド・ステートに立地している。そのレッド・ステートがESGに反旗を翻しているとなると、今後、どのような状況になるのだろうか。ESGを推進するブルー・ステートは企業の立地が進まず、ESGを禁止するレッド・ステートへは投資が進むということになるのか。
そのとき、日本では何が起きるのか。これまではESGは「推進すれば投資を呼び込める」と宣伝されてきた。だがじつは、レッド・ステートのようにESGを禁止し、ビジネス環境の整備に専心した方が、工場立地が進むのかもしれない。