コラム  国際交流  2023.04.05

Silicon Valley Bank突然の破綻とシリコンバレーエコシステムについて(前編)

米国

SVBの突然死とシリコンバレーエコシステムにおける影響

310日にSilicon Valley Bankが突然、破綻した。これはもちろん大きな衝撃であり、シリコンバレーの関係者はもちろん、グローバル金融にも大変なショックだった。

SVBの破綻はシリコンバレーのエコシステムにどのような影響を与え、こちら、シリコンバレーではどのように捉えられているのだろうか?

予想通り、シリコンバレーという名前がついた銀行が破綻したので、「シリコンバレーの凋落」や「イノベーションの根源を脅かす」などという見出しの記事がそれなりに出回った。しかし、そのほとんどはシリコンバレーの仕組みや現状を知らないニューヨークやロンドン、東京ベースのメディアが報じたものであり、シリコンバレーのエコシステムからの実感と肌感覚が伝わっていない。

そもそもSVBの破綻の影響を論じるには、なぜ破綻したのかということのおさらいだけではなく、SVBがシリコンバレーでどのような役割だったのかという理解が必要である。しかもシリコンバレーのエコシステム自体がどのように機能していたかということの正しい理解を前提にしないと理解できない。

シリコンバレーとは異なる場所や経済圏の思考フレーム(人間が無意識にも使う、物事を理解するのに使う重要情報の選別や因果関係の脳内モデル)を今回のSVB破綻に当てはめるとかなりミスリーディングな結論となってしまう。そこで今回は一般向けに分かりやすくSVBの破綻、SVBのシリコンバレーでの役割、そしてこれらの理解のベースとなるシリコンバレーのエコシステムの仕組みを手短に紹介する。

SVBは重要インフラだったが、イノベーションを促進する原動力ではなかった

結論から述べると、SVBはシリコンバレーの重要インフラではあったが、シリコンバレーのイノベーションを促進する中心的な役割ではなかった。スタートアップに対する融資である「ベンチャーデット」がメディアでは注目されたが、シリコンバレー・モデルの金融の中心はベンチャーキャピタルであり、銀行からの融資ではなかった。

SVBは相当な数のベンチャーキャピタルやスタートアップが口座を持ち、シリコンバレーで様々なイベントを協賛したり開催し、アメリカの大手銀行では時間がかかるスタートアップの口座開設やベンチャーキャピタルからの資金調達の合間をつなぐ融資を素早く行うということで大事なインフラの役割を賄っていたが、置き換えができないインフラではなかった。現に取り付け騒ぎが起きたのは、預金者の多くがサクサクと預金をオンラインで取り出すことができ、他に移すことができたからである。

SVBがシリコンバレーのスタートアップをサポートする特殊なノウハウがあり、これには代替が効かないというフレームの論じ方もあったが、これも的外れである。なぜなら、ノウハウがある社員は他の銀行がサクッと雇うことができるからで、他の銀行がSVBの役割にチャンスを見出せば、できない理由はあまりないからである。

シリコンバレーのファイナンスの中心はベンチャーキャピタル

シリコンバレーに存在する特殊なノウハウはむしろベンチャーキャピタルの方にありSVBのノウハウ無くしてシリコンバレーのエコシステムは回らなかったということではない。ベンチャーキャピタリストは資金提供以外にも人材の紹介や社外取締役、経営者への直接的なアドバイスなどで急成長を促すというプラスアルファの付加価値が重要であり、地理的にシリコンバレーのベンチャーキャピタルがエコシステムの中心に居続ける理由である。

日本ではSVBはシリコンバレーのメインバンク的な存在であると論じられることもあるが、このフレーミングは実は紛らわしい。というのは、SVBは多くの法人口座を持っていたが、メインバンクが行うような企業の救済や密度が濃い情報のやり取り、グループ企業での役割など、日本流のメインバンクとは根本的に役割が異なる。(そもそも日本のメインバンクの付加価値が歴史的なものからは変化していて、誰にどんなメリットがあるのかという議論はもちろんあるが。)

スタートアップはトップのベンチャーキャピタルファンドから出資を受けているということはエコシステムでは大事なシグナリングとなり、大手企業や人材の採用などには大きくプラスに働く。しかし、スタートアップはSVBでの口座を持っていたり、SVBからの融資があるという事実が対外的な信用を勝ち取る要素となっていたわけではない。

もう一つメインバンクと異なるのは、SVBはシリコンバレーでの金融分野でのスター選手たちが集まるという人材の宝庫というイメージではなかった。本社はグーグルのお膝元のサンタクララ市にあり、優秀なエンジニアやトップ人材はグーグルやスタートアップの方が魅力的である。逆に、バンカーとしてトップを狙うなら間違いなくニューヨークの方が世界金融の中枢である。シリコンバレーで金融の中心にいたいなら絶対にベンチャーキャピタルの方が良いキャリアになる、という感覚である。というのは、トップのベンチャーキャピタル企業でスター選手になれば、大成功したスタートアップに初期の頃から大きめの投資をしていれば、巨大なIPOで個人としてもかなりのリターンとなり、VCの中心地であるサンドヒルロードのトップVCたちはビリオネアとなっている。

(スタンフォード大学に個人として1400億円以上の寄付を行ったベンチャーキャピタリストのジョン・ドーアは個人資産がその10倍以上あると推定されるが、彼はもともとインテルでセールスマンだったところ、ベンチャーキャピタルファームのクライナー・パーキンズに採用された。彼はNetscape, Sun Microsystems, Symantec, Intuitを始め、GoogleAmazonにも初期段階で出資しており、VCファームと巨大なリターンを生み出し、成功報酬として自らもビリオネアになった。)

したがって、シリコンバレーの世界中から集まるトップ人材がこぞってSVBの社員になるために競争を勝ち進んでいくのかというと、 そうでもなかった。しかもSVBはコロナ前から積極的に人材コストがシリコンバレーよりも安いアリゾナ州などに本社機能を積極的に移していた。

ここまで辛口に捉えられるかもしれないことを書くと、SVBを過小評価しているように思われるかもしれないが、そんなことはない。シリコンバレーの数多くのVCとスタートアップはインフラとしてSVBに口座を作り、融資を受け、電気や水といったライフラインインフラと変わらず、あまり深く考えることもなく頼っていたのである。VCにとってみれば、ペンションファンドといった大型機関投資家や大企業から出資を受け、ちょくちょく入金してもらう銀行の口座がSVBにあり、投資先のスタートアップには同行内の資金トランスファーとして簡単に処理するのが楽なので、投資先にSVBで口座を作ってもらって投資を決めたらサクッとオンライン操作で送金するという使い方だった。

ベンチャーキャピタルのファームは大手金融機関とは異なり、巨大な組織に大量のスタッフを抱えるという体制にはなっておらず、大企業から見たらかなり少ない人数でオペレーションを回している。したがって、SVBにようにサクッと投資先に口座を作ってもらってパッと送金するというスピード感と手軽さは役にたったわけである。電気や水と同じで、豊富に使えるライフラインサービスに依存してしまうという力学である。そこでSVBが急に破綻し、預金が全て消失したら一大事であり、大きなショックとなる。スタートアップで、ほとんどの預金をSVBに預けていた場合、資金繰りが止まり、突然死する企業がたくさん出てくるという事態が懸念された。

大きな経済ショックとなる寸前だったが、これは中・長期的にエコシステム全体を支える最も重要なコンポーネントがなくなるという規模のことではなかった。この理解に至るには、シリコンバレーモデルがどういうコンポーネントで構成されているのかという理解が大事である。

シリコンバレーのエコシステム

シリコンバレーのエコシステムの主なコンポーネントは1)ベンチャーキャピタル、2)世界選抜の人材と高い人材の流動性、3)産学の密な連携と政府の重要なサポート的な役割、4)大企業とスタートアップの共存関係(M&Aや人材流動性など)、5)失敗を次に繋げられる起業の文化とそのモニタリングと評価のノウハウ、6)スタートアップに特化した法律事務所、会計事務所、アクセラレーターなどのエコシステムサポート企業群、というものである。SVBはこのエコシステムサポート企業群であった。

シリコンバレーのエコシステムは、例えばVCの投資の仕組みを可能にするストックオプション制度が突然禁止されたり、トランプ政権時代に特定の国(一時はイスラム教とされる国全て)からの移民を突然完全にストップしたり、高度な人材の労働ビザをはいする動きなど、世界の人材いいところ取りを脅かしたり、大学からの産業スピンアウトがしにくくなるような極端な知的財産ルールの変更などはエコシステムにとって大きな構造的な脅威となり得る。しかし、SVBというインフラは、シリコンバレーの価値を作り出すエコシステムの一インフラ部分であり、決定的なものではなかった。

インフラつながりの余談だが、シリコンバレーではここ数年の記録的な大干ばつが続き、その影響で大規模な山火事の影響も受けてきたが、昨年の12月からは逆に、記録的な大雨に何度もさらされて物理インフラが大打撃を受けた。「干ばつ仕様」とも言える排水溝が無い道路や、木が倒れると寸断されて変電所なども老朽化した電力インフラは大雨と強風に耐えられず、さまざまな住宅地や商業施設で洪水が起こり、あちらこちらで大規模な停電が何度も起きた。年収1500万ほど以下は低所得層とされ、スタンフォード大学などは学費が免除になるほど所得層が高い地域にも関わらず、何日間も停電が続くという事態が何度も起きた。先月の停電では6万人以上が影響を受けた。電気自動車テスラは、日本ではまだ考えられないほど自動運転が実装されて信号の右折や左折などにも対応していて、至る所にテスラの高速充電設備がある先端技術の地域にも関わらず、この地域では現在電力の安定供給がままならない状況が続いている。それに加えてSVBというひとつのインフラが壊れた、という感覚であり、シリコンバレーの持つエコシステムがこれで根本的にダメになったという感覚は全くない。

(後編に続く)