メディア掲載  外交・安全保障  2023.03.29

台湾有事に関する韓国での議論

中曽根平和研究所 NPI(2023年3月24日)に掲載

国際政治・外交 安全保障 東アジア

1. 尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権による台湾有事に関する言及

今から振り返ること1年前。韓国では大統領選を目前に控えた時期に、多くの外交・安全保障の韓国人有識者と話をする中で、「保守あるいは進歩どちらが政権を取ったとしても、台湾有事への備えは任期初日から取り組まなければならない重要課題の一つとなる。しかし、表立って政府としての対応を明らかにすることはないだろう」との見解が有識者の間で一致していた。台湾に関する問題は大統領選ではどちらの陣営も触れたくない機微なものでありながら、激化する米中対立の狭間で、両陣営共にその問題の所在と重要性を認識していたはずである。

その予測通りに新政権の台湾有事に対する認識、とりわけ台湾有事発生時に在韓米軍のアセットが軍事作戦に参加することを可能にする、いわゆる「在韓米軍の戦略的柔軟性」の問題と、(必ず来るだろうと想定される)米国からの支援要請に対して「韓国がどのような貢献策を提示するか」について、尹錫悦政権だけでなく韓国のメディアあるいは論壇でも議論が殆どなされていない。常識的に考えれば、対中関係の観点から現政権が正面を切って議論できないことは容易に想像可能だ。こうした中、昨年9月に尹大統領はCNNによるインタビューに応じた際に、台湾問題に対しての韓国の対応について問われると、「北朝鮮の脅威に対してまずは取り組まなければならない(We must deal with the North Korean threat first)」と答え、台湾有事への対応に関する具体的な言及を避けたのである1

2. 韓国有識者・実務家による言及

数としては少ないながらも、韓国の有識者や実務家から台湾有事に関する発言は存在する。例えば、韓国の情報機関である国家情報院傘下の国家安保戦略研究院のパク・ビョングァン責任研究委員は、現状の米中対立について分析を行った上で、台湾有事について①台湾危機発生時には韓半島への波及効果に関する多角的分析が必要であること、②台湾問題に関する外交的基本原則の一貫性を維持すること、③台湾問題関連の軍事衝突など最悪の状況に備える必要があること、④韓国の外交力増大の機会として台湾問題を活用することの4点について言及している2。その中で、「台湾海峡危機の本質は『一つの中国』政策が揺れるという危機感が増大し、関連国家間の信頼が足りないこと」が原因にあるとして、「韓国主導の下、台湾海峡危機管理と衝突防止をための『行動綱領(code of conduct)』の作成を考慮する必要がある」と主張した。さらに、「台湾海峡危機管理のためには、両岸間または第三国と両岸を含む多国間対話が回復しなければならず、韓国を含む国際社会が両岸の対話・交流の場と動機を提供することについて考慮する必要がある」とした。続けて具体例を挙げ、「(済州島所在のシンクタンクである)済州平和研究院が中心となって、「平和の島」というイメージを強調する済州において、韓・米・中、韓・米・台、韓・米・中・台の形式で優先して実施可能なレベルの多国間対話を推進し、相互に『台湾海峡の中間線を侵犯しない』という内容の行動綱領を基本目標として追求することを考慮する」とまで提案している(注:日本は入っていない)。

現役の韓国軍佐官も台湾有事に関する論考を発表している。202111月に、韓国海軍未来戦略研究団のジョン・ヌン海軍中佐(当時)は米中関係の悪化について概観した上で、台湾海峡の緊張状態が韓国海軍に与えるインプリケーションとして、以下の4点について指摘している(以下、筆者による抜粋・要約)3

①海上交通路の円滑な確保
台湾海峡は東シナ海と南シナ海を結ぶ海峡だ。韓国は原油、石炭、天然ガスなど大部分の資源を中東およびアジア地域から輸入している。台湾海峡で有事が発生すれば、対外海上貿易に絶対的に依存している韓国は、そのエネルギー安保について致命的な影響を受けかねない。このような状況で、韓国海軍は円滑な海上交通路確保のために核心的な役割を果たさなければならないだろう。

②韓半島(注:本文ママ、以下同様)周辺海域での類似状況に対する備え
中国は韓半島西南海海域で海軍および空軍の活動を増加させている。台湾海峡での緊張が高まる状況と類似した状況が韓半島周辺でも十分に発生しうる。これに対して韓国は台湾海峡情勢の経過を注視し、反面教師として韓半島周辺海域での類似した状況の発生に備えた国防政策の方向性および作戦概念を発展させなければならない。

③米国の同盟国としての責任に関する要求とそれに対する備え
米国は台湾海峡情勢を通じた対中抑止力向上のために、多くの同盟国と協力している。このような状況で、米国が同盟国としての韓国に対中国抑止への参加を求めるのは自然な成り行きかもしれない。これに対して韓国軍は(韓国政府の)政策的決定を考慮し、どの水準でどのように(対中国抑止に)参加すべきか事前に考慮することと準備が必要だ。

④台湾有事における(現地)居留民の安全確保
台湾には約6,000人の居留民と2,800人の留学生が居住している(注:本文ママ)。中国は台湾に対して武力行使も辞さないという意志を示している。このような不安定な状況で、有事の際、台湾に居住している韓国国民の安全を確保し、必要に応じて本国に撤収させることは韓国軍の義務だ。台湾に居住している居留民の多さを考慮すれば、海上輸送の可能性が高い。海軍は民間船舶を護送、あるいは直接輸送することも可能だ。このような状況に備えた関連機関との協力のためのマニュアルおよび準備が必要だ。

現政権内から台湾有事に関して具体的な発言は聞こえてはこないものの、政権発足前に組織された尹大統領当選人(当時)の韓米&韓日政策協議団メンバーを務めたソウル大学のパク・チョルヒ教授は、ソウル新聞に寄稿したコラムの中で台湾有事について以下のように主張している(以下、筆者による抜粋・要約)4

①台湾海峡の平和と安定は韓国にとって非常に重要。韓国は海上貿易が貿易全体の92%を占める国であり、全世界のコンテナ船の40%が台湾海峡を通過する。(台湾海峡は)韓国経済の生命線に他ならない。

②中国が台湾を威嚇する時、北朝鮮と連動作戦を展開し、韓半島でも同時に有事となれば北東アジア全体が動揺する。

③もし台湾が中国の影響圏に入れば、太平洋の安全保障環境は激しく変化しかねない。中国の潜水艦と艦艇が国連軍司令部の後方基地が置かれている日本という(韓国にとっての)後ろ盾を叩くのはもちろん、韓半島に向けた海上路を封鎖できる可能性も出てくる。

④韓国軍の直接派兵と参戦は現実的ではない。しかし、日本が韓半島有事の際、後方基地としての役割と軍需支援を提供するように、韓国も後方地域として軍需支援を行うことは米国の同盟国として避けがたいだろう。

⑤残った選択肢は選択的関与・不関与(selective engagement/disengagement)であり、(それは同時に)それによって対北朝鮮抑止力が損なわれてはならないという原則が守られなければならない。

⑥在韓米軍の戦略的柔軟性も限定的に認めるのが現実的だろう。

⑦在韓米空軍の活動領域は広く台湾地域をカバーできる。我々が(在韓米空軍の出撃を)阻止する権限も手段も殆どない。ただ、在韓米陸軍(の部隊)を(台湾有事において朝鮮半島の外に)柔軟に配置することには慎重であるよう(米国に)要求することができる。

⑧このような選択肢は一つの代替案に過ぎない。これから戦略的思考の枠組みを整えていく努力が必要だ。

政権に最も近いブレーンの一人であるパク教授のこうした指摘は、2年前の拙稿5でも紹介した現在の国家安保室長であるキム・ソンハン氏(当時高麗大学教授)が言及した「日韓の海上輸送路保護のため、米国のリーダーシップに基づく日韓協力の重要性6」という指摘にも重なる。したがって、パク教授による上記の指摘は政権内部の台湾有事に対する考え方の骨格に最も近いものだと考えられる。その上で、パク教授も具体的には言及していない「選択的関与」の内容として想定されるオプションは、安全な海上輸送路確保のための多国間軍事オペレーションへの艦艇・潜水艦・哨戒機などによる限定的な貢献だと考えられ、それが内々に想定されているものと考えられる。


1 [Transcript] Fareed Zakaria GPS, CNN, September 25, 2022
https://transcripts.cnn.com/show/fzgps/date/2022-09-25/segment/01

2 パク・ビョングァン「台湾問題をめぐる軍事的衝突可能性と我々の対応方向」『INSS戦略報告 No.187』国家安保戦略研究院、202211月、pp.11-13
https://www.inss.re.kr/upload/bbs/BBSA05/202211/F20221108132202776.pdf

3 ジョン・ヌン「両岸葛藤の高まりが韓国海軍に与える影響」『KIMS Periscope 254号』韓国海洋戦略研究所、20211111
https://kims.or.kr/issubrief/kims-periscope/peri254/

4 [パク・チョルヒのグローバルウォッチ] 台湾問題は対岸の火事ではない/ソウル大学国際学研究所長」『ソウル新聞』20221218
https://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20221219027014

5 伊藤弘太郎「台湾有事と韓国〜米国の思惑に対する韓国の警戒感〜」『北東アジア情勢研究会コメンタリー(1)』中曽根平和研究所、202192
https://npi.or.jp/research/2021/09/02113958.html

6 「韓半島が米中対決の弱点にならないようにしなければ(2)」『中央日報(日本語版)』2021816
https://japanese.joins.com/JArticle/280759