メディア掲載  エネルギー・環境  2023.02.03

有事こそ原子力が真価を発揮する、「ウクライナで原発攻撃だから脱原発」の愚

原発のテロ対策だけ強化してもリスク低減効果は乏しい

JBPressに掲載(2032年1月15日付)

エネルギー・環境

ウクライナでの戦争では原子力発電所に攻撃が仕掛けられた。これをもって「原発は危険だから脱原発すべきだ」という意見が散見された。だがこれはおかしい。原子力発電が攻撃を受けるということは、明らかにどこかの国が敵意を持って戦争を仕掛けてきた「有事」である。ならば、有事になると日本に何が起きるか、それをまず想像すべきだろう。


石油備蓄が攻撃を受け、破壊されるかもしれない

日本はエネルギーを多く輸入に頼っている。特に今なお一次エネルギー供給の約半分を占める石油はほぼ100%が輸入であり、90%以上を中東に依存している。天然ガスは中東依存は2割で輸入先の国は多様なものの、やはりほぼ全量を輸入している。石炭も全量を輸入している。

石油ショック以来、日本は石油の戦略備蓄を行っており、官民で200日分の石油が貯蔵されている。しかしそのほとんどが野外に設置されている。

例えば台湾有事ともなれば、中国は日本の最も脆弱なところから狙ってくるであろう。すると、石油備蓄タンクがテロ攻撃の対象となるかもしれない。あからさまな攻撃でなくても、誰がやったか分からない方法でエネルギーインフラを攻撃することはありうる。

ウクライナへ侵攻したロシアの国内では、今年、石油・ガスの供給のための設備で謎の爆発が相次いだと報じられている。これは単なる事故なのか、ロシア国内の敵対勢力の仕業か、ウクライナの攻撃なのか、真相はよく分かっていない。

石油備蓄への攻撃が未来の日本にも仕掛けられるかもしれない。

有事の「油断」で食糧危機になる

あわせて海上封鎖されるとなると、日本は油が絶たれ、倒れる。元国家安全保障局次長の兼原信克氏は、著書『国難に立ち向かう新国防論』で指摘している。

「台湾有事に際しては、南シナ海はおそらく激しい海戦場になっているので、日本の商船隊は、スールー海・セレベス海から西太平洋を大きく迂回することになる。この商船隊の防護を、まだ誰も考えていない。迂回は長大だから、タンカーの数が倍必要になる。しかし、タンカーが数隻攻撃を受けて撃沈されれば、乗組員のほとんどはフィリピン人だから乗船を拒否するかもしれない。シーレーンからの石油輸入が滞れば、日本の経済活動は止まる。このような事態への対応を、日本はまだ検討できていない」

エネルギーが欠乏すると食料危機も起きる。都市には食糧を運び込むことができなくなって飢餓状態になる。食料生産のためには農業機械が必要だがこの動力もなくなる。肥料と農薬は化石燃料を大量に用いて生産しているが、これもできなくなる。

かつて堺屋太一氏が書いた小説『油断』では、中東での戦争勃発で日本への石油輸入がストップし、やがて都市では食料不足によって暴動や飢餓が起きる。生々しく書かれていて、いま読んでみても実にリアルだ。

日本はこれまでエネルギー安全保障を有事の想定下で考察してこなかった。台湾有事などになれば、日本への物資輸入が止まり、石油備蓄などのインフラがテロ攻撃などを受ける可能性がある。

その際に原子力発電は有事をしのぐための重要な電力供給源になるのではないか。

「新しい燃料を装荷すれば23年は発電可能」

いま日本が保有している原子力発電所を全て再稼働し、平常運転の状態になったとしよう。

このとき、海外からの燃料輸入が途絶したら、どのぐらい発電を続けられるか。既に装荷済みの原子燃料、および装荷待ちで国内に在庫として存在する原子燃料だけで、何日分の発電が継続できるだろうか。

原子力工学を専門とする元東京工業大学の澤田哲生先生にお話を伺った。

「原子炉の場合は新しい燃料を装荷すれば、2年から3年は発電できます。では日本全体でどのぐらいもつかということですが、現状では、石油のように日数勘定はせず、各原子炉ごとに調達計画が立てられています。また、原子炉ごとの燃焼条件により異なりますので、石油と同様に『何日分』というためには推計作業が必要であり、簡単には数字は出てきません。いずれにせよ、核燃料は装荷後使える時間が長いので、準国産燃料と言う言い方をしています」

「装荷されている燃料に加えて、装荷に向けて準備中の燃料もあります。日本は海外で濃縮した燃料を六フッ化ウランや二酸化ウランの形で燃料加工メーカーが保有しています。これは日本の燃料加工工場で原子力発電用の燃料棒に加工できるので、やはり有事において使えることになります。ただこれも日本全体でどのぐらい、ということはよく把握できていないと思います。各メーカーが事業に必要な量だけ計画を立てて調達しているというのが現状と思います」

日本政府のエネルギー基本計画では、原子力発電所の再稼働を進めることで、2030年には日本の発電量の2022%を原子力発電所が担うことになっている。これがあれば、有事になり、化石燃料が欠乏した場合にも、何とか電力供給を続けることができる。

食料・肥料も備蓄不足、バランスある安全保障が必要

これがどの程度の期間にわたって可能なのか、そして、それで十分なのか、といった点については、今後、政府が事業者の協力のもと検討すべきことだろう。原子燃料やその原料の形での備蓄もあった方がよいのかもしれない。

なお平時における原子燃料の安定供給については、ウランの輸入先は多様化されているし、日本はロシアのようにいま心配されている国からは輸入していない(下図参照)。ウランを海外で濃縮する工程もアメリカ、イギリス、フランスなどであり、安定した関係にある国々だ。

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出所:「原子力・エネルギー」図面集(日本原子力文化財団)

このようにしてみると、海外から日本への物資輸送が絶たれたとき、原子力は頼りになることが分かる。このとき、石油は備蓄されたものを細々と使うことになる。液化天然ガスは長期の貯蔵には向かないので、天然ガス供給は2週間か3週間しかもたない。石炭も現状では発電所にストックされている分しか存在しない。備蓄はありうるかもしれないが、その管理は大変かもしれない。

太陽光発電や風力発電などの変動性の再生可能エネルギーは、他の電力が安定して供給されていれば、それを補完して発電する役割を果たせる。しかし、電圧や周波数を安定させるための火力発電の動力が失われた状態でどの程度発電できるかは不透明だ。ほとんど発電できないかもしれない。

備蓄はエネルギーだけでなく、もちろん食料や肥料も必要だろう。現状では、食料の備蓄はあるが量は少ない肥料の備蓄は国家安全保障法のもとでようやく着手されたがこれは量も種類も少ない。数カ月や1年以上といった長い間、海上輸送が滞る事態に耐えるようにはなっていない。すると、エネルギーが絶たれると、食料供給もあまり時を移さずに絶たれてしまい、飢餓になるかもしれない。

このように考えると、現行の日本のエネルギー安全保障はいかにもバランスが悪いと感じる。

原発より簡単なターゲットはいくらでもある

いま原子力発電所ではテロ対策が徹底されていて、ジェット機が意図的に突入したときに備えた工事までして、そのために稼働を停止している。

けれども、テロリストの立場になってみれば、原発を攻撃しても成功する確率は極めて低いのではないか。外部電源も非常用電源も全て絶つか、あるいは分厚いコンクリートの建屋を破壊し、さらにその中の原子炉を破壊しなければならない。

それより簡単なターゲットはいくらでもある。石油・ガスのタンク、タンカー、送変電設備、新幹線、駅などだ。ドローンや携帯型ロケットなどの簡易な兵器でも多大な損害を起こせるだろう。

原発のテロ対策だけ強化しても国全体としてのリスク低減には効果が乏しいのではないか。

国防の観点から、有事を想定して、エネルギー安全保障を今一度見直すべきだ。脱原発は、有事における安全保障を脆弱にするものだ。

日本では軍事に関する議論はとかく忌避されてきた。だがいまの世界情勢では、もはやそれでは国を守ることができない。