米国の次期大統領候補として有力視されているフロリダ州のロン・デサンティス知事が、反ESGの動きを強めている。同知事が主導し、18州の知事と連名でバイデン政権が進めるESG政策に反対する声明を発表した。日本では世界のESG投資に乗り遅れまいとアクセルを踏んでいるが、単純に「欧米に続け」とばかりに推進すると墓穴を掘ることになりかねない。
“ESGは、我が国の存立基盤である経済と自由を脅かしている。だからフロリダでは即座に亡きものする”
(ESG is a threat to the American economy and the individual freedoms that our country is built upon. It is dead on arrival in Florida.)
なんと強烈な言葉だろうか。そして、これを述べたのは誰か。
いま米国共和党で最も注目を浴びている政治家であるロン・デサンティス氏から発せられているのだ。
フロリダ州知事デサンティス氏は、共和党大統領候補として、いまトランプ前大統領に次ぐ人気を誇る有力な政治家である。
その彼が、共和党勢力を結集して、強力な反ESG運動を率いている。
デサンティスかトランプのいずれかが2024年11月の次期選挙で大統領に選出されれば、米国政府のESGの方針は大きく変わるだろう。
いま日本では、ESG投資は今後「世界の潮流」になると宣伝されている。
しかし米国の状況を見ると、帰趨は全く予断を許さない。日本はあまりESGにのめり込んで足をすくわれないように、よく状況を見極めたほうがよい。
以下、3月16日にデサンティス氏のホームページに掲載された記事を紐解いていこう。19州の連名による声明に関するものだ。タイトルは「ロン・デサンティス知事、18州の同盟を率いてバイデンのESG金融詐欺と闘う」だ。
“本日、フロリダ州ロン・デサンティス知事は、アラバマ州、アラスカ州、アーカンソー州、ジョージア州、アイダホ州、アイオワ州、ミシシッピー州、ミズーリ州、モンタナ州、ネブラスカ州、ニューハンプシャー州、ノースダコタ州、オクラホマ州、サウスダコタ州、テネシー州、ユタ州、ウエストバージニア州、ワイオミング州の知事と連名で、米国経済とグローバル金融システムを不安定にするバイデン大統領の環境、社会、企業統治 (ESG) 政策に対し反対することを決定した”
ESGとは、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)ということで、要は「良いこと」に投資しましょうということなのだが、その「良いこと」とはいったい何か、それを誰が決めるのか、それを投資判断に使うことは適切か、といった問題が生じる。
バイデン政権は、投資アドバイザー、投資ファンド、年金基金、金融機関などに対し、投資に際しESGの視点を織り込むよう、ルールを整えてきた。例えば労働省は、年金運用の投資に際し、ESGを考慮するように関係機関に求めている。
今回これに反発して連名で声明を出したのは、いずれも共和党の州知事たちである。いわゆる米国のレッドステート(共和党の支持者が多い州)だ。
これまでにも、いくつかの州は、すでにESGに反発し、禁止に動いてきた。例えばフロリダ州はESGを標榜する機関から年金基金などの州の資金の引き揚げを発表した。
また今後、州の資金の運用においてESG投資を禁止するという州政府も続々と増えている(例:フロリダ州、ネブラスカ州、インディアナ州)。
実はESGに反発しているのは共和党だけではなく、民主党の一部も造反して共和党とともに反対している。
そのため、この3月の初めには、米国連邦議会において、上下両院とも、「労働省の年金基金の運用者はESGを考慮した投資を行うべきとの規則」を否定する決議を通してしまった。ただしこれはバイデン大統領が3月20日に拒否権を行使したので法律は成立しなかった。
そこで、連邦レベルでダメならば州レベルで行動に出よう、というのが今回の共同声明だ。先述したデサンティス氏のホームページでの記述はこう続く。
“今月(編集部注:2023年3月)初め、連邦議会はアメリカ人の退職金に政治を介入させないための法案を可決する行動に出たが、バイデン大統領は自身の進歩的なアジェンダを推進するため、この法案に拒否権を発動すると約束している。フロリダ州が提案した共同声明では、これらの州は、アメリカ経済の活力とアメリカ人の経済的自由を脅かすESGの動きから個人を守るために、州レベルの取り組みを主導することを約束する。例えば、「受託者の義務よりも政治を優先する」というESGモデルに従う会社からすべての州年金基金と州が管理する投資を取り除いていくことだ”
ここでの「進歩的なアジェンダ」とはESGのことを指している。
受託者の義務というのは、年金などの基金を預かって運用する者(受託者)は、運用を委託した人々の利益になるよう行動しなければならない、ということだ。それが、ESGによって歪められて、環境などの「進歩的な」目的のために投資され、委託者の利益を損なうことはおかしい、ということである。
そして、経済的理由と並んで、共和党議員が怒る根本的な理由は、自由に関することだ。
選挙で選ばれたわけでもないお金持ちや高級官僚たちが、金融機関を利用して自分たちエリート好みの「進歩的なアジェンダ」である特定の価値観を強制する、という構図は、経済的な自由を毀損する。
米国ではここ数年、民主党によってLGBTや人種・移民問題など、様々な問題について左翼リベラル的な価値が広められてきた。そして伝統的な価値を重んじる共和党とあちこちで軋轢と分断を生んでいる。
共和党支持者は左翼リベラル的な価値観を強制する「覚醒した資本主義」(Woke Capitalism、ウオーク・キャピタリズム)に我慢がならない。
"「私の指示により、フロリダ州は、ESGを拒否し、代わりにフロリダ州の納税者と退職者のために最高の投資収益を得ることに集中するよう、州年金基金の運用会社に指示し、ESG体制の悪質な影響に対抗する方法を先導してきた」と、ロン・デサンティス知事は述べた。「そして私は、アメリカ国民が投票箱でESGを拒否したこと、イデオロギー主義者は国民の意思を回避することはできないし、すべきでないことを金融業界にさらに大きなメッセージとして送るために、同じ考えを持つ他の州と一緒になってイニシアチブを率先する」と述べた。今日、私たちはその約束を果たした。フロリダはアメリカの経済のエンジンとなっており、失業率は常に全米平均を下回り、企業の設立率は他のどの州よりも高い。我々は、顧客の財務よりも政治的意図を優先させる“覚醒した経営者”たちによって、わが国経済の安定が脅かされるのを黙って見ているわけにはいかない”
デサンティス氏は2018年に知事選に勝って以来、フロリダでの経済運営実績を誇っている。そして、大統領選出馬についてはまだ明言はしていないものの、この「フロリダ・モデル」を適用することで米国も成功する、と述べ、意欲も示している。
そして、徹底的にESGを排除するよう、多岐にわたる禁止を列挙している。
“先月(編集部注:2023年2月)、デサンティス知事は、フロリダ州民をESGから保護するための法案を発表しました。この法案は、フロリダ州民の経済的自由を以下のように保護するものです:
大手銀行、信託銀行、その他の金融機関が、国境警備、銃器の所持、エネルギー独立の促進を含む、宗教的、政治的、社会的な信条によって、顧客を差別することを禁止する
金融機関が、銀行業務や融資業務において、フロリダ州民がローンや信用枠、銀行口座を取得できないようにすることを目的とした、いわゆる「社会的信用スコア」を考慮することを禁止する
企業アクティビズムに従事する銀行が、適格公的預託機関(QPD)として政府資金を保有することを禁止する
州および地方レベルのすべての投資決定においてESGを使用することを禁止し、ファンドマネージャーが最高収益率を最大化する財務要因のみを考慮することを保証する
全ての州および地方自治体、およびそれが直接支援する団体が、調達および契約プロセスの一環としてESGに関する情報を考慮、優先、または要求することを禁止する
国や地方公共団体が債券を発行する際にESG要素を使用することを禁止する。これには、ESG格付けが、発行体の債券格付けに悪影響を及ぼすような格付け機関に対する契約を禁止することが含まれる
司法長官および金融規制庁長官に対し、これらの規定を法の及ぶ限り執行するよう指示する”
このリストから、いま共和党がESGの何に怒っているかが分かる。
「国境警備」が言及されているのは、バイデン政権の野放図な移民受け入れ政策によって、フロリダをはじめとする南部の州では膨大な移民受け入れを余儀なくされている、という認識を示している。
銃の所持というのは、いつ不法移民に犯罪者が紛れてやってくるか分からないという状況下では、銃を所持することが護身や犯罪防止のために必要だという信念を指している。
そして、エネルギー独立と書いてあるのは、石油・天然ガス・石炭の採掘やその利用を進めることを指している。
実際に、ESGによって、石炭、石油、天然ガスを採掘したり、それを用いて発電したり工場を操業する企業は、投資や融資を受けられなくなったり、事業の売却を余儀なくされたりしてきた。
だが米国には化石燃料で潤っている地域は多い。米国は世界一の石油生産量、天然ガス生産量を誇る。石炭の埋蔵量も世界一である。化石燃料を主な産業とする州も多く、ESG強化の方針に反発を強めている。
それでは気候変動はどうなるのか、と読者は思われるかもしれない。これについてはまた詳しく述べるが、米国共和党は、気候危機説は誇張が過ぎると認識している。トランプ前大統領だけがそうなのではない。
デサンティス氏についても、著書『自由になる勇気(The courage to be free)』では気候変動についてほとんど触れておらず、危機を煽っている(alarmism about global warming)として一度言及しているだけである。やはり気候危機説を信じてはいないようだ。
さてこの19州の共同声明は、これ自体は法的な意味は全くない。だがフロリダ州はこの方向性での法案を審議中であり、これが成立すれば、他の18州も類似の法律を制定してゆくであろうから、影響を軽視すべきではない、とフォーブス誌は報じている。
いま米国ではインフレ抑制法(IRA)の成立でグリーン産業への巨額の補助金が出ており、折からの欧州のエネルギー危機を受けて、米国への産業立地がブームになっている。だがこの立地のほとんどは、エネルギーが安価なレッドステート向けになっている。そのレッドステートがESGに叛旗を翻すとなると、いったい何が起きるのだろうか。