コラム  国際交流  2023.02.06

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第166号 (2023年2月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

年初からglobalizationが一段と分岐化(bifurcated)し、更には混沌化(caotic)の様相を呈し始めている。

先月下旬、ラヴロフ露外相は南アフリカに飛んで、BRICSによる“多国間主義に基づく秩序の形成(формированию мироустройства на принципах многополярности)”を強調した。また習近平主席は先月24日にアルゼンチンで開催されたラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)サミットにビデオ出演して、関係強化を力説した。そして今、アルゼンチンのウシュアイアに中国解放軍(PLAN)の艦隊のため軍港建設を推進するよう、中国が働きかけている事が様々な形で報道されている。

こうした中、国際通貨基金(IMF)は報告書を公表し、地経学的分断化(geoeconomic fragmentation (GEF))が経済に悪影響を与える事を示し、同時に世界経済システムに関する1995年以降の変化が一瞥出来る図を掲載した(“Geoeconomic Fragmentation and the Future of Multilateralism,” p. 4の図1参照)。同図は我が日本の相対的衰退を“見事な程”に示しており、残念で仕方がない。優秀な若者達の活躍を祈ると同時に、彼等の努力に水を差す事なく微力ながらサポートする事こそ、筆者の役割だと考えている。

先月下旬、ハーバード大学ケネディ行政大学院(HKS)のジェイ・ローゼンガード氏が3年ぶりに来日した。その機会を利用し、日本銀行国際局長を務めた福本智之大阪経済大学教授と共に東京神楽坂で会食を楽しんだ。また弊所で“Oh United States Economy, Whither Thou Goest? (嗚呼 米国経済、汝は何処へ?)”と題する会議を行い、それをビデオ収録した。

現在問題となっている米国の物価高の要因に関し、①需要側、②供給側、③需給双方という議論がなされている。それについてCambridgeを中心とする各論者の違いを詳述して頂いた。特に、元総長のサマーズ教授やエルメンドルフHKS学院長、そして元大統領経済諮問委員会(CEA)委員長のファーマン教授や元ロー・スクール(HLS)教授で現在上院議員のウォーレン氏の見解を聴く良い機会となった。そして福本教授に参加して頂き、内容の濃い意見交換もする事が出来た。筆者が笑った点はローゼンガード氏の見解だ。彼はコロンビア大学のスティグリッツ教授と共に本を著している(Economics of the Public Sector)が、彼の見解は共著者のスティグリッツ教授の見解と全く異なるらしいのだ。

尚、上述のビデオ収録した会合は後日、幣研究所が公開する予定だ。ご関心のある諸兄姉にご覧頂く事を願っている。

技術はまさしく日進月歩だ—だが、残念ながら技術活用と情報処理に関する人間の能力は昔と余り変わらない。

人工知能(AI)の発達は目覚ましい。特に昨年11月に公開された文章作成AI(大型言語モデルChatGPT)は様々な分野で論じられている。ハーバード大学の研究者は民主主義を危険に陥れる可能性を指摘しており、ノースウェスタン大学の研究者は学術論文の概要がChatGPTで作成される際の問題を指摘した(2の“How ChatGPT Hijacks Democracy”、“Abstracts Written by ChatGPT Fool Scientists”を参照)。そしてオックスフォード大学のサンドラ・ワッチャー教授は、ChatGPTの濫用が研究活動に悲惨な結果をもたらすかも知れないと警告している。筆者は友人達に「シェイクスピアは、“悪魔は自分の目的の為には聖書をも引用する(The devil can cite Scripture for his purpose)”と語ったが、今は悪人が自身の目的の為にChatGPTを利用して、一段と巧妙に聖書を引用するかも知れないね」と伝えた次第だ。

技術は“使い方次第”で人間社会にとって毒にも薬にもなるものだ。従って技術の効用は我々の能力次第と言える。しかも人間とAIとの関係は未だ確定していない。これに関し、ワシントン大学の天才的AI研究者であるイェジン・チョイ(최예진)教授は、「AIを身近で研究していると、様々な限界が分かる。遠くから見れば“AIは凄い”、と思えても、近くに居ると欠点が全て見える」と語っている。

AIの活用は約15年前から多くの友人達とHarvardやMIT、そしてAspen Instituteで語り合ってきた。筆者は以前のAIブームの時にexpert systemを作り、数人の専門家からお褒めの言葉を頂くと同時に、当時のAIの限界を痛感した。その後の約10年間、興味を失っていた。だが、2007年頃からCambridgeの友人達と再び議論を始めた次第だ。特に面白かったのは、画像処理に関し、AIは“隠し絵(double image)”—例えば“嫁と義母(My Wife and My Mother-In-Law)”—を如何に判断するだろうかという問題であった。

嘗て日本は“世界最先端のIT国家”を標榜し、具体策として、ICTインフラ、電子商取引、電子政府、そして人材育成の分野で強化策を実施したが、残念ながらその成果は出ないまま今日に至り、何れの分野も世界に後れをとっている。この厳しい現状を冷静に見詰め、長期的視点に立ち現実的な解決策を打ち出していかねばならない(pp. 5~6の図2、3参照)。

先月、米国の友人から質問されたが、その内容に思わず吹き出してしまった。

先月、彼が「日本は今まで寝ていたのか? ジュン」と聞いた。何を言っているのか、一瞬理解出来なかったが、その理由を知って、吹き出した。昨年末、米Wall Street Journal紙が“The Sleeping Japanese Giant Awakes (「眠れる巨人」日本が目覚める)”という表題の社説を掲載したのだ。先月11日付社説でも“日本の目覚め”に触れている。米国から眺めれば、日本は今まで“眠っていた”という見解が存在する、と悟った次第だ。我々は“油断大敵”として気を引き締め、揺れ動くglobalizationの将来を見極めなくてはならない。

Globalizationに“敏感”なシンガポールは対中経済関係を重視する一方で、先月9~13日、米国と共同軍事訓練を実施した。また同国の国立大学(NUS)は米加中独蘭豪の専門家26人を集め、優れた資料(“CPC Future”)を昨年発表した。日本の中国専門家が一人も参加していない点が残念だ—同国のサイモン・テイ氏の本(Asia Alone)を思い出しつつ、情報交換に関し“Japan Alone”とならない事を願っている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第166号 (2023年2月)