メディア掲載 グローバルエコノミー 2023.04.17
共同通信より配信
10年間にわたって日本銀行総裁を務めた黒田東彦氏に代わって4月から植田和男氏が総裁に就任した。植田氏の名前が事前に予想されていなかったことから、この人事は広くサプライズと受け止められた。さらに筆者にとっては別の意味でもサプライズであった。植田氏が東京大学経済学部の元同僚だったからである。
植田氏について印象に残っている思い出の一つは東大着任直後のコンファレンスでのことである。戦前日本の景気循環に関する筆者の論文に対する植田氏のコメントは、理論的なシャープさと視野の広さで際立っており、駆け出しの経済史研究者だった筆者に「世の中は広い」という強い衝撃を与えた。また、教授会で人事に関する審議の際に、植田氏が対象者の人物評の前置きとして「差し障りのない範囲でお話しします」と切り出して、その場の空気を一気に和ませたことがある。こうしたセンスのいいユーモアも植田氏の抜群の能力を示している。
植田氏は1998年から2005年まで日銀の政策審議委員を務め、後に国際的にフォーワード・ガイダンスと呼ばれるようになる政策と実質的に同じ「時間軸政策」を推進するなど、ゼロ金利という困難な状況における金融政策運営に革新をもたらした。植田氏が日銀から東大に戻って間もない時期に刊行した著書、『ゼロ金利との闘い』(日本経済新聞社、2005年)は、国内外の学界・政策関係者によるその後の研究・議論で取り上げられることになる論点の多くについて、すでに手際のよい理論的・実証的検討を加えている。
植田氏が金融政策の実務から離れていた18年の間に政策の環境は大きく変化した。一方で10カ月以上にわたって日本の消費者物価上昇率が2%を超え、欧米主要国の政策当局が政策金利を相次いで引き上げるなど、ゼロ金利からの脱却の可能性が見えてきた。他方でこの間に政府債務残高のGDP比が1.5倍以上に上昇し、金融政策は国債管理政策とますます切り離しがたいものとなっている。政治からの圧力も依然として強い中、金融政策を適切に運営することは容易ではないが、それだけに日銀総裁の手腕の発揮のしどころでもある。植田新日銀総裁に強く期待したい。