メディア掲載 外交・安全保障 2023.05.23
笹川平和財団 「国際情報ネットワーク分析 IINA」より転載(2023年5月9日)
「ようやく実現した」「やっと韓国空軍が参加してくれた」。昨年11月上旬に筆者がオーストラリア出張した際に面談した元豪空軍関係者の口から出てきた言葉の数々だ。筆者が韓国とオーストラリアの関係について尋ねた話の流れで、同氏は万感の思いがこもった表情で豪空軍主催の多国間空軍合同演習「ピッチ・ブラック(Pitch Black)」[1]に韓国空軍機が参加したことを喜んだ[2]。続けて、筆者が「同演習への韓国の参加意義は何か」と質問すると、返ってきた答えは「相互運用性の向上」と一言。「それを今回確認できてよかった」と何度も繰り返した。
本演習以前は、韓国空軍が参加する戦闘機による外国での共同訓練は、米国・アラスカ州で行われる「レッド・フラッグ(Red Flag)」に限られていた。同演習は航空自衛隊も参加する日米韓の3カ国共同演習(2021年に韓国は3年ぶりに参加)で、在韓米空軍のF-16戦闘機やA-10対地攻撃機も参加する対北を想定したものである。今回のピッチ・ブラックでは、韓国空軍の戦闘機と空中給油機が赤道を越えてダーウィン(豪)まで長距離移動したことにより、韓国空軍戦闘機の展開実績がインド太平洋地域へと一気に広がったことになる。
また、参加した戦闘機は近代化改修が施されたKF-16Uであることも注目だ。2019年から始まった同機の近代化改修事業[3]により、ネットワーク戦に必要不可欠なデータリンクシステムであるLink-16が新たに装備された。当然ながら米空軍が想定するネットワーク戦の一翼を担う同盟国の空軍力の一部となることは確かだろう。
「一般的には米韓関係が良くない」といわれていた文在寅政権期に[4]、軍事レベルでは米韓両軍の相互運用性向上が地道に図られ、それを基に韓豪の軍事協力が進み、今ではオーストラリアや日本などのインド太平洋の米国の同盟国との相互運用性向上にも寄与している[5]。そしてこの間の韓豪関係を支えてきたのが、防衛産業協力であったことは重要な点だ。
今回合同演習「ピッチ・ブラック」を主催したオーストラリアと招待された韓国は伝統的に良好な関係を築いてきた。朝鮮戦争(1950年〜53年)でオーストラリアは陸海空軍合わせて17,164名の兵士を朝鮮半島に派遣し、340名の戦死者を出しながらも韓国の独立を守った国の一つである[6]。その後韓国経済が発展すると、我が国同様に韓国にとってのオーストラリアは資源輸入と製品輸出のための重要な貿易相手国となった。最新のデータ(2022年)では韓国にとってのオーストラリアは、貿易輸入額4位・輸出額9位を占める重要なパートナー国である[7]。
こうした朝鮮戦争派兵とその後の経済中心の伝統的な韓豪関係に変化が出てきたのは、中国の台頭が顕在化してきた2010年前後である。2009年に当時のケビン・ラッド首相と李明博大統領による首脳会談後に「オーストラリアと韓国の間のグローバルおよび安全保障協力強化に関する共同声明」を発表して、防衛産業協力のための機密情報交換が可能とする協定を締結することが明記された[8]。2010年にオーストラリアから韓国陸軍が誇るK-9自走榴弾砲の購入への関心が伝わると、韓国側では初の欧米先進国への輸出事例になるとの期待感が高まった。しかし、2012年に契約直前になってオーストラリア側が予算カットを理由に購入を中止した。韓国側は相当「怒った」ようである[9]。
さらに、ビル・パターソン元駐韓オーストラリア大使(2013年〜16年在任)によれば、2014年から16年にかけて、オーストラリア政府は韓国政府に対して、自国軍が韓国国内での共同訓練を想定した訪問軍地位協定の締結を求めていた。これに対して韓国側は中国への配慮から一貫して拒否したため実現には至らなかったとされる[10]。
こうした韓豪関係の悪い雰囲気を改善させた契機は、文在寅前政権の重要外交政策「新南方政策」と防衛産業装備品の輸出策である[11]。文在寅大統領が同政策推進のために、インドネシアを皮切りにASEAN諸国とインドを積極的に訪問し始めた2017年11月に、韓国とオーストラリアとの間で外務国防関係閣僚会議(2プラス2)が開かれた[12]。2020年には、当時のモリソン政権が陸上軍事アセットに多くの国防予算を投資する根拠となった「Land400」事業が立ち上がり、新しい自走榴弾砲導入事業の選定企業にK-9を生産する韓国防衛産業最大手のハンファ社が選ばれたのである。
製造工場の建設地は2016年に米フォード社の工場が撤退したビクトリア州ジーロング(Geelong)市が選ばれた。さらに、Land400事業に続く新しい歩兵戦闘車(IFV:Infantry Fighting Vehicle)導入のための「Land400 Phase3」事業に、ハンファ社とドイツ・ラインメタル社がそれぞれ名乗りを上げ、オーストラリア現地での性能評価試験を受けていた。
ハンファ社製IFVが有利との前評判から2022年9月と予想されたLand400受注決定に期待を膨らませていた韓国側であったが、政権交代によりアルバニージー政権が発足すると、それまでの装備調達を含めた軍の将来戦略自体の抜本的見直しが進められた。その影響でIFVの最終選定が先延ばしされたのである[13]。
昨年8月に超党派の有識者委員会が作られ、「防衛能力への投資の優先順位を検討し、2023-24 年から 2032-33 年の期間にわたって国の安全保障上の課題に対応するための防衛能力と態勢を最適化するために、オーストラリア国防軍の構造、態勢、および準備態勢を評価する」[14]ための、「国防戦略見直し」(DSR: Defence Strategic Review)が本年2月14日に首相と国防大臣に提出された。
DSR作成途上の昨年11月に、アルバニージー首相がメディアのインタビューに答え、「今後クイーンズランド州で陸上戦闘が起こり得るのか?」とこれまでの陸軍中心の戦力増強策に疑問を投げかけ、「我が国で最も必要とされているのは長距離打撃が可能なミサイル、ミサイル防衛、そしてドローンだ」と答え[15]、陸上装備品への投資が減るのではないかと予想されるようになった。
4月24日にオーストラリア政府が機密事項を抜いて公開したDSRでは、新たな戦略に基づく長距離打撃可能な装備品を中心に予算を確保するため、歩兵戦闘車(IFV)調達を450両から129両に削減することが勧告された[16]。今春にはDSRによる提言をもとに政権の新たな国防調達方針が決定するものと見られる。ハンファ社有利との報道が出つつも[17]、「Land400 Phase3事業」での調達額が削減される方向性がより明確になったことで、ハンファ社としては少なからず打撃を受けたはずだ。
しかし、この決定が直ちに韓豪関係に影響があるとは思えない。たとえオーストラリア陸軍が導入する数は減ったとしても、昨年4月の拙稿[18]で紹介した韓豪あるいは米韓豪の防衛産業協力の進展により、ジーロング市の新しい工場で新たな装備品開発・製造が行われる、他の友好国向けの生産など、新たな協力の形が見えてくるかもしれない。何よりもマールズ副首相兼国防大臣の地元がジーロング市であることから、韓国側は肯定的な未来を描いているに違いない。
これまで見てきたように、過去10年間の韓国とオーストラリアは後半の5年間で大きく発展した。特に、防衛産業協力の発展により両国関係が質的にも大きく変化したことは特筆すべきことである。両国関係の発展は単なる二国間関係の発展にとどまらず、オーストラリア軍が主催する多国間軍事演習に韓国軍が参加するようになった。文在寅前政権期に日韓関係が悪化の一途を辿っていった中で、韓豪関係を発展させ、多国間演習の中に日本と韓国が共に参加する素地を作った役割は高く評価されるべきだろう。
岸田文雄首相は4月26日の参院本会議で、防衛装備品の海外移転に関し「インド太平洋地域の平和と安定のため、わが国にとって望ましい安全保障環境の創出や、国際法に違反する侵略を受けている国への支援のための重要な政策的手段だ」として緩和を検討している[19]。日本にとって、韓国とオーストラリアの関係を防衛産業協力が支えたという事実は参考になるだけでなく、我が国としてもグローバルな防衛産業サプライチェーンの一角を担う新たな役割を認知するための良い事例でもある。
(2023/05/09)
脚注
1 筆者による匿名の元豪空軍佐官に対するインタビュー、2022年11月4日、オーストラリア・キャンベラにて。
2 同演習の詳細については、"Royal Australian Air Force,” Exercise Pitch Black”(2023年3月28日閲覧)を参照。
3 チョン・チュンシン「精密誘導爆弾搭載KF-16U「ソアリングイーグル」訓練初投入」『文化日報』2022年6月22日(2023年5月1日閲覧)
4 文在寅政権期の米韓関係については、伊藤弘太郎「日本が知らない米韓関係のファクトフルネス(前編)-文在寅政権の対インド・ASEAN外交を評価するアメリカ-」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、202年9月30日を参照。
5 2019年8月に台湾への売却が決まったF-16Vには標準装備、航空自衛隊のF-2も2020年度予算に能力向上のため2機にLink-16が装着されることが予算化された。
6 韓国外交部「韓国戦争70周年記念、オーストラリア参戦勇者対象感謝ビデオ制作」2020年6月24日(2023年3月28日閲覧)
7 KOTRA(大韓貿易投資振興公社)「韓国貿易現況」を参照。
8 “Joint statement on enhanced global & security cooperation between Australia & the Republic of Korea,” Department of Foreign Affairs and Trade, March 5, 2009 at(2023年5月1日閲覧)
9 Bill Paterson, “Is Now the Time for Australia and Korea to Step Up Security Links?” THE STRATEGIST, Australian Strategic Policy Institute (ASPI), August 20, 2020.(2023年4月24日閲覧)
10 同上。
11 新南方政策の展開と韓豪関係の進展については、伊藤弘太郎「韓国の安全保障・外交戦略――隣国は「レッドチーム(中国・北朝鮮・ロシア)」入りを目指しているのか?」『SYNODOS』2020年9月30日を参照。
12 Joint Statement: Australia-Republic of Korea Foreign and Defence Ministers’ 2+2 Meeting 2021,” Department of Foreign Affairs and Trade, September 13, 2021(2023年4月24日閲覧)
13 Kym Bergmann, “Defence review expected to delay decision on Army’s IFVs,” THE AUSTRALIAN, October 4, 2022(2023年3月28日閲覧)
14 “Defence Strategic Review,” Australian Government, April 24, 2023, pp.12-13 (2023年4月24日閲覧)
15 Greg Sheridan, “PM flags Defence boost with drones, missiles,” THE AUSTRALIAN, November 4, 2022, (2023年3月28日閲覧)
16 Ibid, p.59.
17 パク・ホヒョン「23兆(ウォン)オーストラリア装甲車事業者にハンファ有力」『ソウル経済』2023年3月8日(2023年4月26日閲覧)
18 伊藤弘太郎「日本が知らない米韓関係のファクトフルネス(後編)-米韓防衛産業協力の進展とその背景-」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2022年4月11日。