メディア掲載  グローバルエコノミー  2023.04.20

世界が評価する日本人の真心は米中に通じるか

米中対立改善のための中長期的チャレンジ

JBPressに掲載(2023418日付)

米国 中国

1.深刻化する米中対立

米中対立は深刻な状況が続いている。

ワシントンDCでは中国と西側諸国との対立を専制主義・権威主義VS民主主義というイデオロギー対立の枠組みとして捉え、中国を邪悪な存在と決めつけている。

冷静な専門家・有識者がそうしたイデオロギーや感情に支配された議論を批判すれば、逆に親中派のレッテルを貼られて厳しい非難の的となる。

EU主要国がこうしたワシントンDCに代表される米国政府の対中強硬姿勢をナイーブ過ぎると批判しても一切耳を傾けない。

冷静かつ中立的な視点からの中国に関する議論が封殺されているワシントンDCの現状を第2次世界大戦直後のマッカーシズムの再来のようだと評している米国の有識者は少なくない。

そうした有識者は、極端な反中感情に支配された現在のワシントンDCの状況はイラク戦争開戦の時に似ていると分析する。

当時、米国政府はイラクに大量破壊兵器があると決めつけ、事実を検証することなくイラク戦争開戦に踏み切った。

しかし、戦争勝利後にイラク国内を調査したところ大量破壊兵器はみつからなかった。これにより米国の国際的な信頼は大きく傷ついた。

現在、米国では多くの人々が中国政府に対して、気球による計画的な米軍基地偵察、ロシアに対する武器供与、2027年までに実施される台湾の武力統一などの疑惑を抱いている。

現時点ではいずれも明確な証拠が示されていないが、ワシントンDCではこれらがすでに証明された事実であるかのような前提で対中批判が支持されている。

米国の冷静な専門家・有識者は、ワシントンDCがいったんこうした状態に陥ると暴走が止まらなくなる傾向があると懸念を隠さない。

一方、中国も西側陣営に対抗し、ロシア、イラン、一部のアフリカ諸国などとの友好関係を誇示している。

とくにウクライナを侵攻しているロシアに対しては、西側諸国の強い批判が集中している中、中国政府は米国政府を冷戦思考であると批判しているため、米国や欧州諸国の反発を招いている。

しかも、中国政府がロシア・ウクライナ戦争の和平提案を提示したにもかかわらず、320日に習近平主席がロシアのウラジーミル・プーチン大統領だけを訪問し、中露の親密な関係を強調したことは西側諸国の強い反感を買った。

このように米中双方がそれぞれのイデオロギーの立場に固執して相手を批判し続けているため、両国間の対立は冷静さを欠いた感情的な敵対関係となっている。

これでは米中両国が二国間で問題を改善することは極めて困難であるように見える。

2.米中対立を改善できそうなリーダー

以上のような米中両国の状況を見て、筆者が定期的に意見交換する米国欧州の専門家・有識者は、米中両国の関係を抜本的に改善する効果的な方法は当面存在しないとの見方で一致している。

短期的に可能なことは、202211月の米中首脳会談で合意したように、米中間で最低限の対話ルートを確保し、不測の事態に備えるしかない。

ただし、これは緊急避難のための方策であり、米中関係を抜本的に改善する対策にはならない。

そうであれば短期的にはリスク回避に注力し、中長期的に抜本的に改善する方法を検討するしかない。

米中対立の根本的原因は双方がイデオロギーに固執し、感情的対立を引き起こしていることにある。

この状態が続く限り、法の支配やルールによる秩序形成を図ろうとしても、双方が合意できるルールを検討すること自体が双方の国内において弱腰外交と批判される。

このため、政府主導のルール形成による問題解決は困難である。

そうなれば、ルールを超えた危機回避の方策を模索するしかない。その方法は次の2つが考えられる。

1に、両国のリーダー、すなわちジョー・バイデン大統領と習近平主席が首脳間の対話ルートを継続的に確保して両国関係の改善に向けて互いに協力する政治決断を下すこと。

2に、両国に存在する、政府に属さない「民」の冷静な専門家・有識者が国を超えて連携し、関係改善のための方策を検討し、双方が自国政府に向けて粘り強く改善策を提案することである。

国家や組織が極端な危機的状況に直面した時、責任感の強い人々の勇気ある行動によって事態が打開されることがある。現在の米中関係の改善には、そうした非日常的な行動が必要となっていると考えられる。

前述の第1のケースでは両国のトップリーダー自身、第2のケースでは両国の専門家・有識者がその役割を担う。

過去において第1のケースは戦争の終結、武力衝突の回避、国交正常化などの状況において見られた。

2のケースは、国際金融のリスク抑制、国際的会計基準の改善、食品安全に関する国際基準の形成などの事例がある。

グローバル化の進展により、幅広い領域で「民」の組織が政府を超えて緊密に影響を及ぼし合うようになっている現状を考慮すれば、「民」がより重要な役割を担うべき分野が増えているのは明らかである。

3.西洋思想と東洋思想の融合

両国の政治のトップリーダーにせよ、「民」のリーダーにせよ、現在の厳しい米中対立の中で互いに歩み寄り、関係融和の方向に導くのは容易なことではない。

両国国民感情の流れに逆らうことにより自国内で厳しい批判を浴びるのを覚悟のうえで、勇気をもって立ち上がるしかない。こういう局面では東洋思想が心の支えとなる。

西洋思想は目に見える客観的事実、人間行動、制度等を重視して、自然科学と社会科学を発展させてきた。

一方、東洋思想は目に見えない自分自身の心を深く内省し、常に自己の良心に恥じない生き方を貫くために努力することを重視する。

東洋思想では人間として目指すべき本来のあり方を「性」と表現する。

儒教の代表的古典である「中庸」では「天の命じる、これを性と謂う」と定義する。「天」という崇高な存在をイメージし、それが命じる人間としてのあるべき姿が「性」である。

東洋思想では、「天」は自分の心の中にあると考える。

釈宗演著「禅海一瀾講話」(第三十九講 尽心)によれば、上述の「中庸」で言う「天」を、仏教、道教、儒教の他の古典等では「仏」、「道」、「明徳」、「菩提」、「至誠」といった様々な表現で言い表わすが、その本質は、各人の心の中にある、人としてあるべき本心=真心である。

日常生活では、仕事、学業、友人関係など目の前に生じている様々な事象に自分の心が振り回されることが多い。

それは心の表面的な働きである。その心の本質はいつも変わらない「性」、真心であるが、日常生活での心の動きの中では、その真心の存在を忘れている、あるいは意識していないことが多い。

円覚寺の横田南嶺老師(臨済宗円覚寺派管長)は著書「真の自己を尋ねて十牛図に学ぶ」の中で、瞑想や座禅によって「心を戻す力をつけてくると、心が暴れなくなってくる」と説く。

自分の表面的な心の動きを高いところから見つめ直して真心を意識すれば、日常的な迷いによって心が振り回されなくなるということを意味している。

同著の中で、横田南嶺老師がフランスで日本文化を紹介する大イベントに招かれて講演を行い、その最後に約500人の聴衆に10分間の座禅を体験させたところ高い評価を得たことを紹介し、次のように述べている。

「禅には争いをなくす可能性があると捉えていただいたからこそこういう公の行事にも取り上げていただいたのでしょう」

「また、堂々と座禅をさせてもらえたのだろうと思います。これは私どもにとって大きな喜びでございました」

このように東洋思想は自分の心の中にある本心、真心、「性」に気づいて、日常生活の中で迷いがちな表面的な心の動きを落ち着かせることを重視する。そのため瞑想や座禅には争う気持ちを落ち着かせる効果がある。

両国の政治あるいは「民」のリーダーがこうした真心を意識し、イデオロギーや感情論などの表面的な心の動きによる争いを抑える努力を共有すれば、国家を超えた相互連携の絆は強固なものとなる。

4.日本の歴史的使命

日本には西洋社会思想を土台とする政治・経済・社会制度が定着している。それと同時に、儒教・仏教・道教・禅・神道という東洋思想の伝統精神が今も社会のモラルを支えている。

2022年のワールドカップサッカーの際に日本のサポーターが毎試合後に観客席の周辺の後片付けを行い、世界から賞賛を浴びた。

これは自国チームの勝敗の結果だけに振り回されがちな心を自制し、大会運営関係者に対する感謝の気持ちを日本流の礼儀正しい作法を通じて表現したものである。

20201月に中国武漢で新型コロナ感染が急拡大した際、中国政府が新型コロナ感染拡大の事実を隠蔽したと世界中が非難して対中支援を断絶する中、日本国民は自発的に武漢市民にマスクや募金を送って支援した。

この時、米国のシンクタンクの専門家は日本の一般国民のおもいやりあふれる行為を高く評価した。

こうした国民レベルの自発的なモラルに基づく国際交流はルールに依拠する国家の枠組みを超えて世界を融和に導く。

米中対立の融和に向けて、米中両国の政治あるいは「民」のリーダーに求められる勇気は、こうした東洋思想の土台を形成する本心、真心、「性」に基づくものである。

日本政府および日本国民は、米中両国の心の通じ合う友人と連携して、どんな時でも自分自身の真心を意識する努力をともに広げていくことで、米中両国の関係改善に向けて中長期的な貢献を果たすことが可能である。

短期的な評価を得るために米国支援一辺倒に傾き、中国とのイデオロギー対立を強調し、米中対立を煽ることは、日本人の良心の土台を形成する東洋思想の根幹に反する。

日本の美徳は思いやり、おもてなし、道義を重んじる精神である。

この点を強く意識し、米中融和の困難な課題に向けて諦めることなく努力するのが、両国の間に位置し、両国との密接な関係が運命づけられている日本の歴史的使命である。