メディア掲載  エネルギー・環境  2023.02.02

電化イノベーション―北海道の教訓 経済的なCO2削減好機逸す 泊原発停止…オール電化失速 ヒートポンプなど技術向上 安価な電力確保へ「再稼働」カギ

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日刊工業新聞(2023年1月11日)に掲載

エネルギー・環境

経済的なCO2削減好機逸す

日本政府は「エネルギー基本計画」において、2030年までに温室効果ガス(GHG)を46%削減、50年までに実質ゼロにするという目標を掲げている。この実現のためとして、①電気の二酸化炭素(CO2)原単位を低減し、②エネルギー利用の電化を進める、としている。

現在、日本のCO2排出の約4割は発電に伴うものだが、残りの約6割は化石燃料の直接燃焼によるものだ(図1)。発電のCO2原単位を下げることでもCO2排出を減らすことはもちろんできるが、CO2原単位が下がった電気で化石燃料の直接燃焼を代替することも重要なCO2削減手段になる。

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電気のCO2原単位を減らす技術的手段には、原子力を筆頭に、高効率な火力発電や再生可能エネルギーなどもある。しかし、直接燃焼のCO2原単位を減らす方法には、バイオマス利用などはあるものの、電気に比べて相対的に見ると手段は限られている。

日本政府は「グリーン成長」を掲げ、「環境と経済を両立しつつGHGゼロを達成する」としている。しかし現実は厳しい。一般的に言って、国全体のGHGCO2をゼロにするという目標は技術的に極めて困難であり、それを目指すだけでも膨大な経済的コストがかかることが懸念される。

その中にあって、本当に環境と経済を両立できる可能性を秘めているのが、CO2原単位の低下と電化の組み合わせである。

特に重要なのは原子力発電の推進である。安価な電力を供給することで、電化を促進することも出来るし、それを通じて、さまざまなメーカーの参入を促し、電気利用機器の技術開発も進むことになる。

泊原発停止…オール電化失速

実はそのような好循環が、11年の東日本大震災の前には、北海道に存在していた。09年には、泊原子力発電所の活用によって、北海道の電力の35%程度が供給されていた。安価な夜間電力を活用して電化が進んだ。新築住宅着工戸数26758件のうち54%に上る14476件がオール電化を採択していた(図2)。当時のオール電化住宅の電気料金は11/キロワット時程度、世帯当たり電力料金は年間26万円程度であった。

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ところが、東日本大震災の後、12年に泊原子力発電所が停止した。電気料金は上昇した。20年のオール電化住宅の電気料金は18/キロワット時程度、世帯当たり電力料金は年間42万円程度まで上昇した。

オール電化住宅の着工は低迷し、20年には新設住宅着工戸数31339件のうちわずか6.3%の1972件がオール電化を採択したにとどまった。

なおこの低迷の一因には、18年には胆振震災が起き、北海道の全域で大停電(ブラックアウト)が起きるという事態にも見舞われたこともある。だがこのブラックアウトも、泊原子力発電所を欠いて供給力が弱くなっていなければ、起きなかったものだ。

かつてはそのまま趨勢になるかと思われたオール電化住宅であるが、電気料金が高騰し、都市ガスなどに対するコスト競争力を失ったことが大きく響いて、すっかり退潮してしまった。

ヒートポンプなど技術向上

もしも泊原子力発電所が運転を継続し、オール電化住宅が多く導入されていたならば、経済的なメリットのみならず、CO2削減にも大幅な効果があったはずだ。そして、一度建設された住宅は何十年も使われ、既設住宅を改修して設備を入れ替えることは容易ではないという「ロック・イン効果」があることから、今後のCO2排出量にも長きにわたって大きく影響することになる。

実はこの間、重要な技術進歩があった。電熱技術による電気温水器給湯・深夜蓄熱型暖房機器を活用したオール電化住宅から、飛躍的にエネルギー効率の高いヒートポンプ技術をフル活用した「スマート電化住宅」への移行である。北海道電力は11年ごろから、メーカーおよび地元工務店などの協力を得て、ヒートポンプ式の各種機器(エコキュート給湯・セントラル暖房、および寒冷地エアコン)を採用する住宅の普及に舵(かじ)を切った。

もともと、ヒートポンプによる暖房・給湯は、北海道などの寒冷地においては、技術的なハードルが高いものだった。ヒートポンプとは、「熱のポンプ」という名前の通り、電力を利用して室外から室内に「熱を汲み上げる」ものである(図3)。このため、外気温が低いと、エネルギー効率を高めることが難しくなる。それでも、たゆまぬ努力によって、総じて、北海道における家庭用ヒートポンプ機器は、各メーカーの技術開発によって,給湯・暖房ともに成績係数COP3.0(=1キロワット時の電力使用によって3キロワット時以上の熱を発生する)程度にまで性能を上げた。

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このような技術進歩があり、いまではオール電化住宅の大半をスマート電化住宅が占めるに至ったにもかかわらず、オール電化住宅全体の普及が低迷する中にあって、その真価が十分発揮されるに至っていない。もしも今後、低廉な電気料金が実現し、スマート電化住宅の普及ペースが加速するならば、メーカーも次々と新しい機器を開発し市場投入して、イノベーションもさらに進むであろう。これによるCO2削減の効果は莫大(ばくだい)なものとなる。

安価な電力確保へ「再稼働」カギ

教訓は明白だ。原子力発電所を活用し、安価な電力を供給することで、電化を進めることができる。原子力はCO2排出がないから、これによって大幅なCO2削減を、経済と両立しながら進めることが出来る。その過程では、電化技術のイノベーションも進む。以上のことは、家庭用ヒートポンプだけではなく、電気自動車(EV)による運輸部門の電化や、産業部門における電化にも、もちろん当てはまる。

泊原子力発電所の速やかな再稼働こそ、環境と経済を両立し、イノベーションの推進によって脱炭素を図るための最も重要な課題である。関係する方々の活躍に期待している。

さて「イノベーション」という言葉は、技術革新と訳されることが多いが、これはじつは適切ではない。イノベーションとは、技術自体の革新だけではなく、広く普及することまで指すのがもともとの意味である。そうでなければ、社会的な意義が乏しいからだ。

技術的には進歩したが、普及せずに終わった例はいくつもある。例のひとつがベータ式のビデオであり、性能的には優れていたが、VHS方式に敗れて普及はできなかった。逆に、技術進歩がなくても、急速に普及することも「イノベーション」である。これはリモート会議が好例だ。以前から技術はあったが、急速に普及したのはコロナ禍がきっかけとなった。「直接会わなければ仕事にならない」という、社会の思い込み、ないし習慣が変わったのだ。

オール電化住宅について言えば、技術は大いに進歩してきた。安定で安価な電力供給が得られる見通しさえつけば、大いに売り上げを伸ばし、それがまた技術開発競争ももたらして、いっそうの性能・利便性向上が図られるだろう。するとこれが更に技術の普及を後押しするという好循環が期待できる。

ところで現在、政府が検討しているグリーントランスフォーメーション(GX)実行戦略では、原子力を最大限活用するという文言が明記された。ぜひこれを実現し、安定で安価な電力供給を進めてほしい。他方で、再生可能エネルギーも最大限活用となっているが、これで電力価格が高価になれば逆効果となる。注意が必要だ。

【謝辞】本稿についてデータを提供いただいた北海道電力に感謝いたします。