メディア掲載  外交・安全保障  2023.06.01

日韓首脳会談実現の意義

月刊『東亜』 No.671 2023年5月号(一般財団法人 霞山会 刊行)に掲載

国際政治・外交 朝鮮半島

316日に行われた5年ぶりの日韓首脳会談は、長く停滞していた両国関係を改善する重要な転換点となった。この時期に懸案解決へ両国が動き始めたことにはどのような意義があり、またその背景には何があるのだろうか。


5年ぶり開催の日韓首脳会談が3月に行われたことの意義

20233月は日韓関係が改善の方向へ向かう大きな転換点となった。31日の「31独立運動記念日」での演説で、尹錫悦大統領は「日本は過去の軍国主義侵略者から、われわれと普遍的価値を共有し安全保障と経済、そしてグローバルアジェンダで協力するパートナーになった」と発言。6日には朴振外交部長官によって発表された徴用工問題の解決策によって、1965年の日韓基本条約で定められた両国関係の基盤が崩壊するという最悪の事態は回避された。その後16日に行われた日韓首脳会談では、両国首脳が「国交正常化以来の友好協力関係の基盤に基づき、関係をさらに発展させていくことで一致した」とされる。(1

韓国では31独立運動記念日で始まるその3月に、日韓間での政治的な重要課題が解決へ向けて一歩進んだ意義は大きい。韓国における31日は国全体で日本の植民地支配を思い返し、ナショナリズムが刺激される特別な日である。思い起こせば、就任したばかりの朴槿恵大統領(当時)が、201331日の同記念日演説で「(日本が)加害者と(韓国が)被害者という立場は、千年過ぎても変わらない」と発言したため、慰安婦問題に関する日韓合意が行われる201512月末まで、日韓関係が停滞することになった経験は記憶に新しいところである。

通常、日韓両国の政策担当者の頭の中では、日韓間での課題解決あるいは政治的合意を行う際には、まずは最も適した時期(合意に至る日)はいつかを考えるだろう。それは例年必ず日韓の間での懸案に関連した行事がある月とない月があるからである。例えば、毎年4月と7月は日本の『外交青書』と『防衛白書』が発表される。2005年以降、両白書の中で「竹島領有権」が記載されるようになってから、毎年のように韓国政府は駐韓日本大使館の公使や防衛駐在官を外交部や国防部に呼び出して厳重に抗議している。8月に入ると15日の光復節(解放記念日)へ向けて韓国国民のナショナリズムが高まる時期になる。2018年からは前日の14日が「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」となり、8月に入ると韓国市民団体の活動がより活発になる傾向にある。さらに今年は、文部科学省によって4年に一度行われる教科書検定の結果(328日)が出ることも、両国当局者の間では織り込み済みであっただろう。

今回のケースでは、韓国側は4月に大統領による訪米準備を進め、日本側は5月に広島でのG7開催を控えており、尹大統領を招待するかどうかが焦点となっていた。首脳会談の成果としての共同声明が発表されないことに懸念の声も多少上がったが、韓国政府高官がメディアに対して「時間が足りなかった」と吐露したように、こうした両国が抱える政治日程を前に、「3月前半」というゴールへ向けたギリギリの交渉が行われ、両国リーダーが最終的に政治的決断を行ったという事実は高く評価されるべきである。

日韓首脳会談実現と安全保障上の意義

今回、尹大統領自身による強い決意に基づいて、韓国国内世論の評判があまり良くない方法による課題解決への道筋をつけた意義も大きい。なぜ尹大統領がここまで踏み込んだのかについては、第一義的には日韓両国を取り巻く安全保障環境の極端な悪化が考えられる。

すでに昨年から、安全保障面で日本と協力することの重要性を指摘する尹大統領自身の発言がたびたび見られていた。また今年2月に発表された隔年刊行の『国防白書』中の国防交流協力に関する章の冒頭、文在寅政権期に「中国・日本・ロシア」となっていた表記順が201612月に発表された国防白書以来となる「日本・中国・ロシア」の順に戻り、日本は「共同利益に合致する未来協力関係を構築していかなければならない近い隣国」と明記された。(2

日韓首脳会談前日付の『読売新聞』に掲載された尹大統領への単独インタビューの中では、尹大統領自身が「NPT体制を尊重する」として核武装を明確に否定したことも注目すべき点である。(3)尹大統領が、米国によって提供される拡大抑止力を重視する姿勢を再確認し、日米韓の抑止力向上をより強める方向性を明確にしたことは、日本側で燻っていた韓国核武装論への懸念を一旦打ち消す効果があったと考えられる。こうした重要な発言を口約束で終わらせないために、今回の会談を契機に復活する日韓安保対話の場で、両国の政策担当者が忌憚のない議論を交わすことが求められる。

この1年はわが国の防衛政策における転換点とも言え、長距離打撃を可能とする「スタンド・オフ・ミサイル」の導入も決まった。北朝鮮に対する長距離攻撃を想定する場合、韓国の憲法上では北朝鮮は韓国の領土であるという大前提に対して、日韓の間でどのような折り合いをつけるのか注目される。加えて、東アジア地域において想定される台湾と半島有事の両睨みを迫られる複合事態に、日米韓の軍事力はどのように指揮統制されるのかという大きな課題を今後どう詰めていくのか、三カ国での戦略協議がより重要性を増すだろう。

4月末には、尹大統領は2011年の李明博大統領(当時)以来の米国国賓訪問を予定している。実現すれば2016年の朴槿恵大統領(当時)以来となる米連邦議会の上下両院合同会議での韓国大統領の演説も行われる。尹政権としては、米国の意向に沿う形で、政権発足後の1年間で強固な米韓同盟を復活させただけでなく、日韓関係改善へ向けての政治判断という成果を携え、米国からの経済的恩恵を得ることを目指している。こうした背景には、国内経済の低成長が続き、中国との関係も以前のようにうまくいかない状況において、米国市場に活路を見出していることがある。またこのような米国傾斜の動きを後押ししているのは、世論の対中感情の悪化である。今年は米韓同盟(米韓相互防衛条約締結)70周年の節目となる重要な年であり、すでに両国では大小100あまりの関連イベントが計画されているとされる。米韓・日米韓関係が進展する一方で、中韓関係の動きも含め注視していく必要がある。


  1. 外務省「日韓首脳会談」2023316
  2. 韓国国防部『2022国防白書』2023216日、174
  3. 『読売新聞』2023315日付朝刊