日本がホスト国となっているG7広島サミット(5月19日~21日)に先立ち、外務大臣会合(4月16日~18日)、気候・エネルギー・環境大臣会合(4月15日~16日)が日本国内で相次いで開催され、成果文書が公表された。
今回のG7では首相官邸ホームページで予定や成果文書が1カ所で見られるようになっていて便利だ。両会合の成果文書を紐解いてみよう。
まず外務大臣会合のコミュニケの冒頭において、「自由で開かれたインド太平洋」の重要性がきちんと位置付けられた。
“2 インド太平洋
我々は、自由で開かれたインド太平洋の重要性を改めて表明する。これは、包摂的で、繁栄し、安全で、法の支配に基づき、主権、領土の一体性、紛争の平和的解決を含む共有された原則、基本的自由及び人権を守るものである”
次いで、G7が結束して中国の脅威に対抗することを示した。この意義は大きい。
“3 中国
我々は、中国に率直に関与し、我々の懸念を中国に直接表明することの重要性を認識する。(中略)我々は、中国に対し、国連憲章の目的及び原則を堅持し、威嚇、威圧、脅迫、又は武力の行使を控える必要性を想起する。我々は引き続き、東シナ海及び南シナ海における状況について深刻に懸念している。我々は、力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する。(中略)我々は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素としての台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認し、両岸問題の平和的解決を促す”
言うまでもなく、日本はG7の中で最も直接に中国の脅威に晒される。中国が強大な軍事力を持ち、それを背景に現状変更を図ることは何としても阻止しなければならない。
そしてこれは単独で実現しようとするよりも、G7が結束して対処することが有効だ。この声明を受けて中国から議長国日本への抗議があったが、そのぐらいで上出来だったということだろう。
ただし、エネルギーに関しては落第だ。気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケ(仮訳)を読んでみた。
まずそもそも、「気候・エネルギー・環境大臣会合」と銘打ってあるにもかかわらず、エネルギーの安定供給や安全保障に関する記述がほとんど存在しない。全編、ほぼ脱炭素の話で埋められている。
その中身は相変わらずで、2050年脱炭素に向かって邁進するというものになっている。
だがこれは、この1年に世界で起きたことをあまりにも軽視している。
何があったか。欧州の脱炭素政策が原因の一つとなって、欧州の対ロシアのエネルギー依存、なかんずくガス依存が深まった。このため、ロシアは欧州の経済制裁などたかが知れていると読んでウクライナに侵攻したのだ。
3日で終わるはずだった戦争が長引き、やがて欧州が結束してロシアからのエネルギー禁輸に踏み切ったことはプーチンの誤算だった。
しかしながら、欧州が自ら作り出した脆弱性がウクライナでの戦争の一因になったことは明らかだ。欧州のエネルギー政策の失敗が戦争を引き起こしたのだ。まずこのことへのG7の反省が全く見られない。
そしてエネルギー危機に陥った欧州は、なりふり構わず世界の天然ガス、石油、石炭を買い漁った。ドイツのショルツ政権は、従前は人権問題でさんざん非難していたカタールに、天然ガスを売ってもらうように懇願した。
米国のバイデン政権も、脱炭素に熱心で、政権発足初日にカナダから米中西部を結ぶキーストーンXL石油パイプラインの建設を阻止するなど、環境重視で自国の石油産業を痛めつけるような政策ばかりやっていた。
それがウクライナ戦争によるガソリン価格高騰に手を焼き、人権問題で関係がこじれていたサウジに対して、石油を増産するよう懇願した。
しかしながら、サウジはこれを袖にして、むしろロシアと連携した。すなわち、OPEC(石油輸出国機構)とロシアなどの産油国からなる連合であるOPECプラスは、協調減産によって石油価格を高く維持してきた。
欧州の爆買いでエネルギー危機は世界に拡大した。どの国も化石燃料の調達に奔走し、また光熱費の高騰対策の補助金支給などで大わらわになった。
中国やインドは石炭火力発電所に舵を切り、建設ラッシュとなった。エネルギー価格高騰では日本経済も打撃を受けたが、最もひどい目にあったのは貧しい国々だった。
天然ガスを欧州に買い負けたバングラデシュでは停電に陥った。運輸燃料が買えなくなったスリランカは大統領が国外逃亡した。
ところがこの大混乱をよそに、今回の気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケを読むと、一連のエネルギー危機をすべてロシアのせいにしており、これまでの脱炭素一本やりだった政策こそが間違いであったことを全く認めていない。それどころか、ますますクリーンエネルギー投資を進めることでエネルギー安全保障と両立する、などとしている。
“49. エネルギー安全保障とクリーンエネルギー移行:現在のエネルギー危機に対処し、2050年までにネット・ゼロ排出という共通目標を達成するために、我々は、クリーンで安全で持続可能で低廉なエネルギーを迅速に展開し、エネルギー効率を大幅に向上させることを含め、供給、資金源及びルートを多様化することにより、エネルギーセキュリティの向上とクリーンエネルギー移行の加速を同時に進めるための現実的かつ緊急な必要性と機会を強調する”
化石燃料の供給体制をきちんと構築しないとエネルギー危機が起きるという明白な教訓は無視されている。
このようなおめでたい夢物語が世界の他の国々に通じるはずがない。
今年、これから予定されているG20首脳会合(9月9日~10日)ではインドが議長国であり、気候変動枠組み条約締約国会議COP28(11月30日~12月12日)はアラブ首長国連合(UAE)が議長国である。いずれもG7ではなく途上国が議長国であることもあり、途上国は、G7に対して猛然と交渉してくるだろう。
今回のG7の認識のように、「自然災害の激甚化などの気候危機がすでに起きており、人類が破局を逃れるためには2050年までにCO2をゼロにしなければならない」というのであれば、「これまでCO2を排出して世界に被害をもたらした損害を賠償し、かつ、今後の途上国のCO2削減にかかる費用を負担すべし」という途上国側の論理に説得力がある。
昨年エジプトで開催されたCOP27でこのような認識が広がり、先進国の費用負担の相場は、これまでの年間1000億ドルから年間1兆ドルに膨れ上がった。今年もこの構図は変わらず、先進国は苦しい言い訳に終始することになるだろう。
なお悪いことに、G7は開発途上国の化石燃料事業への投融資を止めたことを誇り、今後もさらに継続する意思を確認した。気候・エネルギー・環境大臣会合のコミュニケにはこうある。
“74. 国際的な化石燃料ファイナンス:我々は、(中略)地球環境に関する1.5℃目標やパリ協定の目標に整合的である限られた状況以外において、排出削減対策が講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援を2022年までに終了したことを強調する”
ここ数年、G7と、その圧力を受けた世界銀行などの国際開発機関が主導して、化石燃料事業を悪者扱いし、世界的な規模で投資・融資を止めてきた。これが大きな要因となって、今回のエネルギー危機が悪化したことを、途上国はもちろん骨身に沁みて知っている。
途上国はこれまでは化石燃料事業を止めるようにさんざん言われてきて、国際開発機関からの融資も受けられなくなってしまった。ところがエネルギー危機勃発で、欧州も米国も化石燃料の調達に奔走し、途上国を助けるどころかかえって問題を悪化させたのだ。欧米の二枚舌ぶりはひどかった。
現在のG7首脳は、米国、カナダ、ドイツ、フランス、英国のいずれも脱炭素に熱心だった政権で、いまでもその旗を降ろしていない。だがこれらの国こそ、極端な脱炭素を推進した結果、世界のエネルギー危機を引き起こした張本人だ、と途上国は認識しているだろう。
どうやら政府の無謬性というのは、日本だけの特徴ではないらしい。
どの国も、極端な脱炭素に邁進し、エネルギー安定供給やエネルギー安全保障をおろそかにしてきたことを認めていない。すべてをロシアのせいにし、相変わらず脱炭素に邁進することで、エネルギー安全保障も同時に確保されるなどと強弁している。
この状況では、エネルギーや脱炭素の問題についてG7でまともな議論をすることは難しかろう。その中にあっての日本の役割として、今回の成果文書においては、何とか、火力発電の廃止年限の設定などのさらなる脱炭素政策の強化という、一部の国の提案による暴走を食い止めた点は評価できる。
昨年末の中間選挙において米国では共和党が下院で過半数を取った。来年末に選出される新しい大統領も共和党かもしれない。
共和党は極端な気候危機説は科学的に正しくないと見ているし、民主党が2050年CO2ゼロを目指して進めているグリーンディールはロシア・中国に対して米国を弱体化するもので、不適切だとしている。
もし共和党の大統領になれば、G7の論調も大きく変わるだろう。ただし今のところ、G7のエネルギー政策がグリーンなイデオロギーではなく理性に基づくものにするために日本が奮闘するしかない。
G7が、これ以上、化石燃料の否定を続ければどうなるか。
G7諸国はますます産業空洞化が進み、経済は疲弊する。製造業はますます中国などに移る。途上国は、本当に必要な化石燃料をきちんと供給してくれるOPECプラスになびき、火力発電へのファイナンスや技術供与は中国に頼ることになる。
G7が「脱炭素」と言い募るほど、G7は弱体化する一方で、途上国はロシアや中国になびくようになる。
将来、我々は子供たちに、責められることになのではないか。
「G7はなぜ科学的根拠の乏しい気候危機説に取り憑かれ、実現不可能な脱炭素目標を強制することで、自由の敵であるロシアや中国を強大化させ、途上国をわざわざ相手陣営に追いやったのか」と。
そのころ、言論の自由がまだあればの話であるが。