メディア掲載  エネルギー・環境  2023.03.02

GX実行計画 産業界で広く議論すべき

日本製造2030(3)

日刊工業新聞(2023年2月1日)に掲載

エネルギー・環境

岸田文雄首相肝いりで政府はGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行計画の策定を進めている。「脱炭素」技術のイノベーションを促し、「経済成長と環境対策を両立させる」ために「規制と投資を一体として推進」することで、官民合わせて10年間で約150兆円の投資を実現する、という巨大な計画である。その原資の一部としては、国債として「GX移行債」(通称、環境債)を20兆円発行し、将来は環境税や排出量取引制度などの「カーボンプライシング」で償還するとしている。


官邸主導、3カ月で立案

GX実行会議」は20221222日、「GX実現に向けた基本方針」をまとめパブリックコメント(意見公募)を募集した。政府はこれを踏まえ、通常国会に関連法案を提出する予定だ。

この政府案は、昨年末のわずか3カ月程の短期間に、官邸主導のGX実行会議という少人数の有識者会議でまとめられた。しかし審議会などの公開の場での議論はほとんどなかった。従って本格的な議論はまだこれからしなければならない。

関連法案では「安定・安価なエネルギー供給が最優先課題」とし、「原子力の最大限活用」を掲げた。

原子力については、政府はこれまで「可能な限り依存度を低減する」としてきたから、これは大きな転換だ。同戦略では、原子力の再稼働、リプレース、運転期間の40年以上への延長、次世代革新炉の開発、建設などが列挙されている。核融合についても、本文に記述はないが、添付された参考資料には原型炉の建設などが記載されている。

現実的にみて、安定的で安価な電力供給を実現してきたゼロカーボン電源はこれまで原子力しかなかったし、今後もこれも変わらない。政府の戦略として原子力の推進がはっきり謳われたことは重要な一歩だった。

高コスト技術並ぶ 10年で150兆円巨大投資

だがその一方で、GX投資は「10年間で150兆円を超える」としている。これは年間15兆円だから、実に国内総生産(GDP)の3%である。防衛費よりも巨額の費用の話になっている。

そして、中身を見ると「再生可能エネルギーを大量導入する」(約31兆円から)、「水素・アンモニアを作り利用する」(約7兆円から)、などとなっている(図1)。

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これらは既存技術に比べて大幅に高コストだ。政府はこれを丸抱えで進める構えだ。規制によって導入を進める一方で、研究開発、社会実装を補助し、既存技術との価格差の補塡(ほてん)までする、としている。

だがこれでは経済成長など望めない。経産省系の研究機関である地球環境産業技術研究機構(RITE)の試算によると、30年に二酸化炭素(CO2)を46%削減するためのGDP損失は30兆円に上るとされている。「GX投資」をいくら増やしても、そのコスト負担のために最終消費が減り、輸出が減少するためだ(図2)。

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政府が「脱炭素と経済の両立」ないし「グリーン成長」と言い始めたのは09年の民主党政権にさかのぼる。当時の目玉は、太陽光発電の大量導入だった。だが、その帰結として、いま年間3兆円の再エネ賦課金の国民負担が発生し、「経済の重荷」になっている。今の政府案は、これを何倍にもして再現するものに見える。

政府はまた投資に充てるため20兆円の「GX経済移行債」を発行する。これを新設の「GX経済移行推進機構」が運営する「カーボンプライシング」制度で償還するとしている。

カーボンプライシングとは、エネルギーへの賦課金とCO2排出量取引制度で、実質的にはエネルギーへの累積20兆円の増税だ。これはエネルギー対策特別会計で区分して経理するという。

だが、これはそもそも論理的におかしい。政府は新しい制度が経済成長に資すると言うが、ならば法人税や所得税などによる一般財源の増収があるはずで、それで償還できるはずだ。これは建設国債と全く同じ話である。新たな償還財源など要らないはずだ。

そして累積20兆円もの規模で特別会計を増やし、その運営のための外郭団体である「機構」を設立するというのは問題だ。行政の本能として、この機構を維持・拡大しようとするようになる恐れがある。そのためにカーボンプライシングが強化されるという本末顛倒になるのではないか。これも「経済の足かせ」になる。

排出量取引制度は欧州が先行したが、失敗の連続だった。排出権割当ての制度変更が延々と続き、価格は暴騰と暴落を繰り返し、経済は混乱した。なぜ、このような失敗が約束されているような制度を日本が追随して実施するのか。

もちろん技術開発には民間だけではできないことがあるので、基礎研究の推進など、政府には一定の役割がある。けれども、現行の政府案では、一連の新しい制度を通じて、政府はエネルギーの生産・消費に関連する投資に、ことごとく関与するようだ。だが、何に投資するか政府が決めるというのは計画経済であり、経済成長は望めない。

50年脱炭素」現実路線へ転換

そもそも世界は本当に脱炭素に向かっているのだろうか。諸国政府は50年までに脱炭素と宣言しているが、現実とはかなりへだたりがある。

日本エネルギー経済研究所による「IEEJ アウトルック 2023」では図3にあるように、以下の二つのシナリオが提示された。①過去の趨勢的な変化が継続する「レファレンスシナリオ」②エネルギー・環境技術の導入が強化される「技術進展シナリオ」である。

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レファレンスシナリオでは世界のCO2排出は減少しないし、技術進展シナリオでも 「2050年の世界カーボンニュートラル実現には程遠い」とはっきり書いてある。これが現実に近いのではないか。なおこの技術進展シナリオも決して容易ではない。世界全体で水素利用やCO2回収・貯留(CCS)が大幅に進むと想定しているもので、実現はかなり難しい。

ロシア・中国対先進7カ国(G7)の新冷戦が始まり、世界の政治・経済の見通しが極めて不透明な中で、莫大なコスト負担を伴う形で極端な脱炭素を目指すGX基本方針案を法制化し、日本の脱炭素・エネルギー政策を固定化することは危険なのではないか。日本は安全保障と経済を重視し、脱炭素に関しては、原子力を推める一方で省エネや電化を低コストな範囲で実施するといった、現実路線に舵を切るべきではないか。

以上のように、政府案には、巨額の国民の財産が関わっており、重大な問題が山積している。いま政府案に基づいて、多くの事業者が補助金を受け取ろうとし、政府担当者は予算を増やそうとしている。そうすると一連の制度設計について、必ずしも賛同していなくても、表立った異議の声は上げづらく、実際に、ほとんど聞こえてこない。

だが皆が目先の個別の利益ばかりを考えるだけではいけない。国全体としてのエネルギー需給および経済の将来について、本当にこの制度設計で良いのか、諸産業も国民も真剣に検討すべきだ。月末に始まる通常国会はもとより、公開の場で大いに議論すべきだ。そして今後のエネルギー政策を硬直化させかねない制度である「機構」「カーボンプライシング」「GX経済移行債」などは、今国会での法案化は止めるべきではないか。

なお基本方針には「GX 投資の進捗(しんちょく)状況、グローバルな動向や経済への影響なども踏まえ見直しを効果的に行う、その旨を法案に明記する」としている。このチェック機能については確実に制度化すべきである。