自衛隊には弾薬の備蓄が2カ月分しかないと報道されるなど、日本の「継戦能力」が問題視されるようになった。このような事態を改善すべく、防衛費は倍増されてGDP(国内総生産)の2%となったことはよく知られている。その一方で、武器弾薬だけあっても、戦争は継続できない。エネルギーや物資の補給がなければ日本は干上がってしまう。
米国戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書が話題になった。台湾有事のシミュレーションで、中国が台湾へ上陸作戦を仕掛け、武力統一を図るというものだ。米国と日本が戦争に巻き込まれ、双方ともに多大な損害を出すが、中国の台湾上陸部隊の艦船を米国がことごとく沈めることによって、中国は台湾の占領には失敗する、という。
だがこのシミュレーションは最初の1カ月だけが対象である。これが泥沼化して長期化するかもしれない。
あるいは、米国が介入をためらって中国は台湾併合に成功するかもしれない。
さらには、中国は台湾への政治工作に成功し、台湾政府が中国への「自主的な」併合を表明する可能性だってある。このような平和裏の併合こそ、中国が最も望んでいる形であろう。
武力を伴うか伴わないか、このいずれにせよ、台湾が中国の勢力圏にひとたび入るとどうなるか。
中国は太平洋へのアクセスを強め、日本のシーレーンを脅かすようになることは間違いない。
そうすると、中国は日本の輸送船を攻撃できるようになる。潜水艦に何隻か輸送船を沈められると、保険料は莫大になり、海上輸送が大幅に減少するような事態がありうる。これは事実上の海上封鎖になる。完全な海上封鎖でなくても、経済活動には大きな影響を与えうる。
もし1カ月で屈服する程度の備えしか日本になければ、中国は実際に日本への海上封鎖を試みるかもしれない。そうではなく、海上封鎖されても1年は戦い続けることができるようになっていれば、中国はためらうだろう。
戦争というものは、敵に勝てると思わせてはいけない。簡単に勝てると思ったら、戦争を仕掛けられてしまう。「日本は手強い、そう簡単には屈服しない」と思わせておかねばならない。
継戦能力の確保において、武器弾薬に次いで重要なのは、エネルギーの供給だ。日本の現状はどうなっているか。
政府の資料によると、日本のエネルギーの在庫水準は図1のようになっている。
【図1】出所:資源エネルギー庁(2017年3月末時点の数字)
石油は官民合わせて200日の備蓄があり、在庫もあわせるとこれ以上の日数になる。液化石油ガス(LPG)も100日分の在庫がある。だが石炭は1カ月程度、液化天然ガス(LNG)は1週間ないし2週間程度しかない。
【図2】出所:資源エネルギー庁
備蓄については、「量は十分なのか」「増やす方法はないのか」「攻撃に対する備えを強化できないか」という3つの点で検討が必要だ。
石炭は、これまでは、コスト低減の観点から、在庫が極力少なくなるようなオペレーションになっていた。石炭は長期貯蔵すると自然発火することもあるので技術的な検討は必要だが、数カ月分を蓄えておくことはできるのではないか。
LNGは、極低温の液体であるため、断熱性の高い容器に貯蔵していても、蒸発による損失はどうしても避けられない。したがって長期保存には向かない。だが一定のコストを受容するならば、もう少し備蓄量を増やすことができるかもしれない。
化石燃料とは対照的に、原子力発電はひとたび燃料を装荷すれば通常は1年、非常時であれば3年ぐらいは発電を続けることができる。さらには、原子燃料の形で備蓄をすれば、それよりも長く発電を続けることができる。海上封鎖に対する回答として、原子力は最も魅力的である。
攻撃に対する防御という点で言えば、いま日本の防御はいびつな形になっている。原子力発電所だけがテロ対策を強化されていて、そのための稼働停止までしている。
だが実際には、原子力への攻撃は最もハードルが高い。石油の備蓄施設、石油・ガス・石炭の火力発電所などは、簡易な携帯型の兵器やドローンなどでも破壊できてしまう。原子力だけ一点集中のテロ対策は意味がない。
要するに「エネルギー継戦能力」の向上のために必要なことは以下3点だ。
ウクライナでは、ロシアが発電所や変電所などの電力インフラを攻撃している。このため全土で電力供給に支障が出ているという。
だがその一方では復旧作業も進められ、ウクライナは屈服することなく戦争を継続している。どのような攻撃がありうるのか、いかにそれに対応するのか、この戦争から日本が学ぶべきことは多いだろう。
エネルギー継戦能力以上に重要なのは、「食料継戦能力」であるが、これはエネルギー継戦能力と密接に関係する。
なぜなら、現代の食料供給には、莫大なエネルギーを使うからだ。
図3は、1カロリーの摂取のために、10カロリーの化石燃料が投入されていることを示すものだ。米国の計算例なのでエネルギーの単位は見慣れないものだけれども、だいたいの傾向は日本でも同じだ。
【図3】出所:米ミシガン大学
温室効果ガス排出でみても、世界の排出の3分の1は食料関連だと言われている。ということは、エネルギー消費でみても、3分の1程度は食料関連ということであろう。
なぜそんなに多くのエネルギーが必要かというと、家庭での冷蔵・冷凍・調理などに加えて、食品の加工、輸送、冷蔵、冷凍がある。農作物の生産のためにも、トラクターなどの農業機械を動かす石油が必要であり、肥料や農薬の製造にも天然ガスなどを多用する。
こうしてみると、普段我々が食べているのは、エネルギーの塊である。
食料自給率という指標があり、これを高めることが食料安全保障上重要だという意見がある。だが実は、この食料自給率は、エネルギーがふんだんに使えることを前提としたものなので、エネルギーの有事には全く意味がなくなる。
海上輸送が滞ってエネルギーが極端に不足したときに、それでも餓死者を出さないためにはどうするか?
エネルギーが欠乏して真っ先に起こることは、大都市への食糧の輸送が滞り、大都市が飢餓状態になることだろう。
大都市から脱出してこれを乗り切ったとしても、食料備蓄を食べつくせばどうするか。農作物をつくらねばならないが、そのときの肥料、農薬、農業機械の動力をどうするか?
検討しなければならないことは多岐にわたる。
まずは食料備蓄である。いまコメの政府備蓄量は100万トンである。年間消費量700万トンだから2カ月分もない。これではあまりにも少ない。コメでも他の食料でもよいので、もっと長期にわたる備蓄が必要なのではないか。
次いで肥料と農薬である。肥料は経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に指定され、備蓄が着手されたが、まだ種類も量も少ない。
そして最も根本的なことは、エネルギー欠乏時の食料供給体制とはどのようなものか、そのシナリオを検討しておくことである。平時のようなエネルギー依存型の食料供給ではそもそも継続不可能であるし、貴重なエネルギーは、軍事作戦のためにこそ使用されることになるだろう。
まずはコメなどの備蓄を取り崩す。その間に、エネルギー投入が少なくて済み、しかも収穫量の多い作物を植える。これはサツマイモやジャガイモなどだろうか。
そのための肥料、農薬、それに作物によってはタネも備蓄が必要かもしれない。冷凍・冷蔵やトラックなどはほとんど使えない。ならば国民は全国に散らばり、自給自足に近い形で、作物を育て食べる。最小限の燃料は薪を使う。
このようにして、たとえ完全に海上封鎖されたとしても、1年ないしそれ以上、飢えることがないようにしなければならない。持ちこたえていれば、国際的な非難が侵略者に対して高まり、米国などから援軍もやってくるだろう。
そうではなく、1カ月で飢餓がはじまり、日本が屈服するようではいけない。そのような脆弱性を見せれば、敵は実際に海上封鎖をするかもしれない。
1カ月で日本を屈服させることができるなら、ロシアのクリミア併合時のように、世界はそれを既成事実とみなしてしまい、侵略者は「すぐに国際社会に復帰できる」と読むかもしれない。
ロシアがウクライナに侵攻したのは、首都キーウを攻撃すればすぐにウクライナが屈服すると読んだからだ。中国に「日本は弱い、輸送船をいくらか沈めてしまえばすぐ屈服する」と思わせてはいけない。日本はエネルギー・食料の継戦能力を確保し、それを中国に見せつけておかねばならない。
平和のためにこそ、戦争への十分な備えが必要なのだ。