半導体は誕生直後から軍事と深く関わってきた。最初の大規模な応用は軍事用の人工衛星と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の制御だった。その後も1991年の湾岸戦争で活躍した誘導兵器のように、つねに兵器の知能化の核心にあった。冷戦期においては半導体禁輸が奏功し、ソ連の兵器の知能化は米国に対して大きく遅れ、ついには、ソ連は米国との競争を諦めた。米国は明らかにいま同じ構図で中国に対する新冷戦に勝とうとしている。半導体禁輸は単なる経済競争ではなく、軍事的、ひいては国際政治の問題なのだ。
中国は強大になった。防衛費は30兆円に達し日本の6倍もあり、増え続けている。東アジア地域においては、軍事的にも米国と互角になりつつある。航空母艦やICBMについてはまだ米国の方が優勢だが、射程500キロメートルから5500キロメートルの間の中距離ミサイルは中国が2000基であるのに対して日本・米国はゼロという状態である。米国は、19年に破棄されるまで、ロシアとの中距離核戦力(INF)禁止条約があったこともあり、配備が遅れた。
ウクライナ戦争では、米国の最優先順位は「核戦争の回避」であり、そのために自らは参戦しなかった。さて中国も、ロシア同様に、すでに米国を射程にする大陸間弾道ミサイルを保有している。このため、台湾や日本で有事があっても、やはり米国は核戦争の回避を最優先して、そのために台湾や日本に犠牲を強いることになるかもしれない。
台湾有事のシミュレーションを実施した米戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書では、中国は台湾への軍事侵攻をしても失敗する。中国の中距離ミサイル射程の外の太平洋上から発射される米国の空対艦「オフスタンドミサイル」による攻撃で、中国から台湾へ上陸する艦船がことごとく沈められる、というシナリオだ。ただし米国も原子力空母2隻と数千人の兵士を失うといった大損害を受ける、とされる。
このとき米国は、かつての朝鮮戦争やベトナム戦争同様に、日本の基地から爆撃機・戦闘機を飛ばし、また日本において補給をする。このため日本の基地もミサイル攻撃の対象となり、自衛隊は大きな損失を出すことになる。
緊張が高まる東アジア情勢を受け、日本は22年12月に防衛三文書を定め、防衛費を国内総生産(GDP)の2%に増額するなど、防衛力の強化を図る方針に大きく転換した。これには弾薬などの保有量を増加させるといった継戦能力の強化、迎撃ミサイルの配備、宇宙・サイバー・電子戦能力の整備などがある。
さらに反撃能力(敵基地攻撃能力)として、27年までに米国製巡航ミサイルであるトマホークを500発購入することに加えて、保有する短距離ミサイル「12式地対艦誘導弾」の射程を伸ばし1000発を整備する、といった計画が報道されている。
中国を世界最先端の製造業大国にするという「中国製造2025」計画のもと、軍事・民事技術を一体として推進するという「軍民融合」を明確にうたい、中国軍は目覚ましく近代化している。このままでは東アジアにおいて、中国の軍事的優位が圧倒的なものになる。危機感を抱いた米国は、22年10月に半導体輸出規制を大幅に強化した。
いま世界の半導体生産のほとんどは台湾、韓国、中国で行われている。中国における半導体生産工場への製造装置投資もここ数年で急増し、20年以降はついに世界一になった。
半導体でつくった集積回路(IC)は、民生技術においても軍事技術においても、その核心にある。半導体がなければ人工知能(AI)も飛行ロボット(ドローン)も精密なミサイル制御もできない。民生技術もICを使って制御するのが普通であり、1台の自動車には数百のICが使われている。
ICの技術進歩は、加工の微細化が支えてきた。20ナノメートル(ナノは10億分の1)までは日本も生産していたが、その後、競争から脱落した。いまは3ナノメートルを生産する台湾積体電路製造(TSMC)がトップを走っていて、韓国のサムスン電子などがそれを追っている状況にある。TSMCは、7ナノメートル以下である最先端の半導体生産においては世界シェアの9割以上を占めている。
なぜこのような寡占状態が生じるかというと、ICの製造工程は極めて微細で精密であり、ハイテク中のハイテクだからである。
ICの製造工程においては、金属シリコンの板であるウエハーの上に、薄膜を何層も重ねてゆく。表面を洗浄する、研磨して平らにする、塗布、蒸着、露光、溶出などの化学的な処理をして微細な回路を形成する、といったことを繰り返す。この工程の回数は500回から1000回に達する。
このとき、個々の工程を受け持つ精密な製造装置と、化学処理のための純度の高い薬品が必要になるのだが、これは各工程において特化したものが開発されていて、ほとんどを米国と日本の企業が占めている。しかも、世界で2、3社といった寡占状態になっている場合が多い。モノによっては世界で事実上1社しかないこともある。
日本企業がほぼ独占している例を挙げると、半導体ウエハーに感光剤を塗って現像するコータ・デベロッパは東京エレクトロン(TEL)が世界の90%、走査型電子顕微鏡(SEM)を応用して半導体回路の長さや幅、配線をつなぐ穴の直径などを測る測長SEMは日立ハイテクが80%、バッチ式洗浄装置はSCREENが70%強、ウエハー用研磨材料(CMPスラリ)はフジミインコーポレーテッドが85%、といった具合である。
独占とまではいかないが、化学薬品で寡占状態を競っている存在感ある日本企業としては信越化学工業、レゾナック・ホールディングス(旧昭和電工)、富士フイルム、三菱ガス化学などがある。日本企業の存在感が高いのは、細部にこだわり品質を磨き上げる日本製造業の特徴がいかんなく発揮されていることによるものだ。
米国の22年10月の半導体規制強化はこの製造工程の構造に着目したもので、半導体製造装置や化学薬品といった部分にまで、包括的に対中国の輸出規制に含めた。中国への輸出のみならず、中国における装置の整備のための米国人の派遣によるエンジニアリング役務の提供も規制対象になった。
これによって、中国では今後、新たに半導体工場を立ち上げることは難しくなった。重要な工程が多く抜け落ちることになるためだ。のみならず、既存の工場であっても、米国の製造装置や薬品に依存している場合、メンテナンスサービスや薬品供給を受けることもできなくなる。これは生産に支障をきたすことになるだろう。
米国は日本と欧州にも同様の輸出規制措置を採るように求めている。米国が本気で執行することが前提だが、中国の脅威に直接さらされる日本にとってももちろんひとごとではく、歩調を合わせることになるだろう。
それでも中国は半導体生産を諦めないであろうけれども、あらゆる工程を全て技術開発して追いつくには少なくとも何年もかかる。しかも米日欧でもごく一部の企業しか成功していない難度の高い技術が多くあるから、最終的な成功も保証されたものではない。
実際にどこまで輸出規制を執行するかにも依存するが、経済的・軍事的に強大になり続ける中国に対して、根本的な打撃を与えるツールになっているのがこの半導体輸出規制だ。
日本は、いま有している半導体の製造装置や化学薬品の技術を維持し発展させねばならない。米国は台湾防衛に関してのあいまい戦略を止め、防衛の意思を表明するようになったが、これは台湾が圧倒的な存在感のある半導体産業を有していることと無関係ではないだろう。これと同様に、日本が半導体製造に不可欠な固有技術を多数有していれば、それだけ米国は日本を防衛しようという意思が強くなるだろう。