韓国の外交安全保障政策の根幹を成す米韓同盟。米国による拡大抑止力はその同盟の礎であり、その実効性を高めることに尹錫悦政権は尽力してきた。昨年だけでもこれまでにない成果を得たと言えるが、さらなる抑止力を得ることに余念がない。
昨年9月16日、4年8カ月ぶりに開催された第4回米韓外交・国防次官級拡大抑止戦略協議体(EDSCG:Extended Deterrence Strategy and Consultation Group)会合では、北朝鮮の軍事的脅威への対応に、いわゆる「DIME」と呼ばれる外交、情報、軍事、経済などの手段を使う両国の意志が確認された。さらに、米国から韓国に提供される拡大抑止力に、従来からの核・通常兵器・ミサイル防衛能力だけでなく、宇宙・サイバー・電磁波といった軍事力を構成するあらゆる領域における能力が含まれることになった。同時に、文在寅(ムン・ジェイン)政権期に途絶えてしまった同協議体が毎年開催されることになったのである。
これより1カ月遡ること8月16日には、両国の次官補級が参加する第13回米韓拡大抑止戦略委員会(DSC :Deterrence Strategy Committee)において、2013年10月の第45回米韓安保協議会(SCM:Security Consultative Meeting)で作られた「米韓テーラーメイド型抑止戦略」の改定が決まっていた。同戦略は「北朝鮮指導部の特性と北の核・WMD脅威等を考慮して、朝鮮半島の状況に合うように最適化した韓米共同の対北抑止戦略」を指す。その後10月に両国の軍トップが出席した第47回米韓軍事委員会会議(MCM:Military Committee Meeting)を経て、11月に両国国防長官が出席した第54回SCMにおいて、従来から記述されてきた「核、在来式、ミサイル防衛能力」に加えて、「先進的な非核能力(Advanced Non-nuclear Capabilities)など」を含む「すべてのカテゴリーの軍事能力を運用し、韓国に拡大抑止を提供するという米国の確固たる公約」が再確認された。これにより米韓両国は、米国による拡大抑止力提供の意思をより具体化させることとなった。また、抑止戦略の詳細な手段については、今秋開かれるSCM前に改定作業を終えるようDSCに求める方針に合意したのである。
本会合に前後して、米韓両軍の間ではさまざまな軍種・職種間の人的・物的な交流・協力が行われた。人的な動きとしては、8月18日には米サイバー司令部のナカソネ司令官が訪韓。より高度化する北朝鮮のサイバー攻撃に対応するため、米韓のサイバー司令部間で「米韓間のサイバー作戦分野の協力と発展に向けた了解覚書(MOU)」が締結された。10月22日には韓国のキム合同参謀本部議長が米戦略軍司令部と宇宙軍司令部を訪問。リチャード米戦略軍司令官との会談では、同司令官が「有事の際には米国がすべての拡大抑止能力を韓国に提供すること」を約束した。
12月5日には、米戦略軍司令部企画政策部(J5)部長のアンソニー海軍少将が韓国合同参謀本部を訪問。米国による拡大抑止力の履行案について具体的な議論が行われた。
軍事アセットを巡る動きとしては、7月11日から14日に米韓両空軍は初めてお互いが保有するF—35A戦闘機での訓練を実施した。文在寅政権期は北への配慮から自軍のF—35Aによる訓練さえも公にしてこなかった経緯がある。また、米インド太平洋軍によれば、12月9日に2週間実施された米海軍特殊部隊Navy SEALsと韓国海軍特殊部隊による合同訓練が終了し、その模様を撮影した画像が公開された。さらに、12月14日には在韓米軍内に在韓米宇宙軍が創設された。北のミサイル監視などの任務を主に担い、在韓米軍司令官に情報を提供するとされる。北朝鮮の度重なる長短織り交ぜた射程の弾道ミサイル等の発射や戦術核配置といった脅威レベルの著しい上昇を受けて、米韓は従来型の爆撃機などの戦略アセットの展開だけでなく、宇宙・サイバーそして特殊戦に至るより重層的な同盟関係の強化を積極的にアピールしている。
1978年7月に開催された第11回SCMにおいて、初めて米国が韓国への「核の傘の提供」を約束して以来、今回最も明確に米国の意志が示されたことを受け、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の大統領選公約の一つであった「EDSCGを実質的に稼働させ、戦略資産展開のための韓米共助システムを構築し、かつ定例演習を強化する」ことが実現された。本年1月11日に国防部が尹大統領に対して行った業務報告で配布された資料「力による平和具現—2023年重要業務推進計画—」(1)には、冒頭の「推進成果と評価」で「米国の拡大抑止実行力提供」が成果として挙げられている。
韓国内ではこのような成果に対して肯定的な評価がある一方で、依然として「米国の拡大抑止力だけに頼ること」への疑念、あるいは「米国からの拡大抑止力が提供されない場合への備えが必要だ」とする警戒感が根深いようだ。特に政府の外(国会や学界)では核をめぐる議論も白熱している。例えば、現政権の外交安保ブレーン陣に影響力を持つとされる元統一部長官の玄仁澤(ヒョン・インテク)高麗大教授は、昨年11月に開催されたセミナーにおいて「北朝鮮の核開発が臨界点を越えて完全な非核化はほとんど実現不可能な目標になった」と主張、「対話と制裁という既存手段の効用が尽きただけに完璧な核抑止が最上の目標」として、「米国の核資産であれ独自の手段であれ疑うことのない確実な核抑止力を持たなければならない」と発言したとされる(2)。また、昨年の大統領選与党候補・李在明(イ・ジェミョン)氏の外交ブレーンを務めた魏聖洛(ウィ・ソンラク)元駐露大使も『中央日報』のインタビューに対して「NATO式核共有まで高めるべき」と答えている。こうした中、前述の年頭業務報告の席上、尹大統領は「より問題が深刻になって、ここ大韓民国に戦術核配置をしたり、われわれ自身が独自の核を保有することもできる(3)」と発言。これに対してバイデン政権高官は朝鮮半島の非核化は不変だと反応した。
このような米韓間の「核」を巡る動きはわが国や他の同盟国にとっても他人事ではない。1953年7月に朝鮮戦争が停戦し、8月に米韓相互防衛条約が締結されて70年目となる本年は、米韓だけでなく日米・米豪といった他の同盟を含む、米国による拡大抑止力を巡る地域レベルでの調整が必要となる重要な節目の年になるだろう。