メディア掲載  エネルギー・環境  2023.05.17

予算ありきの安直な脱炭素投資の推進は愚行そのもの

杜撰すぎるGX実行計画、公の場で財源や使途の議論を

週刊金融財政事情(202344日号)に掲載

エネルギー・環境

政府主導の下、2050年のカーボンニュートラルを目指して進められているGX実行計画。しかし、その制度設計は大した議論もなく約3カ月で練り上げられた内容で、防衛費を上回るGDP3%に相当する原資を捻出しようとするなど、杜撰であると言うほかない。「グリーン対応であれば、議論は不要」という考えがはびこっているが、安直なグリーン投資を繰り返せば、かえってコスト負担の問題点が露呈し、日本の経済・財政への悪影響につながりかねない。


GDPの3%にも上る脱炭素投資

岸田文雄首相の肝いりで、政府はGX実行計画の策定を進めている。その要旨は、脱炭素技術のイノベーションを促し、経済成長と環境対策を両立させるために、規制と投資を一体として推進することで、官民合わせて10年間で約150兆円の投資を実現するという巨大な計画だ。その原資の一部として「GX経済移行債」(環境債)を20兆円発行し、将来は環境税や排出量取引制度などの「カーボンプライシング」で償還するとしている。

官邸が主導する「GX実行会議」は昨年1222日、「GX実現に向けた基本方針」をまとめ、パブリックコメントを募集した。政府はこれを踏まえ、この通常国会に関連法案を提出し、現在審議を行っている。この制度設計は、昨年末のわずか3カ月ほどの短期間にGX実行会議でまとめられ、審議会などの公開の場での議論はほとんどなかった。本格的な議論はこれからだ。

同案では、「安定・安価なエネルギー供給が最優先課題」とし、「原子力の最大限活用」を掲げている。原子力については、政府はこれまで「可能な限り依存度を低減する」としてきたから、これは大きな転換だ。同戦略では、原子力の再稼働やリプレース、運転期間の40年以上への延長、次世代革新炉の開発・建設などが列挙されている。核融合についても、本文に記述はないが、添付された参考資料には、原型炉の建設などが記載されている。

現実的に見て、安定的で安価な電力供給を実現してきたゼロカーボン電源はこれまで原子力しかなかったし、今後もこれは変わらない。政府の戦略として原子力の推進がはっきりとうたわれたことは重要な一歩だった。だがその一方で、GX投資は「10年間で150兆円を超える」という破天荒な計画だ。これは年間15兆円だから、実に日本のGDP3%に相当してしまう。防衛費よりも巨額の費用がかさむことになるのだ。

その投資の中身を見ると「再生可能エネルギーを大量導入する」(約31兆円~)、「水素・アンモニアを作り利用する」(約7兆円~)などとなっている(図表1)。これらは既存技術に比べて大幅に高いコストがかかる。政府はこれを丸抱えで進める構えで、規制によって導入を図る一方で、研究開発や社会実装を補助し、既存技術との価格差の補塡を行うとしている。膨大な経済的損失が発生することは間違いない。

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実際に、経産省系の研究機関である地球環境産業技術研究機構(RITE)の試算によると、2030年に二酸化炭素(CO2)を46%削減するためのGDP損失は、約30兆円に上るとされている。「GX投資」をいくら増やしても、そのコスト負担を賄うための財・サービスの価格上昇によって消費者の最終消費が減り、エネルギー価格の上昇によって製造業等の競争条件が悪化して輸出が低下するためだ。

GX計画は論理的に破綻

政府が「脱炭素と経済の両立」または「グリーン成長」と言い始めたのは、09年の民主党政権の時代までさかのぼる。当時の目玉は、太陽光発電の大量導入だった。だがその帰結として、いまや年間3兆円の再エネ賦課金の国民負担が発生し、「経済の重荷」になっている。今回の政府案は、この負担を何倍にも膨らませて再現するものに見える。

政府はまた、投資に充てるため、20兆円の「GX経済移行債」を発行する。これを新設される「GX経済移行推進機構」が運営する「カーボンプライシング」制度で償還するとしている。ここでいうカーボンプライシングとは、エネルギーへの賦課金制度とCO2排出量取引制度であり、実質的にはエネルギーに対する累積20兆円の増税のことだ。これはエネルギー対策特別会計で区分して経理するという。

しかし、そもそもこの仕組み自体がおかしい。政府は新しい制度が経済成長に資すると主張しているが、そうであれば法人税や所得税などによる一般財源の増収があり、それで償還できるはずだ。わざわざ新たな償還財源など要るはずもない。

しかも、累積20兆円もの規模で特別会計を増やし、その運営のための外郭団体である「機構」を設立するのは論外だ。行政の本能として、この機構を維持・拡大しようとする恐れすらある。そのために、カーボンプライシングが強化されるという本末転倒な状況に陥るのではないか。

排出量取引制度は欧州が先行したが、失敗の連続だった。排出権割当ての制度変更が延々と続き、価格は暴騰と暴落を繰り返し、経済は混乱に陥った。なぜ、このような失敗が約束されているような制度を日本が追随して実施するのか。

もちろん技術開発には民間だけではできないことがあるので、基礎研究の推進など、政府には一定の役割がある。しかし現行の政府案では、一連の新しい制度を通じて、政府はエネルギーの生産・消費に関連する投資にことごとく関与するようだ。

実現は程遠いカーボンニュートラル

そもそも世界は本当に脱炭素に向かっているのだろうか。実は、各国政府は50年までに脱炭素を宣言しているが、現実とはかなり隔たりがある。

図表2に、日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が公表する「IEEJ アウトルック 2023」で示した、過去の趨勢的な変化が継続する「レファレンスシナリオ」とエネルギー・環境技術の導入が強化される「技術進展シナリオ」を紹介する。レファレンスシナリオでは、世界のCO2排出は減少せず、技術進展シナリオでも「50年の世界カーボンニュートラル実現には程遠い」とはっきりと書いてある。

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これこそ現実に近いというのが実態だ。さらに、この技術進展シナリオも決して容易ではない。世界全体で水素利用などが大幅に進むと想定しており、実現にはかなりハードルが高い。

ロシア・中国対G7の新冷戦が始まり、今後の世界の政治・経済の見通しが極めて不透明だ。そうした中で、莫大なコスト負担を伴うかたちで極端な脱炭素を目指すGX基本方針を法制化し、日本の脱炭素・エネルギー政策を固定化することは危険だ。日本は、安全保障と経済を重視し、脱炭素に関しては原子力を推し進める一方で、省エネや電化を低コストの範囲で実施するといった現実路線にかじを切るべきではないか。

グリーンは公の場で大いなる議論を

以上のように、政府案には巨額の国民の財産が関わっており、重大な問題が山積している。いま政府案に基づいて、多くの事業者が補助金を受け取ろうとし、政府担当者は予算を増やそうとしている。そうすると一連の制度設計について、必ずしも賛同していなくても、表立った異議の声は上げづらく、実際にほとんど聞こえてこない。

みんなが目先の個別の利益ばかりを考えるだけではいけない。国全体としてのエネルギー需給および経済の将来について、本当にこの制度設計で良いのか、諸産業も国民も真剣に検討すべきだ。

開会中の通常国会はもとより、公開の場で大いに議論すべきだろう。そして今後のエネルギー政策を硬直化させかねない制度である「機構」「カーボンプライシング」「GX経済移行債」の3点セットは、今国会での法案化は止めるべきではないか。

なお、基本方針は「GX投資の進捗状況、グローバルな動向や経済への影響なども踏まえ見直しを効果的に行う、その旨を法案に明記する」としている。せめてこのチェック機能については確実に制度化すべきである。

今回の審議過程を見ていると、日本において「グリーンならば何でもありで、議論は不要」という知の貧困が露呈している。日本全体の経済成長と財政を真剣に検討した形跡がまったく見られない。3点セットについても、なぜ財務省は反対しなかったのか。防衛費については、その歳出のための財源の議論が活発に行われているが、それに勝る巨額なGX実行計画について、これといった議論や精査もないまま、歯止めなく認められてしまっている。

GX実行計画は、二つの点から日本の財政にも大きな悪影響を及ぼす。第一に、度重なる国債の発行により、将来の償還費や利払い費の増加が懸念されるなか、GX経済移行債というかたちで新たな国債が発行されることだ。第二に、経済成長を阻害することで、税収も大幅に減少することだ。

このGX実行計画は、コスト負担の問題点が露呈して、早晩、見直されるのではないか。そのタイミングが遅れるほど、日本の経済・財政への悪影響は拡大していくのは言うまでもない。