メディア掲載  エネルギー・環境  2023.05.15

米のエネルギー移行戦略

日本製造2030(6)

日刊工業新聞(2023年4月5日)に掲載

エネルギー・環境

石炭、原子力に建て替え

脱炭素のためにはエネルギー・トランジション(移行)の在り方を考えることが重要だということがよく言われるようになった。現在の化石燃料多消費型のエネルギー需給システムから、化石燃料に依存しないシステムにどのような道筋で移り変わってゆくか、という意味だ。

電力価格を上げない

トランジションのやり方を間違えれば、エネルギーコストが高騰し経済が疲弊する。これでは国民の支持は得られず頓挫する。あるいは、電力価格が高騰すれば、電化は進まなくなる。エネルギー需要を電化することができなければ、家庭部門、業務部門や運輸部門における脱炭素はハードルが一段と高くなってしまう。

トランジションを円滑に進めるためには、エネルギー価格、なかんずく電力価格を上げないようにしなければならない。また、地域の雇用、それに国のエネルギー安全保障にも配慮するべきである。

このような視点で見た時に、トランジションを現実的に解決してゆくための技術的手段の筆頭には原子力発電がある。またその先には核融合もある。だがこれをどこに立地してゆくのかという具体的なイメージはあまりはっきりしなかった。これに関して、米エネルギー省から興味深い戦略が20229月に報告されたので紹介しよう。

タイトルは「退役する石炭火力プラントを原子力プラントにリプレースすることの便益と課題(Investigating Benefits and Challenges of Converting Retiring Coal Plants into Nuclear Plants)」というものである。この報告で提示されたのは「既存の石炭火力発電所が退役したら、原子力発電でリプレース(建て替え)してゆく」という戦略である。キャッチフレーズとしては「石炭から原子力へ」ということで、Coal To Nuclearを縮めて「C2N(シー・ツー・エヌ)」と名付けられた。ただこれだけなのだが、実にうまいアイデアなのだ。というのは、以下の4つの問題を、一挙に解決できるからだ。

1)電力の低炭素化を進めるために、再生可能エネルギーを中心とするのではコストが高く、電力系統は不安定になる。景観問題などがあるので単純に環境にも優しいとはいえず、しかも現状では中国のシェアが高く中国製品だらけになってしまう。新しい送電線を引くにも反対運動が起きたりコストがかかったりする。

2)石炭火力発電所を廃止すると、それに依存してきた地域経済が傾いてしまう。雇用が失われることへの地元の反対は強い。

3)安全性や経済性を高めた革新型原子炉(その中にはいわゆる小型モジュール炉SMRも含まれる)がさまざまに開発されているが、具体的な立地場所はいったいどこにしたらよいかよく分からない。便益が大きく、コストが低く、また政治的サポートが得やすいのはどのような場所か。

4)地球温暖化問題を(見せかけでなく)本当に解決するような、エネルギー需給のシステム全体を大きく変えるような規模の具体的な手段がなかなか見当たらない。

既存インフラ活用、雇用守る

この報告書では、3つの質問に焦点を当てている。

1、米国にある石炭火力のうち、原子力でリプレースできる候補となる場所はどれくらいあるか?

2、リプレースによるメリットと課題は何か?

3、リプレースは地域社会にどのような影響を与えるか?

以下は、それぞれの質問に対する同報告書の結論だ。

結論1 米国のすべての火力発電地点をスクリーニングして、157の退役済み地点と237の稼働中地点からなる候補地を選定した。この候補地のうち、80%の地点において、100万キロワット規模よりも小さい革新的原子炉が設置可能と評価された。また、22%の地点においては、従来型の大型の軽水炉が設置可能と評価された。

結論2 石炭火力発電所のインフラを流用することで、原子炉建設のための費用が15%ないし35%も節約できる。原子炉は既存の石炭火力発電所の敷地内に設置することができ、既存の送電・変電設備、取水・排水処理設備、道路、オフィスビルなどのインフラを活用することができるからである。再生可能エネルギーが直面している景観や騒音、送電設備増設などの立地の問題からも解放される。

結論3 原子炉の設計にもよるが、地域の雇用と経済価値が生まれる。ある事例における試算では、地域の新規雇用が増加し、最大で650人増えること、さらに、27000万ドル(約369億円)近くの経済価値が生まれることが示された。また当該の地方自治体の温室効果ガス(GHG)排出が最大で86%減少しうることも分かった。

革新炉の候補地に

この報告書を受けて、米国のロジャー・ピールキー・ジュニア博士は、仮に前述の候補地すべてが原子力に転換されるならば、3400テラワット(テラは1兆)時以上の電力を供給できると試算している。これは、21年の米国全体の発電量の約70%に相当する。これが完全に実現することはまずないが、いずれにせよ、機会の規模は大きい。

この「石炭から原子力へ(C2N)」は単なる理論上のアイデアではなく、すでに革新型原子炉を用いた計画が発表されている。今後の有力な選択肢であることが、事例をもって示されているということだ。以下はそれを裏付けるトピックスとなる。

・テラパワーは2021年にワイオミング州の石炭発電所跡地にナトリウム冷却高速炉の実証機を建設する計画を発表した。

・今年初め、メリーランド州エネルギー局は、石炭火力発電所をX-エナジーの小型モジュール炉Xe-100でリプレースする実施可能性評価を支援すると発表した。

・ホルテックインターナショナルは最近、SMR-160の候補地として石炭火力発電所を検討しており、早ければ29年に最初のユニットが稼働する計画だと述べた。

・ポーランドでは、ニュースケールが、エネルギー企業のユニモット、ポーランド銅・銀生産企業のKGHMと共同で、同社の原子炉が石炭火力を代替する可能性を探っている。

温暖化解決の可能性秘める

報告書は欧米についてだけのものだが、世界的には、より大きな機会がある。石炭火力発電大国といえば、中国、インド、ロシアなどだが、これらの国でも「C2N」が実現してゆけば、かなり大規模に二酸化炭素(CO2)が削減されることになる。

実際のところ、世界のCO2の半分以上は、中国、米国、インド、ロシアが排出している(図1)。これら4大国でC2Nが軌道に乗れば、世界規模でのCO2排出大規模削減が経済的に実現されてしまう。

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いま、人類のCO2排出の半分以上は、森林や海洋によって自然に吸収されている。したがって、CO2排出を半分にすれば、大気中のCO2濃度の増加は止まる。これで、地球温暖化のリスクはまず心配する必要はなくなる。C2Nによって、いまの世界の石炭火力発電所を徐々に原子力にリプレースしてゆけば、これが視野に入ってくる。

米エネルギー省での評価では、既存の大型軽水炉だけでなく、より規模の小さい革新型原子炉がさまざまに開発されてきたことで、C2Nの機会が大きく膨らんでいるようだ。

日本の原子力産業にとっても、もちろん、大きなビジネスチャンスになる。まずは輸出の機会がある。そして、それだけでなく、日本国内でもC2Nは有望かもしれない。既存の火力発電所を、原子力発電所でリプレースするのだ。

地震や津波などの災害リスクがあるので日本での敷居は高くなるが、外部電源を必要としないパッシブ冷却技術などによって安全性を高めた革新型原子炉が、この担い手になるかもしれない。メーカー、電気事業者、規制当局、政治の創造性に期待したい。そしてその先には、核融合炉の立地地点としても、火力発電所のリプレースを進めればよいのではないか。このメリットは革新型原子炉によるリプレースとまったく同じことだ。