コラム 国際交流 2023.03.28
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
勢い良く進化する人工知能(AI)が様々な分野で試用される一方で、新たな課題が数多く浮上している。
既にChatGPT-4やStable Diffusionを試用した方もいると思う。筆者もごく短い時間だが試用して新技術の凄さに驚いている。だが、素人の目には“スゴイ!”と映ったとしても、専門家は多くの課題に気付き、完全な実用化は未だ難しいと考えているらしい。
米国think tank (Center for a New American Security (CNAS))のポール・シャーレ氏の本(Four Battlegrounds: Power in the Age of Artificial Intelligence, February 2023)はAI技術と国際政治を絡め、鋭い視点を我々に与えてくれる。AI技術に関し、彼は①データ、②電子機器、③人材、④制度・組織の4分野での激しい国際競争を予想している。そして冒頭、中露首脳の言葉を引用して、西側諸国に警告している。即ちプーチン大統領の2017年9月の言葉と習近平主席の2021年5月の言葉だ。
露大統領は「AIはロシアだけでなく将来の人類全体のものだ。… 誰であってもAI分野のリーダーが世界の支配者となるであろう(Искусственный интеллект - это будущее не только России, это будущее всего человечества. . . . Тот, кто станет лидером в этой сфере, будет властелином мира)」と語り、習近平主席は「科学技術が国際戦略上の主戦場となるであろう(科技创新成为国际战略博弈的主要战场)」と語った。
シャーレ氏は、AIの発展は開発国と利用国によって推進されると語っている。日本がAI分野で生きる道は、開発よりも寧ろ諸外国よりも“巧み”にAIを利用する方向に進むと思っている。その理由は、データ、電子機器、人材・国際研究ネットワーク、そして国内研究制度の組織力・資金力を考えると、開発能力に関し、残念ながら米中両国に到底対抗出来ないからだ。
だが、日本の中には優秀な若手が多数いる。従って彼等が海外で開発されたAI技術を巧みに学習・利用する“仕組み”を創れば、日本はAI活用の先進国として経済社会の再活性化が叶うのでは、と考えている。
小誌前号で米国国防総省(DoD)が発表したAIによる戦闘機無人操作実験(ACE program)に関する資料に言及した。素晴らしい実験だが、“実戦”となると未だ難しいらしい。幾つかの課題の中で筆者が関心を持ったのは、敵側にcyber攻撃でAIがハイジャックされ、“味方”戦闘機が突然“敵”戦闘機に転じる危険性の存在だ。そして今、小誌昨年7月号で触れた映画Top Gun Maverickの中で、無人戦闘機の出現に関し、主人公を演じるトム・クルーズが語った“Maybe so, sir. But not today”という台詞を思い出している。
AIを使用した翻訳の発達も素晴らしい。海外旅行時や日常の簡単な会話に関しては、殆ど問題無い水準に到達している。だが、同時通訳や知的会話になると問題山積だ。例えば映画の字幕の翻訳だ。文化的に異なる社会の間で、瞬間的に理解出来るように短い言葉で言い換えるのは難しい。筆者が最も気に入っている邦訳は、Casablancaの台詞「君の瞳に乾杯(Here's looking at you, kid)」で、これは見事と言うしかない。こういう洒落た翻訳が果たしてAIで可能になるであろうか。
昨年12月、パリで友人達と乾杯した時も翻訳の難しさに関して楽しく意見交換をした。知人は「ソシュールの言語論(Cours de linguistique générale)も読まないで翻訳のalgorithmを考えている」と言った。筆者は「そんな難しい本を出さなくても…」と言い、ブローデルの同じ本の題名が言語で異なる事を伝えた—(仏)La dynamique du capitalisme, (英)Afterthoughts on Material Civilization and Capitalism, (日)『歴史入門』。即ちAIが使用するデータに名訳・意訳・直訳・迷訳・誤訳があるため、AIによる翻訳を鵜呑みに出来ないのだ。そしてケインズ大先生のGeneral Theoryが最初に翻訳されたのは独語版だが、当時はNazi政権下であり、訳者(Fritz Waeger)が、厳しい検閲を気にして、また新理論故に意訳・誤訳したため、大先生はNazi礼讃的と見做され、不幸にも非難された事を話した。
これに関してノーベル経済学賞受賞者のアカロフ、シラー両教授の本Phishing for Phoolsを『不道徳な見えざる手』と邦訳したのは見事だ! また前述のTop Gun Maverickの字幕を邦訳した戸田奈津子氏の話に笑ってしまった。彼女は前作(Top Gun)でパイロット用語に関して大変苦労したと語り、今回は専門家、永岩俊道元空将の助言を受け、「万全を期したので、今回は絶対に誰からも文句言われないくらい、そのあたりは完璧にできている」と語った(小学館『@DIME』2022年12月)。筆者は字幕が全てAIで翻訳されると“味気無く”なるのでは、と考えている。
中露首脳による小論を読むと、米国の対中不信は消えず、残念だがglobalizationが分岐化して経済は低迷しそうだ(p. 4の表参照)。
小誌前号の「編集後記」で『論語』の「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」を記した。プーチン大統領も、習近平主席をモスクワに迎えるに当たって3月19日に発表した小論の中で、「有朋自遠方來、不亦樂乎(Разве это не радость, когда издалека приезжает друг!)」と記しているではないか!! また習近平主席が20日に発表した小論を読むと、大統領を含むロシア国民なら感激するような言葉がちりばめられている。例えば「困難な時こそ真の友情が分かる(患难见真情; друзья познаются в беде; 英語の諺ならa friend in need is a friend indeed)」と語って、共に「新たな展望に向かい新たな計画と手段を(新愿景、新蓝图、新举措; новые планы и меры во имя открытия новых перспектив)」と述べた。
上記の両小論文を読み、中露と日米欧の対立は当分続くと感じ、中露の友人達と楽しく議論する時は遠い先、と悲しんでいる。
中国の将来を展望する事は非常に難しい。これに関して日米欧亜の友人達と引き続き情報と意見の交換を続けている。
弊所で講演をした事のある元米副大統領副補佐官でプリンストン大学のアーロン・フリードバーグ教授は、近著Getting China Wrongの中で、習近平主席がレーニン主義者(Leninist/列宁主义者)だと語り、レーニンが1917年に語った言葉を引用した—「銃剣を持って探れ、それが鋼鉄に触れたら、そこで止まるのだ(Проверь штыком; если почувствуешь сталь, то остановись)」、と。即ち中国共産党は、自らの銃剣(軍隊)から見れば、現在の米国は鋼鉄(сталь/スターリ)ではないと判断しているのだ。従って、“軍民融合”を通じて人民解放軍(PLA)を世界一流の軍隊に発展させ、Global Civilization Initiative (GCI)(全球文明倡议)を進めようとしている。こうした中、日本はde-escalation策を探り出す必要に迫られているのだ。