メディア掲載  エネルギー・環境  2023.04.11

エネルギーと食料の「継戦能力」

産経新聞 2023年3月14日付「正論」に掲載

エネルギー・環境

自衛隊には弾薬の備蓄が2カ月分しかないと報道されるなど、日本の継戦能力が問題視された。防衛費をGDP(国内総生産)の2%に倍増する方針も示されている。だが武器弾薬だけでは戦争は継続できない。

台湾有事が起きて、日本近海が戦場となり、輸送船が狙われて輸入が滞るとどうなるか。

原子力こそ重要になる

まずエネルギーだが、石油は官民合わせて240日の備蓄があり在庫も合わせるとこれ以上の日数になる。LPG(液化石油ガス)も100日分の在庫がある。

だが石炭は1カ月程度、LNG(液化天然ガス)は2週間程度しかない。石炭は長期貯蔵すると自然発火することもあるので、技術的な検討は必要だが、数カ月分を蓄えておくことはできるのではないか。

化石燃料とは対照的に、原子力発電はひとたび燃料を装荷すれば通常は1年、非常時であれば3年ぐらいは発電を続けることができる。さらには、ウラン燃料を備蓄をすれば、それよりも長く発電を続けることができる。これは原子力特有の優れた点だ。

攻撃に対する防御という点でいえば、日本は歪(いびつ)な対応をしている。原子力だけがテロ対策を強化していて、そのために稼働停止までしている。

だが一点集中型の対策は意味が乏しい。石油やガスのタンク、火力発電所などは、簡易な携帯型の兵器やドローンなどでも破壊できてしまう。テロリストは攻撃が成功しやすい標的を選ぶだろう。

日本は備蓄を積み増し、隙のない防御態勢を敷くべきだ。原子力を全て再稼働すれば水力と合わせて電力需要の3割を満たせる。

後は化石燃料を節約しながら使うことで何とか継戦能力を維持する。太陽光・風力発電は火力発電の調整力が不足すると利用が限られるのが懸念材料だ。

現代の食料供給には、莫大(ばくだい)なエネルギーを使う。1カロリーの摂取のために、10カロリーの化石燃料が投入されている。エネルギー消費の3分の1程度は食料関連である。

食料自給率を超えて

なぜそんなにエネルギーがいるか。家庭の冷蔵、冷凍、調理に加え食品の加工、輸送、冷蔵、冷凍がある。作物生産には農業機械を動かす石油が、肥料や農薬の製造には天然ガスなどが多用される。普段我々が食べているのはエネルギーの塊である。だから平時の食料自給率を高めていてもエネルギー欠乏時には不十分だ。それでも餓死しないためにはどうするか。

エネルギーが欠乏してまず起こるのは、大都市への食料輸送が滞り不足することだ。これを乗り切ったとしても、在庫を食べつくせばどうするか。作物を生産する時の肥料、農薬、農業機械動力をどうするか。

いまコメの政府備蓄量は100万トンである。1人あたり8キロだから本格的に取り崩せばすぐ無くなる。これに加え在庫もあるが、他の食料を含めもっと長期の備蓄が必要ではないか。次いで肥料と農薬である。肥料は経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に指定され、備蓄が着手されたが、まだ種類も量も少ない。

エネルギー欠乏時の食料供給体制をどうするか、シナリオの検討が必要だ。平時のようなエネルギー依存型の食料供給はそもそも継続不可能である。それに貴重なエネルギーは、軍事作戦の継続に使用されることになる。

まずはコメなどの備蓄を取り崩す。その間にエネルギー投入が少なくて済み、しかも収穫量の多い作物を植える。これはサツマイモなどだろうか。肥料、農薬、それにタネも備蓄が必要かもしれない。冷凍・冷蔵やトラックなどは使えなくなる。ならば国民は全国に散らばり、自給自足に近い形で作物を育て食べる。燃料には薪を使うこともあるだろう。

平和のために戦争に備える

このようにして、たとえ輸入が滞っても、1年ないしそれ以上、飢えることがないようにしなければならない。持ちこたえていれば、国際的な非難が侵略者に対して高まり、米国などから援軍もやってくるだろう。

それができず、1カ月で飢餓がはじまり、日本が屈服するようではいけない。そのような脆弱(ぜいじゃく)性を見せれば、敵は実際に日本の輸送船を攻撃するかもしれない。

1カ月で日本を屈服させることができるなら、敵は「世界は侵略結果をすぐに既成事実と見なし、自国は早々に国際社会に復帰できるだろう」と読むかもしれない。これは2014年にロシアがクリミアを併合した時に実際に起きたことだ。昨年2月にロシアがウクライナに侵攻したのも「キーウはすぐ陥落しウクライナは短期間で屈服する」と読んだからだ。

敵に「日本は弱い、輸送船をいくらか沈めてしまえばすぐ屈服する」と思わせてはいけない。日本はエネルギー・食料の継戦能力を確保し、それを平時から敵に見せつけておかねばならない。

平和のためにこそ、戦争への十分な備えが必要なのだ。