「GDP(国内総生産)の2%」という防衛費の増額が論議されるかげで、より巨額な3%の費用を伴う脱炭素の制度が公開の場でほとんど議論されることなく、法制化されようとしている。今月から始まった通常国会で守るべき国民の利益は何か。
岸田文雄首相肝いりで政府が進めてきた「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」が基本方針案をまとめた。GXというのは脱炭素のことだ。政府は関連法案を国会に提出するとしている。政府は昨年、わずか5カ月ぐらいの短期間に、官邸主導の同有識者会議でこの案をまとめた。従ってこれから国民の目線で厳しく精査せねばならない。
さて同案では「安定・安価なエネルギー供給が最優先課題」とし「原子力の最大限活用」を掲げた。ここまでは良い。だが一方で政府は「10年間で150兆円を超えるGX投資」を実現し、脱炭素と経済成長を両立するとしている。この投資を「規制・制度的措置」と政府の「投資促進策」で実現するという。これは年間15兆円だから実にGDPの3%である。
中身を見ると再生可能エネルギーを大量導入する(約31兆円以上)、水素・アンモニアを利用する(約7兆円以上)等となっている。これは既存技術に比べて大幅に高コストだ。政府はこれを丸抱えで進める構えだ。規制で導入を進める一方で、研究開発、社会実装を補助し、既存技術との価格差の補填(ほてん)までする。
どうやら政府はエネルギーの生産・消費に関連する投資に、悉(ことごと)く関与するようだ。だが何に投資するか政府が決めるというのは計画経済だ。経済成長など望めない。
GX投資で脱炭素をしつつ経済成長が実現する、と政府は言う。しかし経済産業省系の研究機関である公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)の試算を見ても、2030年にCO2を46%削減するためにはGDP損失が30兆円発生するとされている。「GX投資」をいくら増やしてもそのコスト負担のため国民の消費支出が減り、企業の投資が滞り、輸出が減少するため、経済全体としては大幅な損失になる。なおGX投資の問題点については拙著『亡国のエコ』(ワニブックス)にまとめたので参照されたい。
また政府は投資に充てるため20兆円の「GX経済移行債」を発行する。これを新設の「GX経済移行推進機構」が運営する「カーボンプライシング」制度で償還するとしている。カーボンプライシングとはエネルギーへの賦課金とCO2排出量取引制度で、実質的にはエネルギーへの累積20兆円の増税だ。
これにより特別会計を増やし、その運営のための外郭団体である「機構」を設立するというが問題だ。行政の本能としてこの機構を維持・拡大しようとするようになる恐れがある。そのためにカーボンプライシングが強化されるならば本末転倒で経済への足枷(あしかせ)になる。
排出量取引制度は欧州が先行したが失敗だった。排出量割り当ての制度変更が延々と続き、価格は暴騰と暴落を繰り返し、経済は混乱した。なぜかかる失敗例に日本は追随するのか。
以上のように、現行の政府案には、重大な問題が山積している。
中国の軍拡に抗するために、日本は防衛費の増額を余儀なくされた。その一方で、脱炭素のためにはGDPの3%という巨額を投じる。しかもその多くが太陽光パネルや電気自動車等の中国製品やその部品・原料の購入に充てられることになる。これは一体何をやっているのだろうか。
今後の世界の政治・経済の見通しは極めて不透明だ。諸国はCO2ゼロを目指すと宣言したものの、その実施はどの国もおぼつかない。中国は日本の10倍のCO2を排出している。
日本は安全保障と経済を重視し、脱炭素に関しては、原子力を進める一方で省エネや電化を低コストな範囲で実施するといった、現実路線に舵(かじ)を切るべきだ。
莫大(ばくだい)なコスト負担を伴う形で極端な脱炭素を目指す現行のGX基本方針を法制化し、この方向で日本のエネルギー政策を固定化することは危険だ。
いま政府の基本方針に基づき、多くの事業者が補助金を受け取ろうとし、政府担当者は予算を増やそうとしている。このため、一連の制度設計について、実は賛同していなくても、表立った異議の声はほとんど聞こえない。
だが、皆が目先の利益ばかりを考えるだけではいけない。日本全体としてのエネルギーおよび経済の将来について、通常国会をはじめとして、公開の場で大いに議論すべきだ。
今後の脱炭素・エネルギー政策を硬直化させかねない制度である「GX経済移行推進機構」「カーボンプライシング」「GX経済移行債」等は、今国会での法制化は止めるべきだ。